成熟化が進むIT市場において、未開拓の分野として近年注目が集まっているのが、第一次産業、とくに農業だ。

　明治大学、ルートレック・ネットワークス、セカンドファクトリー、日本マイクロソフトは、産学連携共同研究の成果として、養液土耕栽培システム「ZeRo.agri」を発表した。クラウドを利用してハウス栽培の水やりと施肥を自動最適化するシステムで、熟練農家のノウハウをM2M（マシン・トゥ・マシン）システムに落とし込み、農作業の遠隔操作や自動化を劇的に進めるという点で、「農業IT」の新たなポテンシャルを示したといえそうだ。

　共同研究をリードしたルートレック・ネットワークスの佐々木伸一社長は、現状の農業ITの課題について、「情報収集やデータの見える化は進んでいるが、データを栽培管理に生かす段階までは到達していない。これでは生産者の負荷は逆に増えてしまう」と指摘する。また、明治大学農学部の小沢聖・特任教授も「ITの利活用による環境保全型で攻めの農業への転換が必要」と主張する。

　両者はこうした課題意識の下、イスラエルやオランダなどの農業先進国で広く普及している「養液土耕栽培」に着目した。土壌で作物を栽培し、灌漑水に肥料を溶かして、水と肥料を同時に必要な量だけ供給する栽培方法だ。肥料が土壌に流出する割合が日本で一般的な土耕栽培に比べて圧倒的に少なく、栽培効率は20％ほど向上する。加えて、設備コストは水耕栽培よりも格段に安い。

　この栽培法が日本でも有効だと判断して、ハウス栽培農家向けに「ZeRo.agri」を開発。ハウス内の日射量や土壌水分などの情報を、Windows Azure上に構築したM2Mプラットフォームに集約し、独自のアルゴリズムをもとに、最適なタイミングで最適な量の水と肥料を自動的に供給する。これによって、栽培管理の効率化と収量アップを実現する。また、熟練した農業従事者が細かい調節を加えることができ、これらのデータの蓄積によってより精緻で効率的なシステムを構築することができる。

　一方で気になるのは、これほどメリットが大きいようにみえる養液土耕栽培が、なぜ今まで日本では普及しなかったのか。小沢特任教授は「篤農家の保守性」をその要因として挙げる。こうした事情も考慮して、システムの操作端末にはタブレットを導入し、セカンドファクトリーがUIを開発。ITリテラシーの高くない農業関係者でも直感的に操作しやすいように工夫している。

　初期導入費用は従来の培養液管理システムの5分の1程度。国内農業を支える中規模農家に照準を定める。生産性の向上など、まさに「攻めの農業」を実現すべく、栽培方法のレベルから新たな農業の枠組みを提示する大学・企業の取り組みは、ITが日本の農業そのものを変えていく可能性を示している。（本多和幸）