グーグルのクラウドコンピューティングの波がエンタープライズ(企業)市場へ本格的に押し寄せてきた。富士ソフトや電算システム、サイオステクノロジーなど有力SIerが販売パートナーとして戦線に参入。グーグル・クラウドを活用したビジネスを相次いで立ち上げ、成果を出し始めている。この特集では、グーグルのクラウドビジネスを推進するSIerを中心に動向を探っていく。
陸戦部隊加わる
敵陣地の奪取も可能に
インターネットをベースとするグーグルは、軍隊にたとえれば“空軍”のようなもの。かつてサイバーとリアルのビジネス戦争が勃発したときも、新興のネット=航空戦力を生かしてアマゾンやアップルが大きく伸びた。グーグルは、航空戦力だけがやたらと強いネット型の企業で、敵陣を攻撃するための陸戦部隊を十分に備えていなかった。だがここにきて、販売パートナーという強力な陸上部隊が加わったことで戦況は一変。敵陣の奪取が可能になるほどに勢力を強めた。マイクロソフトやIBM・ロータスも本格参入しており、企業向けクラウドビジネスは“猛威の嵐(スーパーストーム)”となってマーケットを席巻しようとしている。
不況で引き合い急増 グーグル日本法人の本格的な企業向けクラウドサービス「Google Apps(グーグルアップス)」に、最初に飛びついたのは大手SIerの富士ソフトである。同社はデジタルコンテンツ制作やヒトの軟骨再生などへ相次いで進出。受託ソフト開発をメインとする比較的おとなしいSI業界で、同社の奇抜なビジネス展開は目立っている。2008年6月、国内の大手SIerとしては初めてGoogle Appsの販売代理店契約をグーグルと結んだときは、「また富士ソフトか」(SIer関係者)と、同業者の多くは若干冷ややかな目で見ていた。
だが、昨年10月のリーマン・ショックなど金融危機の顕在化で様相が大きく変わった。ユーザー企業はコスト削減によってなんとか利益を確保しようと懸命。コストが膨れあがった情報システムも削減の対象になる。Google Appsは、電子メール容量25GBにカレンダー、ワープロ、表計算、プレゼンテーションソフトなどが一通り揃って、1ユーザーあたり年間約6000円という破格の低価格。この値ごろ感が受けて、ユーザー企業からの引き合いが急増している。
富士ソフトは昨年、計17回のGoogle Apps関連のセミナーを開催。ユーザー企業の情報システム部長クラスが延べ1000人近く来場した。予想を大幅に超える来場者数で、これをきっかけにした商談も急増。試験導入ではなく、1社あたり2000~3000ライセンスのオーダーで、本格導入の発注が相次ぐ。「これではSI(システム構築)にかかる人材の手当てが間に合わない」(富士ソフトの間下浩之・営業本部副本部長)とし、今年に入ってセミナー開催の回数を大幅に制限した。「あまりの盛況ぶりに、2~3月のセミナー開催は取り止めようと思った」(同)ほどだが、顧客の要望に押される形で、月1回ペースで開くという有様だ。
昨年度(2009年3月期)の富士ソフトにおけるGoogle Appsの受注数は2万ライセンス余り。今年度(10年3月期)の受注数は、少なくとも5万ライセンスを超えるとみる。Google Appsビジネスは富士ソフトにとっても手探りの状態だが、セミナー開催や検証作業など、それなりに営業コストをかけており、「初年度で十分にペイできる」(同)と手応えを感じている。
足の速さが勝敗左右も なぜ富士ソフトなのか──。これはグーグルの販売パートナー施策と国内大手SIerの慎重な姿勢によるところが大きい。まず、Google Appsの販売施策だが、顧客企業の規模に関係なく、自由にライセンスを販売できる“制限なし”の販売パートナーは4月の取材時点で富士ソフトと電算システム、USENの3社しかない。従業員数が250人以下の企業に限ってライセンスを販売できる“制限つき”の販売パートナーは、サイオステクノロジーやベイテックシステムズ、アイキューブドシステムズなど10社未満だ。
制限付きの販売パートナーは今後大幅に増やす計画を立てるものの、制限なしのパートナーは「セレクティブ(選択的)に行う」(グーグルの大須賀利一・エンタープライズセールスマネージャー)方針だ。従業員数250人超の企業とGoogle Appsに絡む大規模な商談をまとめたSIerは、グーグルに直販を依頼するか、制限なしのパートナーからライセンスを仕入れることになる。富士ソフトへの引き合いが増すのは容易に想像できる。
もう一つの理由。それはパートナーが、NECや富士通など大手メーカー系やNTTデータなどトップSIerではないという点。あるメーカー系SIerは、「クラウドは次世代ビジネスの主戦場になる。親会社本体がどうするか決めていないのに、子会社がおいそれとグーグルと提携することなどできない」と明かす。将来のビジネスを大きく左右するだけに、超大手は慎重にならざるを得ず、判断に時間がかる。その結果として、動きの速い他社に先を越されるという構図が描かれている。
次ページ以降、Google Appsの内容や強み・弱点などを詳しく分析する。
Googleエンタープライズ
三つ巴のシェア争いに
グーグルの「企業向け商材」は、大別して三つある。一つは企業内検索の「Enterprise Search(エンタープライズサーチ)」、二つ目がオフィスソフトの「Google Apps(グーグルアップス)」、そして三つ目が地図・航空写真の「Earth&Maps(アース&マップ)」だ。企業内検索は検索エンジンを搭載したアプライアンス製品の販売であり、現時点では厳密な意味でのクラウドサービスではない。地図・航空写真も用途が限られる。これに対して電子メールやワープロ、表計算などを含むGoogle Appsは本格的なクラウドサービスとして注目を集めている。
追撃するマイクロソフトは、メールとグループウェア機能を持つExchange(エクスチェンジ)やOffice SharePoint(オフィス シェアポイント)などを含む「Online Services」を投入。日本IBMもグループウェアで一世を風靡したLotusシリーズをクラウド化する。いずれのクラウドサービスもSIerによる個別のSI(システム構築)需要が見込まれ、新しいビジネスへの発展が期待される。
主要販売パートナーのビジネスプランから推計するGoogleエンタープライズの市場規模は、ライセンスと周辺SI・サービスを含めて数年後にざっと500億円程度に拡大するとみられる。仮にマイクロソフトやLotus陣営も同様のクラウド型サービスでグーグルと同様に拡大すれば、1000億円規模に成長する可能性がある。ただ、クラウド分野は変化が激しく、新サービスも次々と登場するため、成長のスピードは予測し難いのが実際のところだ。
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