通信事業者が法人向けクラウド・サービスの本格化を進めている。一番の強みは通信回線をもっていることにある。各事業者は、通信回線とアプリケーションを組み合わせた独自のサービス提供を図ろうとしている。ITメーカーやSIerが着手しつつあるクラウド・サービスとは一線を画したビジネスといえるが、果たしてITベンダーにとって通信事業者は競合相手なのか、それとも協業相手なのだろうか。
【クラウド・サービス着手の狙い】 通信事業者がクラウド・サービスの本格化を図っているのは、通信回線のユーザー企業を増やすことが最大の狙いだ。
通信回線は元来、月額基本料金プラス使った分だけの料金を徴収するといった点で、「クラウド・サービスと同じようなもの」という考えが各事業者の共通認識としてある。各事業者とも、アプリケーションサービスの提供による通信回線の付加価値化で、既存の通信回線ユーザーを確保することに加えて、他事業者のユーザーを奪うといったビジネススタイルを構想しているのだ。
最近は、自社で保有するデータセンター(DC)の有効活用によるPaaSを中心としたクラウド・サービスを企画しているITベンダーが多い。通信事業者も、PaaSを中心としたサービスであり、競合する可能性があるが、「競合よりも共存」というのが事業者の主張。クラウド・サービスへの着手はあくまでも通信回線のユーザー企業を増やすことを目的としており、PaaSを提供する各ベンダーとのDC連携を進めていく考えをもっていることによる。通信回線という武器をもつものの、クラウド・サービスを提供するうえでの弱点はアプリケーション開発力がないことで、これは各事業者とも認めている。その弱点を補うため、アプリケーションのSaaS化を進めているISVをパートナーとして確保することに加え、PaaSを提供するITベンダーとのDC連携でアプリケーションを増やそうとしている。さらに、協業ベンダーが通信回線を売ることを期待しているわけだ。
このように通信事業者からすれば、「ITベンダーと競合はしない」ということになるが、この結論が果たして正しいのか。「NTT」「KDDI」「ソフトバンク」の大手3事業者の取り組みを検証していく。
検証1 NTT
世界を視野にビジネスモデル構築
ブロードバンドなど最先端を生かす
日本電信電話(NTT)グループは、ITと通信を融合させたサービスの提供に力を注いでおり、クラウド・サービスに着手することは、その実現に欠かせない要素と位置づけている。国内ITベンダーとは競合よりも共存を選ぶ。世界に通用するビジネスモデルを構築しようとしているためだ。ブロードバンドなど日本が世界で先行している環境や技術を生かし、“日本発”のクラウド・サービス確立を目指している。
市場環境は大きく変化
新しい垂直統合や連携へ  |
| NTTの三浦惺社長は、「IP化に伴い、新しい垂直統合や連携が生まれようとしている」とアピールする。 |
「ITと通信の市場環境は、様変わりしようとしている」。これは、三浦惺・NTT社長の発言だ。同社は、このほど「NTT R&Dフォーラム」を開催。三浦社長は、「社会的課題の解決に貢献するICTサービスの創造」と題した基調講演を行った。そのなかで三浦社長は、「ITや通信を利用する個人や企業が求めているのは、『サービスの融合』『利用者参加型パーソナル』『所有から利用へ』『グローバル化』などが挙げられる」としており、通信事業者としてニーズに応えなければならないと訴えている。
また、プレーヤーが多様化し、しかもグローバルで競争が激化していることにも言及。「IP化に伴って、水平分業が可能になり、多様なベンダーがグローバルにサービスを展開できる環境になりつつある。新しい垂直統合や連携が出始めている。このような状況を見据えなければならない」と、通信事業者として多くのベンダーと協業する重要性を指摘した。
NTTグループがクラウド・サービスを提供するうえで強みとして掲げているのは、「NGN(次世代通信網)」や「モバイルネットワーク」だ。2011年3月にNGNを光提供エリア全域まで拡大する計画を立てている。モバイル関連では、08年12月の時点でFOMAハイスピードエリアを全国に拡大したほか、10年12月をめどに高速データ通信である「LTE(long term evolution)」の広帯域化を行って携帯電話のブロードバンド化を拡大しようとしている。このような環境整備で、日本市場でのクラウド・サービスを推進するほか、協業ベンダーが世界でサービスを提供できる基盤を固める。
クラウド・サービスの拡大に向けて柱に据えているのは、「CBoC(シーボック)」と呼ばれる上位レイヤサービス向け共通基盤だ。この共通基盤で、アプリケーションやコンテンツなどのサービスがシステムの拡張性や運用性など面倒な手順を簡略化できるという。SaaSなどのアプリケーションシステムの設計、構築、運用を容易化できる技術というわけだ。NTT情報流通基盤総合研究所の後藤厚宏・情報流通プラットフォーム研究所長は、「セキュリティ面やネットワーク連携などを加味した安心や高信頼のクラウドというのが、グループ全体で目指している方向性。『CBoC』で実現できる」とアピールしている。
三浦社長は、「世界最先端ブロードバンドインフラや技術で、業種や業態を超えたオープンなコラボレーションによって、“日本発”のサービスやビジネスモデルを作り上げることが重要」と訴えている。NTTグループだけで完結するのではなく、ITベンダーとの協調関係を築くことによって、これを実現する方針なのだ。
SaaS基盤でISVをパートナーに
クラウド協業も着々と進行 では、実際にNTTグループは、クラウド・サービスでITベンダーとの協業を図ることができているのだろうか。
NTTコミュニケーションズは、SaaS基盤「BizCITY for SaaS Provider」でISVとのパートナーシップ深耕を追求。20種類以上のアプリケーションを揃えており、ほとんどがISVとの協業でSaaS化したものだという。今後も、アプリケーションの拡充に向けて多くのISVとアライアンスを組む方針だ。また、「BizCITY for SaaS Provider」は基盤連携が可能なので、PaaSベンダーとDC(データセンター)間を連携させるといったパートナーシップ構築にも力を注いでいる。さらに、サービス拡充の位置づけで、2010年春に「Bizホスティングベーシック」を提供開始する予定。国内に点在するNTTの通信局舎ビルを有効活用し、仮想化技術を採用したオンデマンドでサーバーリソースを提供するというものだ。
NTTデータでは、インフラ構築からアプリケーション提供まで総合的に提供するクラウドサービス「BizCloud」の第一弾として、プライベート・クラウドやコミュニティ・クラウドのサービス提供基盤「BizCloudプラットフォームサービス」の提供を10年4月から開始する。このサービスをBizCloudの中核と位置づけ、ユーザー企業がクラウド環境の導入や運営を低リスクでスピーディーに取り組むことができるようにするための機能やインフラをサービスを提供するという。NTTやNTTコミュニケーションズと共同開発したSaaS共通基盤機能をはじめ、NTTデータグループのクラウド関連のサービスを統合していることが特徴となる。また、同社はプライベート・クラウドの導入支援パッケージをぷらっとホームと共同開発するなど、クラウド・ビジネスでITベンダーとのアライアンスも視野に入れている。
グループ会社の取り組みをみると、必ずしもITベンダーと競合するというわけではなさそうだ。
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