近年、外食業界では新規顧客だけでなく既存顧客へのアプローチの重要性が高まり、「CRM」を謳うさまざまなサービスが増えている。一方、期待と実際に提供されるものとのギャップも生まれている。今回は外食業界のCRMの現状と課題を紐解きながら、DX化アプローチの余地について提示したい。
顧客獲得とアプローチ
外食業界では顧客獲得にかかるコストが増加し続けている。グルメ媒体で広告費だけでなくネット予約数に応じた送客手数料が発生し、オウンドメディアで運用費だけでなく集客のための広告費が加算され、SNSやLINE、MEOなどの運用もアウトソーシングするとコストは増えていく。社内で対応する場合も管理ツール費や人件費が発生してしまう。
一方、大人数の宴会は自粛傾向が続き、売上自体も低迷している。またユーザーが接客・サービスに満足し、再来店する際に店舗名で検索してもグルメ媒体にランディングしてしまい、送客手数料が再度かかってしまうことも店舗の悩みになっている。
そのような背景があり、飲食店はユーザーを囲い込み、なるべく費用を抑えた形でアプローチすることを目指している、つまり「CRM」に力を入れ始めている。
外食におけるCRMの“今”
囲い込んだユーザーへのアプローチとして、「メール」「SMS」「LINE」「アプリのPUSH通知」の四つがある。メールは安価に配信ができるが、開封率が低い。SMSは開封率が高いが、配信コストが高い(近年は多くの企業が活用していることもあり開封率は低下気味)。LINEはライトな会員組織として機能するとともに安価にメッセージ配信ができ開封率も高いため、店舗利用が一気に増えている。アプリのPUSH通知は開封率が高くコストも安価であるが、アプリをインストールしてもらうまでのハードルが高い。なおユーザーは目的や状況などに応じてそれらを縦横無尽に使い分けているため、アプローチをより一層複雑なものにしている。
一般的に「広告」は接触頻度を重ねることで認知や購買促進へとつながるといわれているが、外食業界のCRMについても同様で、さまざまなタッチポイントでアプローチを重ねていくことが必要だ。その際、全てのユーザーへ同じ内容で配信しても効果は期待できず、ターゲットとタッチポイントに応じた編集が肝となる(詳細は「【コロナ禍における外食業界のDX化アプローチ・3】店舗集客の“今”と“これから”」を参照)。
データ統合できない外食業界の実情
外食業界におけるCRMの最大の課題はデータ統合にある。予約管理台帳やモバイルオーダー、ウエイティングシステム、POS、SNS、LINE、アプリ、その他管理ツールなど、さまざまなベンダーが独立してサービスを提供しているため、データの一元管理ができない。各ベンダーは特定のサービス間でしか連携を許さないことが多く、導入しているサービス如何でデータが分断されてしまうのである。
データが統合されないことによる問題は二つある。
一つはCRMで重要なセグメント配信が限定的になることである。注文情報(来店頻度やオーダー内容など)に応じて配信を行いたいのに、アプリではそのデータがないためにセグメントができない、などといったことが往々にして発生する。二つめは施策の効果検証が曖昧になることである。データが統合されないことによって、同一ユーザーであってもタッチポイントごとに別のユーザーとして認識されてしまい、精度が落ちてしまう。そのため、施策の検証結果を見誤ってしまう可能性がある。
また、外食業界ではCRMのコストがネックになることも多い。店舗の客単価にもよるが、販促では最低でも500~1000%のROASが求められる。つまり、100万円/月のコストがかかるのであれば、最低でも500万円の売り上げにつながらなくては検討の土壌にも上がらない。他業界では導入が進んでいるCRMサービスでも、外食で導入が進まないのはコストに因るところが大きい。
横断したデータ
CRMの実現にあたって重要なのは、何を実現するのか、何を諦めるのかを明確にすることである。「全てのデータを統合する」は自社開発を含めてかなりのコストと負荷を覚悟しなければならない。本当に必要なもののみを連携していくことが大切だ。各社間のマスターデータをつなぐデータ連携プラットフォームの導入も視野に入れ、どの情報を連携することが必須なのか、何を諦めるのか、が見えてくるとおのずと導入すべきサービスの選定が決まってくる。
理想としては各ベンダー間の連携がもっと拡がりオープンになることだが、各社がデータでイニシアチブを握ろうとしのぎを削っているため実現はまだまだ難しい。しかし、外食業界全体の“今後”を考えるときがきたのではないだろうか。
■執筆者プロフィール

左川裕規(サガワ ヒロキ)
イデア・レコード 取締役
早稲田大学卒業後、広告会社へ入社。マーケティングプランナーとして従事。家電メーカーや大手通信会社、商業施設などのプロモーション戦略や、Webサイト構築を担当。その後、NRIネットコム(現)に入社。WebテクノロジーとUXの設計構築コンサルタントとして、大手証券会社のWeb戦略、国内流通産業大手のインターネットマーケティング戦略、ネット損保のWebプロモーション戦略に参画。2016年、イデア・レコードに入社。