データセンターへの積極投資
100億円規模の投資、続々と
新しいビジネスの創出に向けて積極的な先行投資を行うSIerも少なくない。端的な例が、クラウド/SaaSビジネスのハードウェア的な基盤となるデータセンター(DC)への投資である。DC建設は100億円単位の大型投資だが、国内外で日本のSIerのDC建設が急ピッチで進んでいるのだ。厳しい事業環境だからこそ、体力のあるうちに将来性が見込めるDC投資に踏み切ったり、M&Aやグループ再編による規模拡大で投資余力を捻出したりと、逆風のなかでも改革を着実に推進する姿勢がうかがえる。
今年に入ってITホールディングスTISが4月に中国・天津市に敷地面積約8800m2(サーバー室面積約3000m2)、中国ではセキュリティの最高水準に相当するTier3を上回るスペックのDCを全面開業させたのに続き、国内でもインテックが富山県、TISが東京都内に今年から来年にかけて新型DCを竣工。現時点の合計で国内外20拠点、約10万m2のDC規模が、22拠点約12万m2へと拡大する。
キヤノンMJは、およそ150億円を投じて同社最大規模となる国内4か所目となるDCを2012年秋をめどに竣工する予定で、大規模なDC投資を継続して行っている野村総合研究所も2012年度中に国内5か所目の大規模DCを約200億円を投じて竣工する。
これまでは国内がメインだったDC建設だが、TISのように海外へ進出するケースも出始めている。国内主要SIerで中国で自社の大型DCを開設したのは今回が初めてだが、現地法人の天津TIS海泰インフォメーションシステムサービスの丸井崇総経理は、「ここ1~2年で高スペックDCの投入が相次ぐ」と、早くもライバルを意識。先行者の優位性を最大限に生かし、少しでも早く中国でのDCビジネスでシェアを獲っていく方針を示す。
TISの先行投資は、資本力のあるグローバル大手ベンダーや中国地場大手ベンダーによる新鋭DCの建設や、SIer最大手のNTTデータの動向を念頭に置いたものと推測される。NTTデータは、中国・無錫市に拠点をもつ無錫華夏計算機技術を候補の一つとして、「まずはNTTデータグループ向けの業務システム運用を検討する」(榎本隆副社長)としており、運用体制のグローバル化を視野に入れている。
クラウド型サービス
収益構造、大きく変える
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NTTデータ 山下徹社長 |
受託ソフト開発やハード販売の伸び悩みとは対照的に、クラウド/SaaS型サービスの拡大は急ピッチで進む見込みだ。有力SIerは、こうした市場のニーズを敏感に感じ取り、クラウド/SaaS型サービスのハード的基盤であるデータセンター(DC)設備に積極的に投資。グループの総力を上げてミドルウェアやアプリケーションの開発に力を入れている。
日立製作所は、日立ソフトウェアエンジニアリング、日立システムアンドサービス、日立情報システムズの主要グループSIerを今年に入って完全子会社化。日立ソフトは、今年10月、日立システムと合併して日立ソリューションズとして再スタートすることが決まっている。こうしたグループSIerの再編と並行し、「クラウド/SaaSサービス分野での一体的な事業推進の体制を強化する」(日立製作所の佐久間嘉一郎・執行役常務)という方針を示している。今年6月1日付で、グループSIer各社のクラウド事業推進部門で構成するクラウド事業統括本部を設立。昨年度(10年3月期)、約500億円規模だったクラウド関連ビジネスの売上高を15年度には10倍の5000億円へと拡大していく方針だ。
JBCCホールディングスは、2014年にはSI事業の約2割をクラウド関連が占めると予測。SalesforceやGoogle、Amazon、Azure(マイクロソフト)などパブリック系のクラウドベンダーとの連携を視野に入れる。日立製作所も、自社グループでSIによって構築するプライベートクラウドと、他社ベンダーなどが提供するパブリッククラウドとの融合によって、クラウドらしいオープンなシステム構築の方向性を示す。日立ソフトはこの6月、中国で地場ITベンダーと連携したSalesforceの販売を発表しており、サービスメニューの拡充を急ピッチで進めている。
ITHDグループでは、産業構造の変化によって、従来の業種の枠組みにとらわれない“ビジネスプラットフォームサービス”が求められると判断。TISやユーフィット、インテック、クオリカなどのグループ各社が開発した基盤系のミドルウェアや、ソランの商材も加えて30種類を超えるクラウド/SaaSアプリケーションをメニュー化した。
ビジネスプラットフォームサービス市場の発展段階においては、あえてサービスの仕様や規格を共通化せず、グループ各社の得意分野を伸ばすことを奨励。「商材の多様性を認めつつ、一方でクロスセルなどグループリソースを迅速に結集できる体制を強化する」(ITHDの荒野高志・執行役員事業推進本部長)という方針を打ち出す。
クラウド/SaaS型をはじめとするサービスビジネスは、不況の真っ只中でも着実な伸びを示している。NTTデータは、サービス型の販売が、当初のサービスビジネスの売上目標を前倒しでクリアするほどの好調ぶりだ。本来は12年度に連結売り上げに占めるサービスビジネスの構成比を30%とする目標だったが、10年3月期時点で早々と達成。「サービス化への進展が勢いを増している」(NTTデータの山下徹社長)と半ば驚きつつ、同事業の目標構成比を40%へと上方修正した。同社は、昨年度65%程度を占めた受託ソフト開発を含むSI事業の比率を50%に下げ、ソフトプロダクトを直近の約2倍に相当する10%に拡大させるなど、収益構造を大きく変えることで業績をV字回復させる。これを次の成長につなげる方針だ。
これからの情報サービスのあり方
ユーザー企業の業績に明るさが見えるなか、主要SIerは業績回復への取り組みを本格化させている。SaaS/クラウド型サービスの拡充、業界やグループ企業の再編、グローバル展開など、新しい施策を矢継ぎ早に打つ。しかし、見方を変えれば、従来のビジネスモデルでは、もはや顧客企業のニーズを満たせないほど市場環境が変わっているということだ。ビジネスモデル転換のリスクと引き替えに、業績のV字回復を目指すSIビジネスの厳しい局面に差し掛かろうとしている。
減収減益の嵐
今期、明るさ見える 情報サービス産業は、ユーザー企業の業績変動から半年ほど遅れて影響が出るといわれている。ユーザー企業の業績が上向き始めても、この恩恵を情報システム業界が受けるには、どうしてもタイムラグが生じる。こうした影響もあり、直近の通期決算では、多くのSIerが大幅な減収減益に苦しんだ。
業界トップのNTTデータは、連結子会社の拡大やその業績回復などのプラス要因もあって、わずかながら増収になったものの、営業利益は前年度比17.1%の大幅減。トップグループの大塚商会やITホールディングス、伊藤忠テクノソリューションズなども苦戦している。
コンピュータメーカーとの関係が強い販売系SIerの業績ダウンも目立つ。日本IBMのトップソリューションプロバイダのJBCCホールディングスの連結売上高は前年度比14.8%減、富士通との関係が深い都築電気は同13.2%減、大興電子通信は同17.3%減、キヤノン系のキヤノンMJは同17.0%減と2ケタのダウン。ハードウェア商材の販売不振が足を引っ張るケースもみられた。
ソフト開発を主力とする開発系SIerでは、システム運用などBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)比率が高い野村総合研究所の連結売上高は、ほぼ前年並みを維持するなど善戦。しかし、組み込みソフト開発など製造業不振の直撃を受けた富士ソフトは同14.2%減、コアは同18.8%減と厳しい結果となった。また、受託型のソフト開発比率が大きいSIerほど、マイナスのインパクトを受けやすい傾向が見受けられる。
現時点での通期決算の見通しベースでは、ユーザー企業のIT投資意欲に改善傾向にあることを受けて、SIerの多くは増収増益を見込む。クラウド/SaaS型ビジネスや再編による規模の拡大、グローバル展開などの新規事業の拡大が進んでいることも、業績計画の心強い補強材料となっている。