人脈社会として知られるASEANの市場を日本のIT企業が開拓する手法として、政財界のキーパーソンなど、「人」を活用した攻め方が注目を集めている。ASEANでの事業拡大を目指すNECは、元経済産業審議官でアジア諸国との経済協力に携わった岡田秀一氏を、7月1日付で、執行役員副社長(副社長)として経営陣に入れる。岡田氏の人脈やノウハウをASEANビジネスに生かす狙いだ。2013年7月、元財務事務次官の勝栄二郎氏が社長に就任したインターネットイニシアティブ(IIJ)は、“勝パワー”を発揮し、ASEANでの存在感を着実に高めている。ASEANでは、企業の事業展開に政治が絡み、IT導入の決断を左右することがあるので、現地の政財界との密なパイプが、案件獲得への近道となりそうだ。(ゼンフ ミシャ)
“ASEAN力”が期待され副社長に

2008年、『週刊BCN』の取材に応じた岡田秀一氏(当時=経済産業省 商務情報政策局長)。7月1日付で、NEC副社長に就任し、ASEAN事業の拡大に動く 岡田秀一氏のNEC副社長就任は、異例の人事だ。政財界の大物がIT企業のアドバイザーを務めることがあり、岡田氏も現在、NTTデータ経営研究所の顧問として、NTTデータの事業展開を後方で支えている。しかし、副社長として経営陣に入り、オペレーションに携わるのは、極めてまれなケースだ。
岡田氏は7月から、遠藤信博社長の下、いずれもNEC生え抜きの副社長である新野隆氏と安井潤司氏と同じ位置づけで、NECの経営をリードすることになる。この人事を決めた遠藤社長は、「海外ビジネスのありようについて詳しい」ことを岡田氏の強みと捉え、その人脈やノウハウを活用することによって「ASEAN事業の拡大につなげたい」と、期待している。
岡田氏は、前職の経済産業審議官として、インドやミャンマーなど、アジア諸国との経済協力を担当してきた。現地で幅広い人脈を築き、日本とアジアの橋渡し役としてのキャリアを積んできた。ASEANでのビジネス拡大を図り、ローカル市場に深く入り込もうとしているNECにとって、まさに余人をもって代えがたい人材になるというわけだ。
ASEAN諸国は、典型的な人脈社会だ。経営者がトップダウンでIT製品の採用を決めたり、政治家が民間企業に絡んで、IT導入の決断を左右したり──。日本のIT企業は、いかに現地の政財界のキーパーソンに接近し、彼らと密な関係をつくるかが、案件を獲得するうえでのポイントになる。そんな情勢下にあって、岡田氏のように、ASEANに根づいていて、即戦力になる人物の登用が加速しそうだ。
シンガポールで“勝パワー”が炸裂

5月15日、会見するIIJの勝栄二郎社長。IIJは、勝氏の13年7月の社長就任以降、ASEANでの存在感を高めている ASEANのハブで、クラウドサービス事業の激戦区であるシンガポール。この4月、IIJはシンガポールで提供する法人向けクラウドサービス「IIJ GIO Singaporeサービス」の発売をきっかけに、披露パーティを開催した。会場には、予想をはるかに上回るシンガポールIT業界の関係者、数百人が集まった。
シンガポールで、IIJのブランドがまだ十分に浸透していないなかでの集客を後押ししたのは、駐シンガポール日本国大使の竹内春久氏がパーティに参加したことだ。参加は、IIJの勝栄二郎社長の要請で決まったそうだ。当日、多数の参加者で会場が賑わい、「急きょ、食事の追加オーダーをしなければならなかった」(関係者)ほど、パーティは大成功だった模様。IIJは現在、パーティに参加した人々にコンタクトをとっており、シンガポール事業の拡大につなげようとしている。
自社イベントに大使などのキーパーソンを呼び、海外でのブランド認知度の向上に結びつけるのは、IIJの勝社長ならではの技だ。
勝氏は、昨年7月にIIJの社長に就任する前に、財務事務次官を務め、国内外での広い人脈網をつくってきた。この1年の間、「ウィキペディアに載っているような人物に簡単に会える」(関係者)という“勝パワー”が効果を発揮して、IIJは、ASEANを含めて、案件が活性化している模様だ。東南アジアでのクラウド構築に注力している、あるクラウドインテグレータの社長は、やっかみ半分もあると思えるが、「勝さんが社長になってから、IIJさんに案件を獲られるようになった」と語る。このように、IT業界へのインパクトが出始めている。
現地に住んでみてはいかが?
もちろん、岡田氏や勝氏のような、政財界の大物をヘッドハンティングし、ASEAN事業に生かすことは、どんな企業にでもできる技ではない。しかし、「人の活用」には、ほかにも方法がある。
ウェブ会議システムを手がけるブイキューブの間下直晃社長は、シンガポールでの生活を語る投稿をFacebookで多く発している。間下社長は、ASEAN事業の加速化を目指して、2013年、東京に本社を残しながらも思い切って自らの活動拠点をシンガポール子会社に移した。日頃、シンガポールから東南アジア諸国を飛び回って、社長レベルで政府関係者やユーザー企業の経営者と面談して商談を詰める。提案先の「トップ層に動いてもらう」(間下社長)ことによって、受注に至るまでのスパンを短縮し、利益の向上につなげるのが狙いだ。
NECや富士通など、大手のIT企業を中心として、中長期的な成長性が魅力のASEAN市場を開拓するための取り組みが活発になりつつある(表参照)。ASEANで成功するためには、現地で売り込むモノやそのための販売体制づくりはもちろんのこと、後方で「人」をうまく活用して、受注の扉を開くやり方が重要な要素になっている。
表層深層
ベトナムに注目 GDP比率が9%に
国際通貨基金(IMF)は、ASEANのGDP(国内総生産)は、2010年の1兆8653億ドルから、2030年までに4兆6320億ドルに拡大すると予測している。なかでも、親日国家として知られ、日本企業にとってビジネスを展開しやすいといわれるベトナムのGDPが目立った伸びをみせている。ASEANの経済をけん引するインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンは、GDPの絶対数は伸びるが、ASEAN全体に占める各国の2030年のGDP比率は2010年と大きくは変わらない。それに対して、ベトナムのGDP比率は、2010年の5%から、2030年までに9%に上がり、4ポイントも上昇する見込みだ。
日本のIT企業はベトナムの可能性に期待を寄せていて、この市場への参入に取り組み始めている。ASEANは国によって、言語や文化、宗教などが異なり、ITに関するニーズや市場への入り込み方もさまざまだ。ASEANを攻めるといっても、日本のIT企業は各国の情勢を分析し、自社に適した国・地域に絞って市場開拓に取り組む必要がありそうだ。