世の中の変化スピードは年々早くなっている。日本IBMの執行役員 カスタマーサクセス事業部長の谷地秀信に話を聞くと、日本ならではの企業文化がスピーディーな業務変革の阻害要因となっている場合があるようだ。そんな中で、製品や技術を軸に顧客に寄り添いながら変革を推進するカスタマーサクセスマネージャー(CSM)が果たす役割はさらに重要になるのではと感じた。
谷地秀信(ヤチ ヒデノブ)
日本IBM執行役員カスタマーサクセス事業部長
日本IBMにてHWサポートやIT基盤サービスのエンジニアとして顧客への提案、実装、保守を経験後、SWテクニカルセールス、IT基盤サービス、SWサポートなどのマネージャーを歴任。2021年に同社バイスプレジデント、22年に執行役員に就任。カスタマーサクセス部門を拡大し、IBMソフトウェアやIBM Cloudを利用中の顧客に寄り添いながら、顧客の成功のため、製品の最適な活用提案に注力。
CSM立ち上げから2年で見えてきた「日本ならではの難しさ」
園田 IBMでCSMという組織が本格的に立ち上がって丸2年が経ちましたが、どんな2年間だったでしょうか。
谷地 まだまだ「道半ば」というところです。お客様がお持ちのIBMソフトウェアのご利用実態をかなり把握することができて、さあこれからどうやろうか、という中身に入れるようになってきたというところですね。
園田 なるほど。
谷地 IBMのソフトウェア事業部門、つまりソフトウェアベンダーとして、今まであまりにもそれが見えなさすぎていたと思います。日本では、SIerを活用して、プロジェクト単位で計画、設計、実装とやっていくのが一般的なやり方ですから、ソフトウェアの活用実態をいざお客様に確認しようとなると、お客様ご自身も把握されてないことがあったりします。
園田 日本ならではの難しさもありそうですね。
谷地 はい。海外のCSMとの違いというところではそういった日本市場におけるやり方が影響してくるところだと思います。海外のCSMはもっとお客様のご担当者と直接、購入後のソフトウェア活用の話をしています。ですが日本の場合は間にSIerがいるから、SIerと話す間接話法になるか、間に挟まれながらお客様と会話するかのどちらかになる。CSMがどのような支援をするかというのは他の国とは少し違うものになってくると思います。
園田 まずソフトウェアの利用実態把握の前提となる、コミュニケーションの難しさがあるということですね。
谷地 結局SIerがプロジェクトの中でソフトウェアを部品として選定してシステムを組み立てていくようなケースが多いので、お客様は部品であるソフトウェア一つひとつを認識されてないことが少なくないかと。
日本のシステム開発における顧客、SIerおよびITベンダーの関係の例
園田 IBM製品を活用して、別のSIerがお客様のためにシステム開発をしている場合が多いということですね。
谷地 はい。だから、ソフトウェアベンダーが製品の価値を訴求したい場合、その相手は実際にはシステムの部品として製品選定を担当しているSIerになる場合が多い。これはCSMに限らずプリセールスでも一般的な日本のソフトウェアベンダーが直面している環境ですよね。アメリカなどでは、お客様の中にしっかりとした企画、設計、実装ができるエンジニアなりリーダーがいて、自分たちで判断するいわゆる内製ですので、そういうことにはなりにくいです。
園田 なるほど。もう少し具体的に、SIer文化の弊害というか、日本ならではの難しいところを教えてください。
谷地 SIerはお客様とすでに決めた仕様に基づいて実装し納品する必要があるので、それに適う製品を選定しますよね。それに対して、「この製品はこんなことも将来できるからとってもいいですよ」とCSMが言っても、決められた今の仕様には特にいらないのでやめとくよ、という話になるでしょう。
園田 SIerにしてみれば、一回決めた仕様から外れるのは手戻りになりますものね。
谷地 はい。もし直接お客様にその価値を正しく伝えられたら、それはいいね、システムの仕様を変更しよう、ということになるかもしれません。しかしこの場合もSIerが変更を嫌がるケースが出てきますよね。金額も増えるなら喜ぶかもしれませんが、単なる後付け追加/変更になるなら困るわけです。
園田 それは具体的になぜなのでしょうか。
谷地 SIerは決められた予算の中で納期を守って仕様通りのものを納品するのが契約上の責任です。だから計画以外のことをあえてやることや、既決仕様の変更をリスクと捉えてできるだけ受け入れないというモチベーションが働くものです。なので、SIerに製品の発展的価値の訴求をするのは工夫が必要です。その辺が、お客様に直接価値を訴求するのとの大きな違いと言えると思います。
CSMはどのように日本企業のDXに寄与すればいいのか
園田 そういった日本ならではのSIer活用文化がある中で、CSMのミッションである、購入後のソフトウェアの利活用推進をどう進めていくのがいいのでしょうか。製品選定や仕様策定の段階からCSMが入り込むといったことは考えられるかなと思いますが。
谷地 例えばSaaSだと、従来のIT部門管轄から外れて個別の部門や担当者様が直接買って使っているケースが多いです。なので、SIerが間に入らずお客様と直接やりとりできる可能性が高い。SaaSベンダーのCSMは日本でもやりやすいのではないかなと。
園田 我々のような日本の、かつSaaS形態に限らないソフトウェア製品担当のCSMならではの難しさがあるかもしれないですね。
谷地 はい。そんな中で日本IBMのCSMがどのように価値ある活動をするかという点ですが、おっしゃるように仕様策定の段階で影響を与えられるチャンスがあるなら、そうしたいですね。やはり正しく使うことや、より価値の高い形で使うことをお薦めしないと、結局使われなくなるわけなので、CSMとしてはそのフェースがどこであれ、アクションしたいところですね。
園田 なるほど。
谷地 難しい立ち位置に見えるかもしれませんが、IBMがソフトウェアビジネスを本気で進めていく上で絶対に必要なロールであると信じています。繰り返しになりますが、SIerが部品として選定/利用するソフトウェアは決められた用途のみで使用され、発展的な使い方を柔軟に採用していくようなことにはなりにくいと思います。それだと、今の時代の、アジャイルに短サイクルでどんどん発展的機能が追加されるタイプのソフトウェアの価値を、最大限引き出せない。
園田 はい。
谷地 CSMのような、ソフトウェア機能の発展に合わせて変更/進化させていくことを推し進めるプロがいた方が、お客様がハッピーになれると思っています。
■執筆者プロフィール

園田緋侑子(ソノダ ヒユコ)
日本IBM テクノロジー事業本部カスマターサクセスマネージャー
2015年、日本IBMグループ会社に新卒で入社後、主にWatson製品(Watson Assistant/WEX/Watson Discovery)を使ったアプリの開発者や製品スペシャリストとして従事。EC業界の顧客を通じてアジャイルプロジェクトを経験し、提案の面白さに目覚め21年7月、日本IBMに出向。現在は保険業界における顧客のCSMとして活動。