多くの日系SIerが、中国でのビジネスパートナーを追い求めるなか、IBMは中国での人材育成を最優先事項に挙げる。現地法人のIBM中国は、早くから中国へ進出した“年の功”もあり、「外資系ベンダーのなかでは最も成功しているロールモデル」(日系SIer幹部)と評される。その競争力の源泉は、自前で人材を育成し、経営幹部を養成する体制を築いている点に集約される。
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IBM中国 マルセル・グルートマン 中国区総経理 |
人への投資は、採用から始まると考えるIBM中国では、専門的スキルが高く、IT業界の経験が長い「エックス・プロ=experienced professional」を中途採用で確保。これと同時に、中国の名門大学と連携した新卒採用にも力を入れている。例えば、大学を卒業したばかりの若者を対象に、実践的なITスキルなどを鍛錬させる1年間の研修プログラム「Experience Training Program(ETP)」を整備。参加者から最も優秀な人だけを選んで正式に採用するなど、社員までのハードルは高い。現在2000人以上がETPを受けており、今後、募集人数をさらに増やすという。
また、採用した人の育成も、IBM中国の人事方針の重要な部分だ。同社は、社員の言語スキルの向上を積極的にサポートすることを強みとしている。「現地採用では、英語か日本語のいずれかをマスターしていることを必須条件とする。さらに、コミュニケーション能力や正確な発音などを練習するトレーニングを受けさせる」(IBM中国のマルセル・グルートマン中国区総経理)と、ITスキルだけでなく、語学力も重視する。
マルセル・グルートマン中国区総経理は、ハードウェアなどのモノではなく“サービス”を、中国IT市場の最も重要なキーワードと位置づける。同氏は、「『サービス』とは、つまり『人』のことだ。当社は『サービス』に基づくソリューションを軸に、中国政府系のIT投資を獲得しようと、『人』への投資を大幅に増やしている」と、大型公共案件の受注重視の姿勢を明らかにする。人員体制の強化を「長期的な戦略」として捉え、今後も採用や育成への投資を拡大する方針を示している。
システム構築事例
大手通販会社のSAPプロジェクト
レッドベビー基幹業務を刷新  |
アビームコンサルティング上海 仲軍海・副総経理 |
アジアに強いアビームコンサルティング(岩澤俊典社長)は、2010年4月、中国最大手のネット/カタログ通販事業社であるRedbaby Group(レッドベビー・グループ、シュ ペイシン CEO)の基幹システムを全面稼働させた。“レッドベビー・プロジェクト”を率いた同社の現地法人アビームコンサルティング上海の仲軍海・副総経理は、提案活動から受注・本稼働に至るまでの1年あまり、「さまざまなハードルを越えなければならなかった」と、紆余曲折があったことを明かす。
Redbaby(04年設立)は、北京に本社を置き、天津、上海、南京など、中国全国に12支社を展開。インターネットやカタログ、モバイルなど、多様なチャネルを通じて商品を売る。自社の膨大な事業拡大によって、新しい基幹システムの導入を必要とし、2008年からシステム構築を依頼するSIerを探し始めた。アビームが提案したシステムは、SAPを用いて、12拠点に分散していたRedbabyのIT基盤を統一。業務を統合的に管理できるようにした。
同社は、仲副総経理以下、コンサルタント13名と技術者8名の体制を整え、自社の優位性や社員のSAPスキルなどをアピール。09年5月には、6か月の商談期間を経て、Redbabyのシステム構築を受注した。ところが、受注後、さまざまな問題に直面する。その背景には、「顧客幹部や現場社員は、システムの導入によって、慣れた作業のやり方を変えるのに強い抵抗感を示した」と振り返る。アビームでは、作業の効率化やコスト削減を図ることができるなど、システム導入によるメリットを訴求した。しかし、抵抗の壁を越えられなかった。
そこで、「一方的にシステムの優位性を訴求するのではなく、社員の意見や要望を聞いて、それをシステムに反映させる必要を痛感した」(仲副総経理)ことによって、途中で方針を転換。「顧客に『システムが自分のニーズに合っている』かつ『自分が決めた』ことを感じてもらうことが、成功のカギ」だった。ただ、実際に顧客に出してもらった要件は、システムの構造上、実現できないものが多く、要件をベースとした代案を提供し続けることで擦り合わせを実行。パイロット稼働まで8か月、さらに、全面稼働まで2か月と、「あらゆる問題と格闘しながらも、短時間でシステムを実現させることができた」(仲副総経理)と話す。
Epilogue
日中のIT市場環境の変化は、SIerのビジネスのあり方を根本的に変える。企業を変えるには、変化に見合った人材を育成するしか方法はない。中国地場で幹部候補を育成するのはもとより、ビジネスパートナーとの協業を通じた切磋琢磨も有効だ。人的交流を通じて相互に刺激を受け、日中ITベンダーともにビジネスをより大きく拡大させることが強く求められている。