フィリピンの可能性 市場か開発拠点か~活用方法を探る

N-PAXの戸田貴大マネージングディレクター 日本のITベンダーが進出する価値が、はたしてフィリピンにはあるのか。フィリピン国内の企業に向けたビジネスはあるのか。開発拠点としてコスト削減や品質向上に貢献するのだろうか。IT産業の観点からみたフィリピンの可能性とは──。現地ビジネスパーソンの声を拾った。
マーケットのポテンシャル
現地で起業した日本人の声 「よくも悪くも伸びきれない国」
フィリピン企業のN-PAX Professional Services Philippines(N-PAX)は、2002年に設立された。人件費の安いフィリピン人開発者を前面に出した日本向けオフショア開発から、現地企業に向けたビジネスにシフトして伸びた企業だ。現場のトップは日本人。関西の中堅ソフト開発会社からフィリピンに移り住んだ戸田貴大・マネージングディレクターがその人物だ。
N-PAXのメインビジネスは、日系の製造業を主なターゲットにした自社開発のERPパッケージソフトを活用したシステム構築だ。フィリピンで首都マニラに次ぐ都市、セブが主な営業エリアで、2006年の立ち上げから現在までに獲得した顧客は約40社。フィリピンの法律や税制度に準拠した設計と、フィリピン人に適したユーザー・インターフェース(UI)に、技術者でもある戸田氏が日本から持ち込んだ品質へのこだわりを融合。現地に適した価格で販売したところ、フィリピンに進出した日系製造業にマッチした。

N-PAX本社ビル。ビジネスの中心街から少し離れた場所にある 設立してから3年間のビジネスは、対日オフショア開発だった。日本語を使わないフィリピンの開発者を束ねて日本企業と仕事するには、日本人のブリッジSEが必要不可欠。フィリピンで日本企業と対等にやりとりできるブリッジSEはそうはいない。フィリピンの開発者の人件費は安くても、ブリッジSEに払う給料が高くて採算が合わなくなり、業容転換を決断。今の事業モデルがある。
「よくも悪くも“伸びきれない国”」。戸田氏はフィリピンをこう分析した。「ペソ(フィリピンの通貨)は安定していて、人件費は他の成長国のように急騰しない。ただ、IT投資額もそれほど増えない」のがその理由だ。順調にパッケージビジネスを伸ばしてはいるものの、戸田氏が次に焦点を当てているのは、他のASEANへの進出。「セブでERPを使う企業は現時点で200社程度。限界がみえている。フィリピンでつくったERPは、欧米や日本製品よりもマッチするはず」と戸田氏。フィリピン発のASEAN全面展開が次の目標だ。
開発会社を設置する価値はあるか
中堅・中小の日系ソフト会社の声 「若いIT人材を安く雇用できる」
2005年設立のITベンチャーであるInfinite Pointsは、美容業界向けのシステム開発やウェブサイト制作業を日本で営む。2年ほど前、開発コストの削減を目的にフィリピンに開発子会社を設置。一人の日本人が始め、今は10人のフィリピン人が働いて、親会社の開発業務を担っている。フィリピンを選んだ理由について、本社とフィリピン子会社のトップを兼務する中川達朗代表取締役は、「海外に開発拠点を設けるにあたって複数の国を調査した結果、フィリピンとベトナムが残った。フィリピンを選んだのは、英語と安価な人件費」と説明した。発展途上にある新興国のソフト開発者の人件費は、国の成長度合いに合わせて高騰する。しかし、フィリピンではその傾向はないという。また、中川代表取締役はこう続けた。「フィリピンのIT人材は他国に比べて若い。中途採用ではなく新卒社員を雇用して日本流を叩きこんでいる。一から日本の色に染めることができるのもフィリピンの魅力」と語る。

セブ市にあるソフトウェアパーク。多くのIT企業が集まる 一方、1994年設立で従業員数400人の中堅SIerのロココ。同社は2005年に中国に進出し、オフショア開発をスタートした。しかし、中国の政治摩擦と人件費の高騰をリスクと捉えて、2011年にフィリピンに進出。子会社を設けて、現在は20人ほどのフィリピン人が働いている。スタッフの数は中国の開発子会社を上回った。この子会社の責任者を務めるのが、上村一郎ディレクターだ。「東京本社が獲得する案件の量にもよるが、早く3ケタまで人を増やして、オフショア開発の一大拠点にしたい」と意気込んでいる。
現地企業との開発協業はあり得るか
オフショア開発の最大手の声 「営業面でも協力は可能」

Allianceのシャーウィン・ユーCOO 日本企業向けオフショア開発の現地最大手がAllianceだ。およそ200人のスタッフを抱え、全売上高の70%が日本企業から受注するオフショア開発で、残りが現地企業向けのIT製品販売とSI事業となっている。
10年以上前から日本企業に向けたオフショア開発を手がけてきて、ノウハウを蓄積していることを強みにしている。日本人スタッフも複数が在籍していて、日本語でコミュニケーションできるブリッジSEがいることも差異化要素になっている。日本からの受注のうち、約70%がユーザー企業からのもので、残りはITベンダーだという。同社の山口伸雄ディレクターは「プロジェクトの内容にもよるが、日本のITベンダーに発注するときと比べて、30~60%はコストを圧縮することができるし、日本のITベンダーに発注するような感覚でフィリピン人を活用することができる。お客様に、余計な手間を取らせない」と胸を張る。

Alliance本社ビル。アクセンチュアなどの大手ITベンダーも入居している 高い英語力をもつはずのフィリピンの企業にもかかわらず、Allianceは米国や英国、インド向けオフショア開発には目もくれず、日本企業向けオフショア開発に特化してビジネス展開している。その理由についてシャーウィン・ユーCOOは、「フィリピンのITベンダーは、オフショア開発を米国を中心に考えている。そうなれば、日本企業向けのオフショア開発を手がけている当社に希少性が出て価値が上がる。当社はそこを狙っている。現時点でフィリピンにライバルはいない」と話した。
また、ユーCOOは日本のプロダクトにも興味をもっている。「日本の製品は品質が高い。オーバースペックのものもあるが、フィリピン企業になじむ機能と価格の製品・サービスがあれば、ぜひ輸入したい」と意気込んでいる。日本のITベンダーにとっては、開発パートナーが販売パートナーになるわけだ。
記者の眼
フィリピンのマーケット(営業先)としてのポテンシャルは、現時点でまだ弱い。理由は、まだ国が貧しいことにある。国民の約半数が貧困層。IT産業は、「衣食住」の環境が整った後についてくる傾向があるので、社会インフラ向けITは別として、一般の企業や個人にITが浸透するのはまだ先のことだろう。中心街でも、5分も歩けば物乞いに囲まれる現地での経験からして、そう感じざるを得ない。ただ、経済成長率の高さはここ数年の実績が証明しており、いつかは必ずマーケットになる。いつ進出するのが適切かを見極めることが不可欠だ。
マニュファクチャリング(製造・開発)拠点としてはどうか。ここには、一定の価値がある。人件費はまだ安く、中国沿岸部や他の東南アジア諸国に比べて人件費の安い技術者を活用することができる。気になるポイントは言語だ。日本語を話す人材が少なく、日本語を学ぶ環境も日本語を学びたいと思う人材も少ない。これは、英語力があることから対日オフショア開発よりも、対米オフショアを重視しているからだろう。対日オフショア開発に積極的で日本語教育が盛んなベトナムと比較してみるのがいいかもしれない。
発展途上にあるフィリピン。他のASEANに比べて、日本のIT企業が営業面でも開発面でも進出しているケースは少ない。IT産業が成長段階に入ったら、割って入ることが難しい状況になることは間違いない。今の状況をチャンスと捉えて挑むか、リスクとして進出を控えるか。その判断でフィリピンを生かすことができるかどうかがはっきりする。今が見極めのタイミングのように感じた。
日本人コミュニティ「野武士会」 進出したら挨拶は必須!?

「野武士会」のFace book。ソーシャルメディアも活用して情報共有を図っている 海外で働く日本人のコミュニティは、各国で存在する。海外では、日本にいるときに比べて頼れる人は少なく、心細い思いをすることもしばしばだ。海外で働く日本人による日本人のための団体が立ち上がるのは、自然な流れだろう。現地の日本人は、こうしたコミュニティを生かしてその土地を知り、人脈をつくって、ビジネスチャンスを掴む。
フィリピンには「野武士会」というコミュニティがある。メンバーは、ラーメン屋の店主や英会話学校の校長、企業の経営者にITベンダーに勤務する人などさまざまで、年齢層も幅広い。この「野武士会」の会長を務めるのが、ソフト開発のサイバーテックが設立したフィリピン・セブの開発センター長、山本隆生氏だ。山本氏の人脈を生かして、さまざまな業種の企業のキーパーソンが集まり、プライベートもビジネスを問わずに交流を図っている。海外での生活にビジネス、何かとわからないことが多いなかで、こうしたコミュニティを活用する価値は十分あるだろう。