農業IT市場が本格的に立ち上がってきた。富士通を筆頭に、NEC、日立製作所など、大手ITベンダーは農業ITビジネスを着々と拡大しており、新サービス開発などの投資に積極的だ。調査会社のシード・プランニングは、2013年の農業IT市場規模を66億円と推定し、20年には580億~600億円規模まで拡大すると予測している。農業の領域は、農家のIT投資意欲が低いとみられていたが、近年の大規模農家の増加によって需要が見込めるようになってきた。大手ITベンダー各社は、販売網を拡大するために、農業関連企業とのパートナーシップ構築に意欲をみせている。(真鍋武)
大手の農業IT事業は軒並み成長
大分県・豊後大野市で、農業を営む衞藤産業。55の圃場を抱え、農地の総面積は15haに及ぶ。ITの活用に積極的な同社は、センサ機器やモバイル端末を活用し、日々の生産現場の作業実績や農作物の生育情報などのデータをクラウド上に蓄積・分析することで、生産コストの低減や農作物の安定生産に役立てている。ITを活用する前に比べて、肥料コストを約30%削減したほか、単位面積あたりの売上高が1.3倍に高まる見込みだ。

富士通
阪井洋之
本部長 衞藤産業が導入したのは、富士通が提供する食・農クラウド「Akisai」だ。現在提供されている農業クラウドのなかでも、サービスメニューの数は随一で、農業生産管理だけなく、経営・会計、販売管理なども取り揃えている。12年10月に販売を開始し、導入数は100組織近くまで拡大。マーケティング部門統合商品戦略本部長の阪井洋之氏は、「順調にビジネスが拡大している。13年度(14年3月期)には、SI構築なども含めた『Akisai』の売上高として10億円程度を見込んでいる」とアピールする。
NECも、12年5月に提供を開始した施設園芸農家向けの「農業ICTクラウドサービス」が順調だ。JA傘下の農家を中心に約300農家が導入し、千葉県の農事組合法人である和郷園など、大規模農業法人の導入も出てきている。新事業推進本部シニアエキスパートの大畑毅氏は、「14年には、1000農家まで導入数を増やしたい」と意欲をみせる。

日立ソリューションズ
西口修
担当部長 日立グループでは、日立ソリューションズが04年から地図情報を活用した統合型農業情報管理システム「GeoMation Farm」を提供しており、「毎年度1億円程度の売り上げを計上している」(社会システム事業部空間情報ソリューション本部GIS部担当部長の西口修氏)。昨年3月には、生産履歴を管理するクラウドサービス「栽培くん」の提供も開始した。親会社の日立製作所も、農業ITビジネスへの参入を発表した。現在、植物工場の開発と農作物の生産販売を手がけるグランパと協業し、両者のノウハウを組み合わせたサービスを開発している。この春先には、植物工場の施設管理や栽培管理、販売管理などの機能を提供する生産者向けの「野菜生産支援クラウドサービス」(仮称)の開始を予定している。
農業の構造激変がIT化を後押し
大手ベンダー各社が農業ビジネスに積極的なのは、単に農業が未開拓領域だからではない。近年になって、農業分野でのIT需要が見込めるようになってきたことが大きく影響している。顕著な動きが、企業的な経営に積極的な大規模農業法人の増加だ。空き農地の有効活用を目的に、09年に農地法が改正され、企業が全国どこでも自由に農業参入できるようになって以降、イオンやローソンに代表されるように、流通・小売業などの他業種からの新規参入が増えている。法改正から約3年半で、1261法人が農業に参入した(農林水産省)。農家自身が加工食品などに業務領域を拡大する6次産業化も進んでいる。こうした農業法人は規模が大きいのが特徴で、IT投資意欲は旺盛だ。
日立ソリューションズの西口氏は、「今後も確実に大規模農業法人は増え続ける」と確信している。その根拠の一つが、安倍政権の姿勢だ。政府は国の成長戦略に農業を盛り込み、農業経営の規模拡大や農業への新規参入を促進している。14年度には、分散する農地の集積・集約化を推進するための「農地中間管理機構」を各都道府県に設置する予定で、昨年末にはその法律が成立した。
また、飲食・流通・小売業などを対象に、農産物の生産情報などのデータを活用した需給調整などのビジネスが期待されている。農業の国内生産高は9兆円程度だが、食品加工や流通、小売を含めた農業・食料関連全体での国内生産額は95兆円近くあり、開拓の余地が大きい。富士通の阪井氏は、「食のバリューチェーンを結ぶことが目標」と語る。
従来とは異なる販売網

NEC
大畑毅
シニアエキスパート 需要が見込めるとあって、大手ITベンダーの農業ビジネスに対する投資意欲は旺盛だ。日立製作所は、グランパに1億円を出資して、農業ノウハウの吸収に努めている。富士通は、ノウハウ蓄積と販促を目的として、静岡県沼津市に太陽光型の自社農場を開設したほか、福島県会津若松市では、4億円を投資して低カリウムレタスを栽培する完全人工光型の植物工場を開設した。富士通は、15年度までに「Akisai」で累計150億円の売り上げを目標にしており、阪井氏は「15年度には損益分岐点も超える見通し」と自信をみせる。

日立製作所
小原篤
担当部長 大手ITベンダーは、販売網を広げるために、パートナーの拡充に力を入れる姿勢をみせている。農業ビジネスは、これまでIT企業が攻め入ってこなかった未開拓領域だけに、顧客基盤を獲得するのは容易ではない。そこで、大手ベンダーは、ITの専門家であるSIerよりも、農業のプロとの協業を狙っている。NECは「農業ICTクラウドサービス」の提供で、すでに農業資材メーカーのネポンとJA全農と協業しているが、「今年は、農業機器メーカーや商社との連携を進めたい」(大畑氏)としている。富士通も、これまではほぼ直販だったが、今後はパートナー開拓に力を注ぐ。農業機器メーカーの井関農機と協業して、井関農機が14年度から「Akisai」を独自にカスタマイズして、販売していく。さらに、「Akisai」の既存顧客であるイオンアグリ創造の協力を仰ぎ、イオンアグリ創造が生産を委託している約3000農家に対しても販売を進めていく。日立製作所は、グランパが提供している植物工場と、日立のクラウドサービスを組み合わせて販売するほか、「農業ビジネスのノウハウをもつグループ会社の協力を仰いで拡販していく」(情報・通信システム社スマート情報システム統括本部スマートビジネス本部システム部担当部長の小原篤氏)という。こうした協業が進めば、市場の拡大に拍車がかかることは間違いない。
表層深層
明るい兆しがみえる大手ITベンダーの農業ITビジネスだが、小規模農家のIT化には暗雲が立ち込めている。高齢化が進んでいて、ITリテラシーが高くないうえに、IT投資にかけられる予算が少ない農家が多いからだ。一般企業と同様に、農業の領域でも規模が小さいほどITと疎遠にならざるを得ない面がある。「原価計算さえ行っていない農家はまだまだ多い」(富士通の阪井氏)という状況だ。大規模農業法人のIT投資意欲がいくら高いといっても、農業全体でみれば、ITに投資している・したい農家でも、年間投資可能額が10万円未満の農家が64.8%を占めている(農林水産省)。
大規模農業法人は増えてはいるが、まだ数は少ない。結局のところ日本の農業を支えているのは、大多数の小規模農家だ。この領域の開拓が日本の農業を支えるうえでは欠かせない。ITベンダーに残された今後の大きな課題といえる。