NECがデンマーク最大のITベンダー、KMDを約1360億円で買収する。KMDはデンマーク国内の政府系情報システムでトップシェアを握っており、NECは安定した顧客基盤を手に入れると同時に、KMDを通じた欧州での公共向けITビジネスの拡大を計画する。しかし、国内官需への依存度が高く、これまでも不採算案件を抱えるなど、KMDの課題はNECと共通する部分も多い。“欧州のミニNEC”とも言える企業の買収は、果たして成長につながるのか。(日高 彰)
英ノースゲートに続き欧州官需ベンダーを買収
安定事業を安く買えた
NECは昨年12月27日、KMDの持ち株会社・KMDホールディングの全株式を、米アドベント・インターナショナルが運営するファンドから今年2月末までに取得すると発表した。NECによる大型の海外M&Aは、昨年1月に約713億円を投じた英ノースゲート買収に続く第2弾。ノースゲート、KMDとも、公共向けのソフトウェアやITサービスで大きな国内シェアをもつという点で共通する。NECは、昨年発表した2020年度まで3カ年の「2020中期経営計画」で、海外セーフティ事業の売上規模を2000億円以上に引き上げるとしていたが、ノースゲートに続いて連結売上高約958億円(17年12月期)のKMDを傘下に収めることで、この目標が早くも射程距離に入ってきた。
新野隆
社長
KMDは1972年、デンマーク各地方政府の電算センターを統合する形で設立され、09年に民営化された。この経緯から同国の公共系ITに強く、中央政府向けでは17%、地方政府向けでは43%のシェアをもつ。売上高の58%がSaaSを中心としたソフトウェアの提供、14%が保守・運用サービスで、合計して72%がいわゆる「リカーリング(継続収益)型」の商材となっており、NECでは「非常に安定したビジネス」(山品正勝常務)と評価している。また、国連・経済社会局が発表する「世界電子政府ランキング」の最新版(2018)で、デンマークは世界トップとして評価されている。政府のデジタル化が最も進んだ同国のITベンダーを通じて、NECは生体認証やAIなどの先進技術を、欧州の公共市場に向けて展開するほか、ノースゲートを加えた3社でのクロスセル拡大も視野に入れる。
今回のM&Aは、売りに出ていた企業を買ったのではなく「こちらから取りに行った」(山品常務)。買収金額もEBITDA(金利・税金・償却前利益)の約7.5倍で、「12倍だったノースゲートに比べ、安く買えたと考えている」(新野隆社長)という。交渉に入ったのは9月ごろからといい、日本企業としてはスピード感のある買収となった。
“止血”は18年度で終わるのか
しかし、KMDがそれほど優れた企業であるならば、なぜ他社との競り合いになることもなく、NECがスムーズに買うことができたのか。
実は、KMDの16年度および17年度決算は最終赤字となっている。リストラ費用や、プロジェクトの遅れから顧客である政府との訴訟案件があり、引当金を計上しているためだが、山品常務は「これらは一時的な費用。デューディリジェンス(資産価値評価)の結果、18年度までは赤字だが、次からは黒字となる確信を得た」と話す。また、NECが支払う買収金額のうち、約700億円は有利子負債の返済に用いられる。これらの結果、構造改革が落ち着くと考えられることから、買収を決断したという。
山品正勝
常務
とはいえ、KMDはかつてほぼ独占していた社会保障関連の領域で近年売り上げを落としている。それを補うためにここ3年で7社の買収を行い、金融などの民需や、海外事業の拡大に取り組んできたが、それらの成否が明確になるのはこれからだ。山品常務は「KMDは既存オーナーがファンドだったため、十分な投資ができていなかった」と指摘し、事業会社であるNECの傘下となることで、再び成長のための投資が行える体制になったとするが、事業売却や大規模な人員削減を繰り返しながら、いまだ成長軌道に回帰できていないNECが、本当にKMDのビジネスを復活させることができるのかは不透明だ。国内の公共系に強みをもち、歴史と実績のあるITベンダーだが、今後の成長は未知数という点で、NECとKMDが抱える課題には共通する部分が多い。
ノースゲートとKMDの買収により、NECはM&A用に設定していた2000億円の投資枠を計画通り使い切った形だが、新野社長は「キャッシュフローをみながら、第3弾、第4弾の買収も検討している」と述べており、M&Aによる事業拡大に区切りをつける様子は見られない。買収企業の収益改善と、NEC・各社間でのシナジー創出を実現できるかに注目が集まる。