農業や漁業は、他産業に比べてIT化が遅れている。しかし、就労人口が減少して生産額が落ち込み、高齢化が進んでいるからこそ、IT化して生産性を引き上げなければならない。そんなニーズを見込んで、この未開拓市場をクラウドを活用して切り開こうとするITベンダーが増えている。だが、市場規模が大きくないことから、ビジネスとして成立するのか、疑問視する声もある。きちんと収益を上げるために、ITベンダーは、どのようなビジネスモデルを構築しようとしているのか。(取材・文/真鍋武)
●農業・漁業市場は縮小傾向
IT化が喫緊の課題 
サイボウズ
野水克也フェロー 農林水産省によると、2011年の農業の国内総産出額は、8兆2463億円。1984年の11兆7171億円をピークに、徐々に産出額を落としてきている。就労人口は、2012年の概数が251万人で、ピーク時の1454万人(1960年)と比べて約5分の1に減少している。
漁業も同様の傾向がみられる。2010年の国内生産額は1兆4826億円で、ピークの82年(2兆9772億円)に比べて、半分に落ち込んでいる。漁船の数も、ピークの34万5606隻(68年)から08年には18万5465隻まで減ってしまった。
農業・漁業の生産額をこれ以上減らさないためには、少数の人員でも効率的に生産していけるように支援していく必要がある。そのためにはIT化が欠かせない。
しかし、このような状況にあっても、IT化はほとんど進んでいない。その理由について、クラウドを活用して農業などの未開拓市場を切り開こうと積極的な姿勢をみせているサイボウズ(青野慶久社長)営業本部の野水克也フェローは、「労働集約型で、外に出ての立ち仕事が中心なので、座って情報システムを使う機会がほとんどない。また、こうしたフィールドワークが中心の人は、いわゆる職人気質であることが多く、仕事を勘と経験でこなしているので、ITの必要性を感じていない」と指摘する。だからこそ、「ITに対しては保守的で、ただ単に情報システムを提案するだけでは採用してもらえない。具体的に、ITを導入することでどう利益が出るのかということを伝えなければ、IT化は難しい」(野水フェロー)という実情があるのだ。また、このような状況が続いたことで、農業・漁業に携わる人の多くは、基本的なITに対するリテラシーを身につけてこなかった。
しかし、クラウドやスマートフォンの普及によって、それらフィールドワーカーが外出先でITを利用できるようになってきた。ここに可能性を見出したITベンダーが、農業・漁業に向けたクラウドサービスを打ち出してきているのだ。
●業界特化型クラウドは急成長しているが…… 
IDC Japan
ITサービス
松本聡
リサーチマネージャー では、クラウドの市場そのものはどう動いているのか。調査会社のIDC Japanによると、国内パブリッククラウドサービスの2012年の市場規模は、前年比46%増の941億円。16年には、11年比4.7倍の3027億円まで拡大する見込みだという。国内プライベートクラウド市場も同様に伸びて、11年の市場規模は前年比45.4%増の2257億円。11~16年の年平均成長率(CAGR)は37.6%で、16年の市場規模は11年比4.9倍の1兆1132億円に達するという。
このクラウド市場のなかで、農業・漁業クラウドは、どのくらいの成長が見込まれているのか。IDC Japan ITサービスの松本聡リサーチマネージャーは、「現段階では、農業や漁業に特化した個別の調査結果はない。しかし、それらを含んだ業界特化型クラウドサービス(コミュニティクラウドサービス)は、11~16年のCAGRが109%で推移し、12年の200億円から16年には3610億円へと急成長する」と予測している。しかし、これまでオンプレミス型システムの導入が進んでこなかった農業・漁業だけに、松本リサーチマネージャーは、「業界特化型の伸びが著しいといっても、農業・漁業がどれだけ成長するのかは未知数だ」と確信をもてずにいる。それだけに、この未開拓市場に対してクラウドを提供しても、収益を上げられるビジネスモデルを構築することはできるのかと疑問視されるわけだ。
しかし、農業・漁業の生産性向上は国にとって極めて重要な問題だ。とくに、カロリーベースの食料自給率が11年は39%(農林水産省)と諸外国と比べて低く、これ以上自給率を引き下げることは決して好ましいことではない。
未開拓市場を切り開くことについて、松本リサーチマネージャーは、「先行者利益が期待できる。ビジネスモデルを形成するうえで重要なポイントになる」とみている。第一に、業界標準を確立することで、製品をつくりやすくなる。例えば、農業では施設園芸でセンサによる温度感知などが注目されているが、先行者になれば、自社が提供するセンサが業界標準となって、安価に提供できるようになる。さらには、ブランド化が可能になる。最初に市場を切り開けば、それだけ顧客からの声がかかりやすくなるのだ。そしてまた、エコシステムの形成に役立つ。農業でいえば、販売網のプラットフォームである農協(JA)を押さえてしまえば、その下につく農家にも訴求しやすくなる。
以下、農業・漁業クラウドについて、有力ITベンダーはどのようなビジネスモデルを形成しようとしているのかを探った。
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