小田急電鉄(山木利満社長)は、東京・新宿を神奈川県小田原市と結ぶ小田原線をはじめ、首都圏で3路線・合計120.5kmの鉄道網を運営している。2012年5月、事故発生時などの際の情報交換のスピードと正確さを向上するために、デジタル方式による列車無線システムの導入に着手した。16年7月の全面稼働に向けて、設置作業を進めているところだ。NECが提供する新しいシステムでは、運輸司令所から最大3列車と同時に通話を行うことができるので、緊急停車を指令したり、事故状況を通告したりする作業が迅速にできるようになる。
ユーザー企業:小田急電鉄
小田原線や江ノ島線などを運営する鉄道事業者。1948年に設立された。不動産事業も手がける。2011年度の営業利益は1548億円。従業員数は3609人。東京・新宿に本社を置く。
システム提供会社:NEC
システム名:ソフトウェア無線を利用した列車無線システム
【課題】事故発生時の対応に時間がかかる

電気部
澤田和巳課長 小田急電鉄がこれまで使ってきたアナログ方式の列車無線システムでは、複数の列車への同時通話ができなかった。事故が発生した際に、運輸司令所の担当者は、まず事故車両と通話し、事故状況を確認。そして、対向車両や同じゾーン内の車両に別途連絡を取り、緊急停車などの指示を出していた。状況を把握し、対策を講じるためには、どうしても数分の時間がかかってしまっていたのだ。
そうした状況にあって小田急電鉄が着眼したのは、デジタル方式の採用である。社内でシステム入れ替えの検討会を立ち上げた。最大3列車への同時通話ができ、事故発生時の対応が速くなるなど、デジタル方式のメリットを各部署で共有し、NECを含めてベンダー数社のシステムを検討、導入決定に向けて動いていた。
ところが、検討を進める過程で、システムをデジタル化するうえでの問題点が浮かび上がってきた。デジタル方式による列車無線システムを採用すれば、車内に設置する無線送受信装置や操作器の大きさが変わる。既設の取付板での設置ができないので、設置作業が長くなるというのがその問題点だ。既存のシステムが古いので、一日でも早く入れ替えたい──。しかし、現状のアナログ方式のままでいくかという声が社内で大きくなってきたという。
「同時通話ができるメリットが大きいので、私は何が何でもデジタル方式を採用したいと思っていた」。現場でシステム導入を担当した電気部の澤田和巳課長は、デジタル方式の利点を確信し、各ベンダーにお願いした。「既設の取付板でも設置ができるよう、各機器を従来と同じ大きさでつくってくれないか」。その澤田課長の要求にいち早く応えたのは、NECだった。機器を従来と同じ大きさでつくってもらうことによって、機器の設置作業に必要な時間を短縮することができると確信して、小田急電鉄はデジタル方式によるシステムの導入を決断し、NECに発注した。
【解決と効果】乗務員に正確に情報を伝える
同社は、2012年5月にシステムの入れ替え作業を開始した。NECのエンジニアたちと一緒になって、列車を通常通りに運行しながら、システム基盤の構築や機器の設置、線路沿いの無線基地局の増設などに取り組んでいる。

運輸司令所から指示を受ける小田急電鉄の乗務員 新しい列車無線システムは、ソフトウェア無線(SDR=Software Defined Radio)の技術を採用しているのが特徴だ。ソフトウェア無線は、通信をハードウェアではなく、変更を行いやすいソフトウェアによって処理するもの。無線のあらゆる通信方式に応じて無線機側のソフトウェアを変更することによって、周波数帯や変調方式などが異なる無線通信でも、1台の無線機でデータのやり取りを行うことができる。
小田急電鉄は、東京メトロ千代田線など、他社路線との相互直通運行を行っているので、同社にとってソフトウェア無線はありがたい技術である。なぜなら、ソフトウェアで鉄道事業者ごとに装置の仕様を共通化し、車両に搭載する無線機の数を最小限に抑えることができるからだ。「1台の機器で仕様の追加や変更、修正を容易に行うことができるので、コスト削減につながる」(澤田課長)と喜ぶ。
小田急電鉄は今後、新しいシステムを活用し、音声だけではなく、文字による情報交換も開始する。デジタル方式だから可能なことだ。これまで音声通話によってのみ行っていた運輸司令所からの指示や通告を、文字伝送で乗務員室のモニタ画面に表示する。文字を使って、ダイヤ変更や異常気象の発生といった情報を乗務員に正確に伝えていく。(ゼンフ ミシャ)
3つのpoint
最大3列車と同時通話ができる
文字による情報伝達が可能
他社と装置の仕様を共通化できる