過剰な反応が気になる「チャイナリスク」。日本のITベンダーは、中国のビジネス基盤整備が一段落して、今はASEANに熱い視線を注ぎ始めている。新たな進出先として東南アジアを有力候補に挙げる企業が少なくない。シンガポールにタイ、ベトナム、最近でいえばインドネシアが人気を集めているようだ。「China+1」の「1」。その有望国はどこか。今回は、ASEAN加盟国のなかでも日本企業にあまりなじみがないフィリピンを訪問して、取引相手になり得るかどうかの可能性を確かめた。(取材・文/木村剛士)
魅力は「安くて達者な英語力」 成長率はASEANトップ
●高成長だが貧困層が多い
飛行機は深夜0時30分に到着した。空港を出ると、真夜中にもかかわらず気温は30℃以上、湿度は80%くらいはあったか。他のASEAN諸国と変わらない高温多湿な空気が、記者を待ち構えていた。亜熱帯地域にあるフィリピン共和国の気温は365日、昼夜を問わずほぼ30℃を超えるという。
フィリピンの人口は1億弱、2012年の名目GDPは約2500億ドルで成長率は約7%。人口やGDPはトップではないが、成長率についてはASEANのなかで1位を獲得している。多くの日本のITベンダーが進出する東南アジアの国は、シンガポールやタイ、ベトナムで、フィリピンはあまり聞かないが、成長力という指標だけでみると、この国は最有力候補だ。フィリピンの主な経済指標や基本情報を表にまとめた。この表以外の情報は、外務省やJETRO(日本貿易振興機構)、IMF(国際通貨基金)などの団体のウェブサイトで、より詳細に把握することができる。
忘れてはならないのが、フィリピンはまだ貧しい国であるということ。2011年のデータだが、1日1.2ドル未満で暮らす貧困層は3842万人と推定されており、国民の約40%を占めている(アジア開発銀行調べ)。急成長中ではあるものの、発展途上の国であることに変わりはない。
●世界第4位の英語人口
現地取材を通じて感じたこの国の特徴は、国民の高い英語力だ。フィリピンで面談した日本人と現地人、欧米企業のビジネスパーソンにフィリピンの優位性をたずねると、フィリピン人の「なまりの少ない英語」を共通してチャームポイントに挙げた。
フィリピンの国語はフィリピン語だが、国民は第二外国語として小学生の頃から英語教育を受けている。街の看板のほとんどが英語で表記されていて、田舎町のタクシードライバーでも、英語でのコミュニケーションが成立する。広告の看板や交通標識に独特の文字が並ぶタイやベトナムのような風景は、フィリピンにはない。
フィリピンは、全人口に占める英語を話す人の比率がASEANのなかでトップで、およそ80%が英語を聞き、話すことができるという。国別でみた英語を話す人口は、公的機関のデータを見つけることはできなかったが、「Wikipedia」によると米国、インド、パキスタンに次いで4番目というから驚きだ。
安い費用(人件費)で高い英語力を活用することができる──。それが他のASEAN加盟国にはないフィリピンの魅力だろう。この英語力に魅力を感じて、フィリピンに進出した企業は多く、そのなかには日本企業も含まれる。
●コールセンターが人気

テレネットの武田篤本部長。「海外での仕事はおもしろい」とフィリピンでのビジネスを楽しんでいる
東京に本社を置くコールセンター事業のテレネット。東京都のほか徳島県など、日本国内に数拠点、海外では中国の大連市にコールセンター施設を設置し、日本国内の企業に向けてサポートデスクやテレセールスの代行サービスなどを手がけている。
2013年10月、テレネットは、フィリピンのセブにASEANで初めての拠点を設けた。日本だけでなく、英語圏でコールセンタービジネスを展開しようと計画し、そのサービス拠点として、フィリピンを選んだのだ。「当社のトップが複数の国に足を運んで調査して決めた。フィリピンに対抗できる国はなかった。フィリピン人の英語は、なまりが少なく美しい。アメリカ人やイギリス人と会話しても恥ずかしくないレベル」と、セブに駐在して拠点の立ち上げを担当した武田篤・営業本部長は語る。
セブのコールセンタースタッフの給料は、東京のおよそ半額という。この安くてなまりの少ないフィリピン人を起用して、英語圏に向けて英語でのコールセンター事業を始めた。本格的な営業を開始したのは今年4月で、これからが本番。オフィスは300人のスタッフを収容できるスペースを確保した。現在のオフィスは空いたスペースが目立つが、営業の感触は良好で、武田本部長の表情は明るい。
コールセンターは、なまりがあったり、意味が通じないようなことが少しでもあると顧客からは信用されないので、言葉の品質に厳しい。コールセンター事業者が、英語でのビジネス拠点としてフィリピンを選んだのは、フィリピンの英語が他国に比べてすぐれていることを証明しているといえる。
また、フィリピンの英語力に魅せられて現地で起業した日本人もいる。それは英会話スクールだ。日本にいる日本人向けの格安英会話サービスで、フィリピンにいるフィリピン人が、日本にいる日本人に向けてインターネットとウェブカメラを使ってコミュニケーションを取り、英語を教える。英語を学びたいが、日本の英会話学校は授業料が高くて通えないというような日本人がターゲットだ。ベンチャー企業のイングリッシュアイランドが代表例で、同社は「1回271円から」という格安な授業料でサービスを提供している。
安くてうまい英語力をもつフィリピン。では、IT産業にもたらす可能性はどの程度か。

テレネットのオフィス。4月に営業を開始した。オフィスは最多で300人のスタッフを収容できるスペースを確保している

日本人向けの英会話スクール。インターネットを使ってオンライン英会話サービスを提供するほか、対人講座も展開する
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