台湾ITベンダーの変化に眼を向けると、IoT時代への対応、台湾スタートアップの動き、パソコン大手ベンダーのスタートアップを巻き込んで多角的全方位戦略などのトレンドがあるが、共通するキーワードが“スマート化(智慧)”だ。スマート農業(智慧農業)を始め、教育、流通、医療、健康、介護、工場など、さまざまな分野でスマート化に向けた製品開発が進んでいる。スマートビークル(智慧車輛)もそういった動きの一つ。ここへきて台湾ITベンダーは急速な勢いで自動車分野へのシフトを進めている。
台湾ITベンダーの自動車シフトとは
自働車シフトと言っても、台湾企業がEV車の開発を始めたわけではない。自動運転の技術競争に名乗りを上げたわけでもない。台湾はEV車は作らない。台湾ベンダーが持っている強みとは、次世代の自動車に不可欠であるエレクトロニクスパーツを供給することである。
台湾にはこれまで培ってきたパソコンの領域での製品開発力や量産技術の蓄積がある。そうした技術や経験を自動車部品分野に振り向け、自動車メーカーとの関係作りを一気に推し進めようとしている。主な対象は欧米の自動車メーカーやトラック・バスメーカーだ。
こうした動きは日本からはなかなか見えてこない。このコラムでは日本では報道されない現地の情報にフォーカスし、独自の切り口で台湾の最新事情を紹介していくが、台湾ITベンダーの自動車シフトはまさにそんな動きの一つで、日本の皆さんにもぜひ注目いただきたい分野である。
台湾企業が強みを発揮できる領域は四つ。半導体、充電システム、液晶ダッシュボードパネル、各種のセンサーだ。TSMCに代表されるように、半導体は台湾にとって産業の柱である。また、台湾はセンサー王国と言われ、さまざまな分野でIoT時代を支える重要な製品を持っている。
台湾には世界一の電源メーカーであるDELTA(台達電子)がある。液晶大手のAOU(友達電光)も台湾だ。また、WISTRON(緯創)、PEGATRON(和碩)といった台湾を代表する大手EMSベンダーも自動車シフトを進めている。
スマート・コックピットと先進運転支援システム
運転席に大型のタッチパネル・モニターを設置し、インパネの新しいトレンドを生み出したのは、アメリカの電気自動車メーカー・テスラだ。カーナビの地図表示、オーディオ、携帯電話、エアコンの調整まで、まるでタブレットを車内に持ち込んで設置したような形とその機能的な操作性は新鮮だった。
そうしたタブレット型の大型モニターの搭載すら過去のモノになろうとしている。スマート・コックピットとは、自動車の運転席から助手席までダッシュボード全面に液晶パネルを埋め込み、さまざまな機能を盛り込んだ新しい形の液晶ダッシュボードパネルの提案である。
カーナビの地図表示はもちろん、オーディオやエアコンの操作、さらにコネクティッドサービスや先進運転支援など、これまでにはない多彩な機能が搭載されている。もちろん、バックミラーやルームミラー、ドライブレコーダー機能も搭載されている。
将来の自動運転システムより先進運転支援システムほうが現実的であり、車の進化の過程で技術力が問われる領域になるだろう。一般的には路車協調システム、また車-車や車-人が「ぶつからない車」の開発である。こうした技術の開発にはセンサー、カメラ、AIがカギになる。
台湾ベンダーはIoT領域で培ってきた製品開発を活かして、こうした領域の製品でアドバンテージを持っている。「最先端」ではなく「実用先端」がキーワード。既存の技術の組み合わせでいかにスピーディに製品開発をするか。また、必要のない機能や付加価値を削ぎ落として、いかにリーズナブルなコストで製品を量産するか。この二つの点が注目ポイントである。
注目は大手ベンダーだけではない。たとえば、ELAN(義隆電子)はタッチパネル技術ではトップクラスの開発実績を持ち、現在は自動車用マルチタッチスクリーンの開発を手掛けている。スタイラス入力、グローブタッチ、濡れた手での操作など、車載環境で求められる条件をクリア。各種センサーやカメラ、製品モジュールなど先進運転支援システムのソリューションでチップセットの開発から手掛ける。
AI対応ソリューションを駆使してADAS レベル2の先進運転支援システムで注目を集めている企業でもある。他にも給電システム、EV車向けのギア、パワー半導体、モーター技術などを開発している企業も注目に値する。これから本コラムでも紹介していくので、ぜひご期待いただきたい。
2021年12月、台湾で新しい協会が設立された
台湾ITベンダーの自動車シフトを象徴する動きとして新しい協会の設立がある。名称は「Taiwan Advanced Automotive Technology Development Association」。2021年12月16日にグランドハイアット台北で設立大会が開催された。中国語の名称は「台灣先進車用技術發展協會」、略称は「TADA(ティーエーディーエー)」である。
IT産業の自動車シフトが加速する台湾。
昨年12月に開催されたTADA設立大会の様子
TADAはPSMC(力晶積成)の董事長であるFrank Huang/黄崇仁氏が発起人。PSMC(力晶積成)の他にもAUO(友達光電)、Pegatron(和碩聯合)、Powerchip(力晶科技)など、台湾の主要な大手ベンダーが参加。さらに、TTIA (Taiwan Telematics Industry Association/台灣車聯網産業協會)、TCA(Taipei Computer Association/台北市電脳商業同業公會)、TwIoTA(Taiwan IOT Technology and Industry Association/台湾物聯網産業技術協會)など、台湾を代表する業界団体も発足メンバーとして新しい協会に参加。自動車シフトの旗振り役となっている。
設立大会では台湾の自動車工業会であるTTVMA(Taiwan Transportation Vehicle Manufacturers Association/台湾区車輛工業同業公會)との協力覚書(MOU)に署名し、協会の目標として台湾IT産業と自動車産業は業界を超えた協力を行い、高度な自動車技術及び自動車産業全体のエコシステムサプライチェーンの構築に取り組むことが表明された。
新しい協会の初代理事長にはPSMCの董事長である黄崇仁氏(Frank Huang)が就任。現地の報道によると、「電子産業と自動車産業の間に風通しの良いコミュニケーションチャネルを構築していきたい」とコメントしている。また、「電子産業と自動車産業は製品設計の理念も違い、基本的な開発手法が異なる。TADAは業界を超えた企業間のノウハウを互いに認識することによって、自動車産業のエコシステムについても理解を深め、スピードとチャレンジ精神を持って新しい産業の創造に取り組む」とも述べている。
今後、EV車向けのパワー半導体や電子モジュールの需要が大幅に増加することが予想される。TADAは台湾の産業界全体をリードする役割を果たしていく協会になるだろう。11月にはパシフィコ横浜で開催される展示会「Edge Tech+2022」の「台湾セミナー」で、最新の半導体事情、車載システム、台湾独自のLPWA無線通信、RISC-Vなど、四つのテーマでスピーチを行う予定。日本で台湾の最新事情が聴ける貴重な機会となるので、ぜひ、注目していただきたい(
http://www.asia-net.biz/EdgeTECH2022.pdf )。
■執筆者プロフィール
吉村 章(ヨシムラ アキラ)
Taipei Computer Association(TCA)東京事務所/ASIA-NET 代表
台湾のITベンダーで組織された業界団体「Taipei Computer Association」の日本業務の責任者として東京に駐在。台湾IT産業の産業情報、企業情報、製品情報を日本語で情報発信を行っている。中小企業の海外進出を支援する「ASIA-NET」の代表も務める。「中国人とうまくつきあう実践テクニック」(総合法令出版)など著書多数。