潜在需要があるとみて、農家をターゲットにするソリューションを用意し始めたITベンダーが現れている。政府が第一次産業のIT化の遅れを問題視していることと相まって、農業向けITは盛り上がりをみせている。農業の現実、ITビジネスの可能性を探った。(構成/木村剛士)
【User】全国に広がる農家、20年前に比べて半減
多くの産業は東名阪に事業者が集中するが、農業は事業者(農家)が全国にまんべんなく存在する(図1)。都道府県別でみると、長野県と茨城県、兵庫県がトップ3で、長野と茨城の2県だけが10万戸を超えている。一方で、最も少ないのが東京都。産業の中心である東京は、農業では最も生産額が低い。
では、農家の数はどのように推移しているか。農林水産省が5年に一度行う調査をまとめた「世界農林業センサス」(2010年版)によると、全国の農家数は252万8000戸(2010年)で、20年前に比べて130万7000戸も減少した(図2)。就労人口でみると10年の時点で261万人。20年前と比較すると221万人減っている。一方で、就業者の平均年齢は年々上がり、2010年で15年前に比べ6.7歳上昇して65.8歳。事業者の減少と高齢化は、他の産業よりも進んでいて深刻だ。
農業を知るにあたって、押さえておきたいポイントがある。それが「六次産業化」だ。六次産業化とは、第一次産業の事業者が食品加工やサービス業といった別の事業を営むことを指す。農家ではこれが顕著で、観光農園や民宿、レストランの経営など、農作物の生産・販売とは異なる事業を並行して展開するケースが増えている。「世界農林業センサス」(2010年版)によると、農作物の加工を兼業する農業経営体は、2005年に比べて42.9%増えている。また、観光農園、民宿、レストランの経営を始めた農業経営体は、それぞれ15.7%、34.5%、51.1%増加している。農作物の販売だけでは生き残りが難しく、農作物や農地を活用したセカンドビジネスに取り組む農家が増えているのだ。
ITに対する関心度合はどうか。20 12年7月に農水省が行ったアンケート調査結果のなかで、「IT機器を利用していない」という回答が48.5%に達している。また、今後IT機器を利用するかどうかをたずねた結果では「利用するつもりはない」が26.8%もあった。その理由のトップは「ITに関する知識不足」(42.4%)という状況だ。
【Vendor&Maker】大手では富士通が強く、地方ベンダーも登場
大手のITベンダーは、このところ農業向けITソリューションの開発を強化している。代表的なのが富士通だ。昨年7月、富士通は3年間の準備(実証実験)期間を経て、食・農クラウド「Akisai(秋彩)」の提供を始めた。経営から生産、販売までを網羅する総合サービスで、NECや日立製作所グループも農業向けITソリューションを用意しているが、富士通の「Akisai」は他社に比べてサービスメニューが多く、抜きん出た存在だ。今年5月には自ら農場を開設し、「Akisai」を自社利用して今後の機能強化に生かす考えで、今年度「Akisai」のサービスメニューを新たに5項目増やす予定だ(図3)。
NECと日立製作所も積極的で、NECは「農業ICTクラウド」、日立は「農業情報管理システム GeoMation Farm」を用意している。自社単独ではなく他社と協業しているのが共通点で、NECは農用機器開発・販売のネポン、日立は植物工場の開発や農作物の生産・販売を手がけるグランパと協業している。日立はグランパに対して1億円を出資。グランパが開設したドーム型植物農場を利用する生産者に対して、日立のクラウド型農業経営支援サービスを提案することになっている。農業はITベンダーにとって縁遠い存在だけに、単独ではなく、農業に精通した企業と協業することで、ニーズにマッチしたITソリューションをつくりだそうとしている姿勢がみえる。
農家のIT化を進める地方発の取り組みもある。北海道の日の丸産業社、新潟のウォーターセル、千葉のイーエスケイなど、各地に農業を支援するソフトを開発しているITベンダーが存在する。こうした地方発のITベンダーは、最近まで農業向けITソリューションを開発していなかったケースが多い。日の丸産業社は、肥料や農薬、農業用資材を販売する企業だったが、2011年に「農業ソフト開発室」を設置して、農場管理機能などをもつソフトウェアの開発・販売を始めた。イーエスケイは、ITベンダーではあるものの、もともと鉄鋼業などの情報システムの開発を得意にしていたなかで、農業向けソフト開発に参入した。こうした流れをみると、農業のIT化は最近の動きであることがわかる。
農業のIT化をITベンダーが共同で推進する動きもある。四国には「四国IT農援隊」という団体が存在する。徳島県のソフト開発会社であるサンエックス情報システムが中心になって、四国4県に存在する農業関連の個人・法人を募り、コミュニティをつくった。このなかで農業支援ソフト・サービスをいくつか用意して農家に向けて提案している。
【Solution】データ分析や農地管理、ECにチャンス
農家のITに対する関心が決して高くないことは前述した通りだが、ITベンダーにとって厳しい現実を示すデータがもう一つある。それが「ITを利用している・したい」と考えている農家の年間IT投資可能額だ。最も多いのが「5万円以上10万円未満」の39.3%、次に多いのが「5万円未満」の25.5%で、この二つを合計すると64.8%に達する(図4)。利用したいと考えている農家でも、その投資額は他産業に比べて極端に少ないのだ。ITベンダーにとっては、全国の農家からITに関心が高い農家を見つけ出して、安価な製品・サービスを提案しなければならないということになる。
では、ITの利用に意欲的な農家は、今後、ITをどのように利用したいと思っているか。農水省のデータによると、経営事務や経営に関するデータ分析や、農作業・出荷履歴の記録といったシステムを求める声が60%以上ある。センサやカメラなどを活用した農地の環境測定を求める声も約10%ある。ここにITベンダーにチャンスがありそうだ(図5)。
もう一つ、可能性があるソリューションがEC(電子商取引)だ。農作物の流通構造は独特で「農家→農業協同組合(農協)→卸売市場→卸販売会社→小売店・飲食店→消費者」が一般的。最近多くなっているのが、この流通構造を省いた「農家→消費者」というダイレクトモデルだ。「世界農林業センサス」によると、このダイレクト販売の売上金額が、販売チャネルのなかでトップだった農業経営体は、2010年の段階で05年比19.2%も増えている。この動きは、ITベンダーにとって、ECを構築するソフトやクラウドなどが見込める明るい兆しともいえる。
いくつかのソリューションを提案できる部分はあるが、その提供形態としてクラウドは必須だろう。低額な料金で利用できるサービスを提供しなければ、農家には受け入れられそうにないからだ。前出の年間IT投資可能額がそれを裏づけている。