シンクライアントが再び成長期に入ろうとしている。長い間、変化に乏しかった企業のパソコン環境だが、この不況でユーザー企業はより一層のコスト削減を推進中。そこで注目を集めるのが、クライアントパソコンの運用管理コストを削減できるシンクライアントシステムだ。従来型のクライアント/サーバー(クラサバ)システムの仕組みでは、コスト削減には限界がある。折しも新しいクライアントOSであるWindows 7が登場し、クライアントを仮想化する技術は飛躍的な進歩を遂げている。本特集ではシンクライアントを軸に“脱クラサバ”の動きを追う。
高まる“脱クラサバ”の改革機運
シンクラ需要が倍増の兆し シンクライアント市場は前年比2倍の勢いで伸びている——。NECや伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、ユニアデックスなどシンクライアントに力を入れている有力ベンダーは、需要の急拡大の様子を異口同音に語る。
いったん受注が決まると初期投資が大きいシンクライアントは、「すぐに受注額が前年度比5~6倍と跳ね上がる」(大手SIer)傾向があり、母数となる昨年度までの受注額が比較的小さかっただけに、伸び率は大きい。さらに、大手ITベンダーは、当面のターゲットとして数千~数万台のクライアントパソコンを有する大手ユーザー企業をターゲットとしており、現在はこの層のシンクライアント化が本格的に進行。こうした背景から“受注倍増”の言葉が聞こえてくるわけだ。
調査会社のIDC Japanによれば、クライアント仮想化ソフトウェア市場の2008~2013年までの国内年平均成長率は21.6%。このうちシンクライアントの新方式のデスクトップ仮想化に限ると同62.1%の見通し(図1参照)だ。大手ITベンダーが豪語する「2倍」とまではいかないまでも、不況下における数少ない成長分野であることに変わりはない。さらに、調査会社のノークリサーチは、デスクトップ仮想化ソフトのライセンス料金のみを推計した国内市場規模予測を公表。2009年は25.1億円なのに対し、2013年は53.3億円に倍増する見込みだ。実際は、ハード販売やシステム構築、運用サービスなどの周辺ビジネスが加わるため、市場規模は数十倍に膨らむ。
不況がシンクラを後押し なぜ今、シンクライアントが伸びているのか。理由はいくつかある。
(1)コスト削減
(2)情報セキュリティの強化
(3)サーバー一括管理による電力量削減=温室効果ガスの削減
(4)ネットワークを経由してどこからでもデスクトップを利用できるユビキタス性の向上
(5)上記(4)を利用したパンデミック対策
——など、さまざまなメリットが挙げられるが、ユーザー企業にとっていちばんの動機づけは、なんといっても(1)のコスト削減効果だろう。
CTCの試算によれば、従来のクラサバ方式のクライアントと、シンクライアントを5年間使ったモデルを比較すると、2年目で総所有コスト(TCO)が逆転する。1000台をクラサバ型で利用し続けた場合と、年250台ずつシンクライアントに順次置き換えた場合とで、維持管理費など関連するコストを含めて比較した。前者が1台あたり5年累計で140万円余りかかるのに対して、後者は100万円強で収まる(図2参照)。ヴイエムウェアも同様のコスト試算をしており、1000台のデスクトップを仮想化して4年間使うと累計約400万ドル(約3億6000万円)が削減可能と見積もる(図3参照)。


すでにレガシーシステムとなったクライアント/サーバー方式から脱却することがコスト削減につながる。今般の深刻な不況が“脱クラサバ”の背中を押し、シンクライアントへの移行を促進。さらに、評判のよくなかったWindows Vistaを改善したWindows 7が登場したことによって、企業向けクライアントパソコンにおける事実上の標準OSになってきた2世代前のWindows XPからの移行機運が高まる。少なくともXPのサポート期限が切れる2014年までは、「シンクライアント需要は右肩上がりで拡大する」(NECの大塚俊治・シンクライアント推進センター長)と予測する。

NEC 大塚俊治・センター長
仮想化・クラウドがカギ 技術的な突破口もある。すでに本格普及のフェーズに入ったヴイエムウェアやシトリックス・システムズ・ジャパンなどのサーバー仮想化や、セールスフォース・ドットコムやグーグルなどのSaaS/クラウド技術の飛躍的な進展である。サーバーやアプリケーションの仮想化・SaaS/クラウド化は、すでに商用ベースに乗っているが、クライアント=デスクトップの領域は、従来のクラサバ方式が大半を占めたままだった。だが、ここへきて大手ITベンダーが相次いで、デスクトップの仮想化領域へ本格的に進出。サーバー仮想化の成功例やシンクライアント需要の高まりも相まって、商談が急ピッチで進んでいるのだ。次ページでは、有力ベンダーの動向を追った。
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