NEC(遠藤信博社長)は、7月31日、スマートフォン事業からの撤退を発表した。現在販売中の機種を最後に、スマートフォン市場から同社のブランドが姿を消すこととなる。スマートフォン事業を担ってきたNECカシオモバイルコミュニケーションズ(NECカシオモバイル、田村義晴社長)の社員は「社会ソリューション事業」を中心に再配置が進んでいる。スマートフォン事業とは大きく異なる分野への異動となるが、変化の激しい市場で闘ってきた“スマートフォン人材”は各現場で歓迎されているという。
国産メーカーがグローバル競争に敗れた。NECのスマートフォン撤退には、そのようなイメージを抱く人が多いかもしれない。
NTTドコモの「ツートップ」戦略の一翼を担うのはサムスンの「GALAXY」。この戦略がターゲットとしたのは、アップルの「iPhone」だ。海外勢の活躍が目立つなかで発表されたのが、NECのスマートフォン撤退である。折り畳み式携帯電話で一時代を築いたNECだけに、国産メーカーの敗北と捉える声があるのも無理はない。
NECがスマートフォン撤退の直接的な要因として挙げるのは、販売台数の低迷である。家電量販店の実売データを集計する「BCNランキング」によると、2013年上半期(1~6月)のスマートフォンのメーカー別販売台数で、NECはシェア2.9%と、台湾メーカーのHTCに次ぐ7位にとどまっている。
残る国産メーカーもNECと同様の課題を抱えている。製造業や製造現場向けの情報サイト「MONOist」の三島一孝副編集長は、次のように考えている。「コンシューマ商品はコモディティ化されると大量に安くつくることを求められる。ほぼ日本でしか展開できていない国産メーカーはその部分が弱い」。
スマートフォンでは劣勢だったNECだが、2画面方式の「MEDIAS W」など、意欲的な製品も展開していた。携帯電話専門ニュースサイト「ケータイWatch」の湯野康隆編集長は、NECのスマートフォン撤退を惜しむ。「非常に残念。Androidは安定性が増して、これからが本当の勝負どころだった」。スマートフォンOSのAndroidが安定したことで端末本体の開発がしやすくなり、メーカー各社が差異化要素に注力できる環境になってきているという。
スマートフォン事業を担ってきたNECカシオモバイルの社員については、「社会ソリューション事業」を中心とした再配置が進められている。同社のいう社会ソリューション事業は範囲が広く、公共性の高いシステムやネットワーク、エネルギー関連など、社会インフラを支えるITソリューション全般を指す。
ただし、NECは2012年度にグループで1万人の人員削減に取り組んだばかり。NECカシオモバイルの社員を受け入れる余地はあるのか。
「ライフサイクルの短いスマートフォンを開発してきた経験をもつ人材は、NECの各部門で歓迎され、現場にいい影響を与えている」と、NECグループに再配置されたNECカシオモバイルの元社員は語る。スマートフォンの開発サイクルは半年。製品もそうだが、技術自体のライフサイクルは短い。NECの企業文化にはなかったスピード感覚が、グループ各社に刺激を与えている。
また、「マニュアル不要の操作感が求められるスマートフォンでは、ユーザーインターフェース(UI)に対するこだわりが強かった。再配置先では、エンタープライズ系システムの使いにくさを実感することが多い」と、前出の元社員は語る。今後は、スマートフォンのような使いやすさをエンタープライズ分野で追求したいという。
スマートフォン事業の撤退の裏には、NECが脱モノ売り、脱コンシューマの方針を明確にしているという事情もある。しかし、同社の幹部は個人的な希望として、次のように語る。
「スマートフォン市場の10年後の景色は大きく変わっているはず。スマートフォンの再参入は現時点では考えられないが、コンシューマ製品を諦めたわけではない。NECは製品化されていないすぐれた技術を多くもっている。何がヒットするのかわからないのが、コンシューマ市場のおもしろいところ。いずれはまたコンシューマ製品を展開したい」。(畔上文昭)