IBMの「SoftLayer 東京データセンター」が稼働を開始した。SoftLayerの国内データセンター(DC)を心待ちにしていたベンダーやユーザーが多いなか、その日を複雑な心境で迎えたのが古くからのIBMビジネスパートナーだ。伝統的なIBM販社は、IBM i(旧OS/400)やUNIX系のAIXなどのIBM独自OSを搭載するIBM Power Systemsを活用したシステム構築を最大の強みとしている。そのため、こうしたプラットフォームへの対応が遅れているSoftLayerでは、自分たちの強みを生かし切ることができない。一方で、SoftLayer販売にいち早く名乗りを上げたのは“伝統的なIBM販社”ではない大手SIerだった。(安藤章司)
待望の国内DC新設も……

日本IBM
小池裕幸
執行役員 IBMビジネスパートナーで構成する「愛徳会」メンバーが中心の“伝統的なIBM販社”は、先のみえない不安を抱いている。要因の一つに挙げられるのが、SoftLayerにおいて、IBM iやAIXといったIBM独自OSを搭載したPower Systemsへの対応が遅れていることである。
SoftLayerのPower Systems対応への正式アナウンスがないことから、大手IBM販社幹部は、「確度の高いロードマップが示されていない以上、事業計画も立てられない」と不満を漏らす。人工知能の「Watson」など、部分的にはPower SystemsのアーキテクチャをSoftLayerに実装しているが、IBM iやAIXなどの独自OSの本格的な採用は「まだできていない」(日本IBMの小池裕幸・執行役員クラウド事業統括)という状態だ。
IBMがSoftLayerを買収して2年目に入り、2014年12月22日には国内で初となるSoftLayer 東京データセンターも開業した。にもかかわらず、IBM販社が待ち望むIBM iやAIXへの対応は遅れていることが、IBM販社のいらだちにつながっている。さらにIBM販社を刺激するのが、SoftLayerの販売パートナーとして名乗りを上げている大手SIerの存在だ。

国内初となるSoftLayer 東京データセンターの開業をアナウンスする日本IBM 日本IBMは、SoftLayer 東京データセンターの開業をにらんで、14年の秋口から盛んにPR活動を展開してきた。その一環で、SoftLayer創業者のランス・クロスビー氏を日本に招いて開催したユーザー向けイベントでは、SoftLayerのビジネスパートナーを紹介。伝統的なIBM iやAIXのIBM販社よりも目立っていたのが、TISやインテック、SCSK、東芝クラウド&ソリューション社などの大手SIerだった。
狙われる“IBM跡地”
もう一つ、SoftLayerとは別にIBM販社と日本IBMの距離感を微妙に遠ざけたのが、IBMがx86サーバー「IBM System x」を中国のレノボに売却した後の状況の変化だ。
IBM販社は、System xも販売してきている。本来ならば、レノボに移行しても、System xを売ることに変わりはないので、IBM販社のビジネスに大きな変化はないはずだった。ところが、14年10月以降、「System xの販売が思うように伸びていない」(別のIBM大手販社)という声が聞こえてくる。それもそのはず、System xのレノボへの移管のタイミングで、同じ中国の大手ITベンダーのファーウェイ・テクノロジーズが積極的に価格攻勢をかけ、HPやデルなども対抗するといったように、「“IBM跡地”を巡る壮絶なシェア争い」が展開されているからだ。
System xを積極的に採用してきたDC事業者の1社は、「14年夏過ぎ頃からファーウェイの営業担当者が頻繁に訪れるようになり“System xはいくらで買っていますか。うちはこのくらいの価格で提供できます”という趣旨の営業攻勢を強めてきた」と話す。
System xを売却したIBMが、事実上、その後継となるサービスと位置づけているのがSoftLayerである。本来ならばIBM販社を中心とするSystem xの販路をそのまま使えれば、それに越したことはなかった。しかし、SoftLayerの有力販社には、先の大手SIerも名を連ねている。こうした大手SIer側も“System xの跡地”を狙っていて、「IBMと歩調を合わせた」(SoftLayerの販売を決めた大手SIer幹部)ことを明かす。伝統的なIBM販社にとっては、レノボ以外のサーバーメーカーからの価格攻勢に加え、大手SIerのSoftLayer参入の板挟みになった格好である。
“売るモノがない!”
さらに、もう一つ。IBM販社にとって悩ましいのは、SoftLayerを積極的に販売しても売り上げや利益が増えにくいという収益面での課題だ。伝統的なIBM販社は、単価が高いIBM iやAIX機を主なプラットフォームとし、System xや独自色が濃いアプリケーションソフトと組み合わせてシステムを構築してきた。ソリューションの提供に注力する大手SIerよりも、ハードの売り上げへの依存度が高い伝統的なIBM販社にとって、単価が低いSoftLayerは魅力に欠ける。
そこに追い打ちをかけるのが、Power Systemsの心臓部ともいえるCPUのPowerプロセッサの製造を、IBMは外部に委託する方針を示していることだ。IBM販社は「将来的に売るものがなくなるのではないか」(IBM販社幹部)との懸念を抱いている。
現実的なところ、IBMがPowerアーキテクチャをやめるとは考えにくく、SoftLayerも段階的にPower SystemsやIBM i、AIXなどのOSへの対応を進めていくものと推測できる。IBMの側からみれば、SoftLayerはx86サーバーに取って代わるビジネスであり、パブリッククラウドで先行するAmazon Web Services(AWS)とMicrosoft Azureに食い下がるには、なんとしてでも成功させなければならない。そのため、すでにAWSやAzureの扱いで実績があり、かつ販売力がある大手SIerを意識的に取り込み、着実に販売量を増やす戦略に出たものとみられる。
IBM販社の強みがIBM iやAIXにあるのは、揺るぎない事実である。IBMも、IBM iやAIXを最もよく理解しているのが伝統的なIBM販社であることは百も承知だ。しかし、IBMのx86サーバーが“草刈り場”となり、パブリッククラウドでは“首の皮一枚”でつながっている状況。IBMが販社の収益モデルを考える余裕が出てくるまで、IBM販社は厳しい事業運営を迫られることになる。