巨大IT消費市場へと変貌した中国──。この市場環境の劇的変化は、日系SIerのみならず、そのビジネスパートナーである地場系SIerのビジネスモデルの変革、意識改革を促す要因として働いている。ビジネスの仕方や価値観を変化に合わせなければ、勝ち残れない。中国のIT投資を狙い、続々と進出する日系SIerやそのケーススタディ、ライバル勢力の一角を占める外資系ベンダーの最前線を取材した。
余儀なくされる構造変革
課題や取り組みを追う
中国内需の拡大で、日中双方の情報サービス産業に構造的な変革が起こっている。国内重視だった日本のSIerの多くが相次いで中国進出を強化すると同時に、これまで日系SIerのオフショア開発を手がけてきた中国地場のSIerも、中国国内のIT投資案件の獲得へと動き始めている。このレポートでは、日中両国のSIerが抱える課題や取り組みを追う。
地場ビジネス本格浮揚へ  |
聯迪恒星 沈栄明総経理 |
今年7月、上海市と南京市を結ぶ全長約300kmの新幹線が開通した。これまで在来線を活用した高速鉄道で2時間半ほどかかっていたが、今回は最高時速350kmで走行可能な専用軌道を敷設。上海から南京はおよそ1時間半に短縮された。その南京に本社を置くのが、SEなど開発人員を中心に1000人規模を擁する大手SIerの聯迪恒星(南京)信息系統(レンディインフォメーションシステムズ)だ。中国の技術者らが中心となって、日本で起業したSJI(李堅社長)のグループ会社でもある。
聯迪恒星は、SJIグループの中国における最大級の開発拠点として業容を拡大している。しかし、リーマン・ショック以降、日本からのオフショア開発案件が激減。聯迪恒星も例外ではなかった。そこで、打ち出したのが、中国国内のITマーケット攻略である。上海から南京の間には、蘇州や無錫、常州など日系を含む多くの製造業が集積する一大工業ベルト地帯がある。大幅に高速化された新幹線によって、人の移動もより容易になる。このチャンスを逃すわけにはいかない。
立地条件のよさに加え、4兆元(約52兆円)規模ともいわれる中国政府による緊急経済対策も後押し。2008年には聯迪恒星の売り上げ全体の約1割を占めるに過ぎなかった中国国内向けビジネスが、09年には3割弱にまで拡大した。オフショア系の構成比は約9割から7割強まで下がった。その一方で、中国国内向けビジネスが伸びたことよって、「09年、会社全体では前年比数%の売り上げ減で収まった」(聯迪恒星の沈栄明総経理)と胸をなでおろしている。内需転向によって、打撃を最小限に抑えたのだ。
日本向けオフショア開発ビジネスに見切りをつけたわけでは決してない。日本と中国の開発人員のコスト差や、規模のメリットによる生産性の高さでみれば、中国の優位性は依然としてあるからだ。沈総経理は、「日本向けオフショア開発は、中期的にみて増えることはあっても、減ることはない。ただし、日本の経済状態からして、かつてのような大幅な伸びは期待できない」と、冷静に分析する。
2010年は、聯迪恒星全体で10%ほどの売り上げ増を見込むが、全体の約7割はオフショア。中国国内向けは約3割の構成比になる見込みで、以前のようにオフショア一辺倒には戻らないとみる。
“提案型営業”を実現できるか  |
キヤノンコントロールシステム 徳永修一総経理 |
こうした地場ビジネス重視の動きは、他の日系SIerにも急速に広がっている。キヤノンMJアイティグループホールディングスの現地法人キヤノンコントロールシステムは、中国国内向けのビジネス拡大のロードマップを練る。同社の09年12月の売り上げ構成比は、対日オフショアが約7割、中国に進出している日系企業など地場向けビジネスが約3割を占めた。これを12年12月までに、対日オフショアと地場向けの比率を半々にし、15年には対日オフショア3割、地場向けビジネスを7割に拡大。売り上げ金額そのものも、向こう5年間で5倍に増やす意欲的な計画を立てている。
今年1月から営業体制を大幅に強化。製造業の生産ラインを制御するシステムや、倉庫業務の自動化などで使うハンディターミナル機、高度医療機器など、キヤノングループが得意とする領域や、キヤノン製デバイスを活用したSIビジネスを軸に据える。キヤノン本体に目をやると、中国を含む世界でデジカメやプリンタなどを数多く販売する。本体のグローバルビジネスに対し、ITサービスやSI部門はこれまで国内にとどまる傾向が強く、「ようやくキヤノン本体の背中を遠くに見ながら、グローバルビジネスを拡大しようとしている段階」(キヤノンコントロールシステムの徳永修一総経理)と、まずは中国地場ビジネスの拡大によって、グローバル化の第一歩を踏み出す。
しかし、これまで対日オフショア主体で成長してきた企業にとって、中国地場のユーザー企業のIT投資を獲得するのは容易ではない。オフショア開発分野が“待ちの営業”だとすれば、地場向けビジネスには“提案型の営業”が求められる。
日本国内の情報サービス業界でも、受託型のソフト開発を主体としてきた多くのSIerが、自ら提案して、プライムで案件を獲得できるようになるまでの過程は苦労の連続だった。例えば、ITホールディングスや富士ソフト、DTSなどは、今でこそ大手コンピューターメーカーもたじろぐ強力な営業パワーと攻めの経営を実践するが、かつては受託ソフト開発、待ちの営業の色彩が濃いSIerだった。次ページからは、中国でこうした構造改革に取り組む日系SIerの現状と課題をレポートする。
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