静岡県東部に位置する富士市(鈴木尚市長)は、震災に強い街づくりの一環として、市役所の情報システムを強化している。仮想デスクトップの刷新をきっかけとして、電源に依存しないノート型のシンクライアント端末を導入し、停電が発生した場合にも、市民向けサービスを提供し続けられる仕組みを築いている。システムとして、集中管理ができるWyseのゼロクライアントを採用し、運用のコストと負荷を大きく低減している。
【今回の事例内容】
<導入機関> 富士市役所富士市は、静岡県東部に位置する。人口25万9339人(2013年4月現在)。富士市役所の職員数は2483人。臨時職員や市議会議員を含めて、4000人以上が情報システムのアカウントをもっている
<決断した人> 総務部 情報政策課 OA化推進担当 深澤安伸 主幹値引き交渉の腕をふるって、システムの導入費用を抑えた
<課題>従来のシンクライアントシステムはデスクトップ型の端末を使っていたので、停電した場合には、業務を停止しなければならなかった
<対策>ノート型の端末を採用し、電源に依存しないようにしている。無線LANも活用して、震災に強いシステムを実現
<効果>停電時にも市民向けサービスの提供が可能になったほか、端末の運用コストを削減することができた
<今回の事例から学ぶポイント>最新のICT(情報通信技術)を活用し、市民に安心感を与えられるよう、早めに震災対策を打っておく
震災に強いシステムを構築
静岡県の富士市は、晩秋の紅葉シーズンはもとより、一年中、富士山の絶景を楽しめるスポットとして有名だ。市は、今年7月に富士山がユネスコの世界文化遺産に登録されたことを契機として、世界の人々が富士市を訪れて観光が活性化することへの期待を高めている。その一方で、南海トラフ地震による巨大な津波など、静岡県の沿岸部に大きな被害を与える震災の発生が予測されている。そこで、富士市は、市役所の情報システムを含めて、急ピッチで震災に備える対策を進めているところだ。
「どうして、まだサービスカウンターを開けてくれないの」。
2011年3月、東日本大震災が発生した後、富士市役所には市民からのこうした苦情がたくさん届いた。富士市は、東京電力の管轄内にあって、数週間の間、東京電力が実施した輪番停電の対象エリアになっていた。電気が止まると、デスクトップ型のパソコンが使えなくなり、市民向けサービスの提供ができなくなるのだ。「さらに、サーバーのシャットダウンや再起動にも時間がかかるので、停電時間よりも長く、カウンターを閉めざるを得なかった」。富士市役所でITを統括する総務部 情報政策課 OA化推進担当の深澤安伸主幹は、今もあのときの苦労を忘れない。
2015年にサーバーをDCに移す
富士市は、14年1月をめどに、新しい仮想デスクトップのシステムの稼働を開始する。深澤主幹の決断で、今回のシステムでは、シンクライアントの端末をバッテリで稼働するノート型にして、停電が発生した際にも市民向けサービスを提供し続けることができる仕組みを構築した。それに加えて、今回、市役所内に無線LANを導入し、15年1月までには、サーバーを市役所からデータセンター(DC)に移設する。これによって、広い範囲で震災に強い情報システムの実現を目指している。
新しい仮想デスクトップの提案と導入は、自治体を得意とするNECがフロントでプロジェクト推進役を務めて、ディストリビュータのアセンテックがWyseのシンクライアントを提供した。富士市で仮想デスクトップシステムを刷新するのは、今回が3回目だ。深澤主幹は、システムの構成を考えたり、製品を選定したりするにあたって、震災に強いという側面のほかに、運用コストを削減することができることを重視した。
「2000台近くの端末も入れるので、それぞれの設定が大変。だから、今回は、集中管理ができて、ローカルの設定が不要なゼロクライアントを採用することにした」と、深澤主幹は述べる。そして、省電力にすぐれ、数秒で起動する「Wyse X10j」を選定した。
「データ移行、確実にできます」
システム導入を決める過程で、深澤主幹がぶつかったのは、「導入費用が高すぎる」という、資金面の壁だった。端末をノート型にしたり、無線LANを入れたりしたところ、コストが予測していた金額を超えることになった。しかし、「新しいシステムに使う金額は、これまでの金額を超えることが許されない」と、自治体ならではの縛りがあったという。そこで、深澤主幹は実情を包み隠さずベンダーに話し、理解を求めて価格を下げてもらうことにした。その結果、従来のシステムを超えない金額で新しいシステムを導入することができた。
システムの構築を発注する際の決め手になったのは、「データの移行が確実にできます」と、NECがデータを新しいシステムに移すことに自信を示したことだったという。「NECともう一社のベンダーが最後まで残っていたが、もう一社のほうは『やってみるけれども、できるかどうかは、確実ではない』と逃げ腰の姿勢で、断言してくれなかった。NECの確たる技術力を評価し、システム構築を発注した」(深澤主幹)そうだ。(ゼンフ ミシャ)