「競争に勝てない」焦り
“2350億円”予算狙う
電子カルテやオーダリングを売るだけでは競争に勝てない──。インターネットを活用したソフト・サービスを競争力ある価格帯でいち早く展開し始めたベンダーがビジネスの主導権を握る。国は地域医療再生基金の名目で約2350億円の予算を確保。うち1~2割が地域連携医療ネットワークをはじめとする医療IT系に適用される、と主要ITベンダーは予測する。
“オフコンからネット”へ  |
JBCC 三星義明執行役員 |
病院で使う電子カルテやオーダリングなどの情報システムは、古くは院内の情報共有・活用、業務効率化のために導入されてきた経緯がある。つい最近まで、事実上、情報を院外へ持ち出せない規制もあり、外部のネットワークに接続するという発想に乏しかった。あるSIer幹部は、「まるでオフコンか、ネット接続機能が標準装備されていなかったWindows 3.1時代のよう」と、80~90年代前半の民間企業の情報システムに似ていると形容する。それが今、医療情報システムはオープンなネットワークに接続されつつあり、「ネット普及に絶大な貢献をしたWindows 95が広まっているようだ」(前出のSIer幹部)と形容する。
「地域医療再生基金」などの補助金や「新たな情報通信技術戦略」で示された医療機関向けのインセンティブなどによって、急速にネットワーク化、オープン化が進むことは明らかだ。こうしたなか、パソコンやパッケージソフトの販売に主眼を置いた時代は終わり、アウトソーシングやソフト・サービスに価値の中心が移ることが容易に予測できる。
日本ビジネスコンピューター(JBCC)は今年1月、亀田医療情報研究所系の電子カルテ開発ベンダーのアピウスと資本業務提携を行った。医療業界向けソフト開発ベンダーなど約25社で構成する団体JBCCヘルスケアコンソーシアム(三星義明理事長=JBCC執行役員医療ソリューション事業部長)のメンバーとともに、医療IT市場の攻略に力を入れている。同社の“売り”は、アピウスが開発するウェブ対応のオープンな電子カルテシステムとコンソーシアムメンバーとの連携ビジネスにある。厚生労働省の電子的診療情報交換推進事業「SS-MIX」に準拠したもので、電子カルテについては「必要に応じてソースコードやデータベース構造も開示する方針」(JBCCの三星義明・執行役員)で臨む。既存大手ベンダーよりも一歩踏み込んだオープン化で差異化を図る。
電子カルテの意義変わる  |
富士通 佐藤秀暢統括部長 |
地域連携医療実現への主要な財源の一つである地域医療再生基金は約2350億円。このうち連携医療ネットワークなどIT系に割り当てられる予算は、1~2割程度と主要ITベンダーは予測する。2013年度までに全国94地域に交付されるとみられ、例えば全予算の1割適用で半額補助があるとすれば、およそ470億円の市場規模となる。JBCCが取り扱うアピウスの電子カルテは、国立病院の約2割に採用されている実績を踏まえ、「仮に連携医療ネットワークで2割のシェアを獲れば、周辺需要も含め、向こう3年で100億円近い案件になる」(同)とソロバンをはじく。
NTTデータやJBCCの猛攻を受け、迎え撃つ立場にあるのが、電子カルテをはじめとする医療情報システムでシェアトップの富士通や、大手病院に強いNECなど大手コンピュータメーカーだ。ベット数200床以上の大規模病院の電子カルテのシェア約4割を握る富士通は、「電子カルテの導入目的が連携医療ネットワークへの接続に変わりつつある」(佐藤秀暢・ヘルスケア営業支援統括部長)と、医療ITの主戦場が連携医療ネットワークへと移ることを重要視。「SS-MIX」への対応も含め、「連携医療ネットワークにつなげることを前提にビジネスを進める」(同)方針を示す。
NECは、診療所向けの医療事務(レセコン)に強い三洋電機と、電子カルテ開発のシーエスアイと協業。地域連携医療での納入実績を9都道府県227施設に増やしている。内訳は中核病院など診療情報を公開する施設が45、診療所など情報を閲覧する施設が182か所である。直近では三重県や長野県飯田地区、北海道室蘭地区などがあり、「今後も当社が積極的に関わる形で、地域連携医療ネットワークを拡大していく」(齋藤直和・医療ソリューション事業部事業推進部長)と、イニシアチブの掌握に全力を挙げる。NECは、三洋電機などとの3社協業体制によって、2013年度までに納入先を5000施設に増やす計画を立てる。内訳は病院400施設、診療所など4600施設をイメージする。
普及はニワトリとタマゴ  |
NEC 齋藤直和部長 |
課題は、医療情報の連携に不可欠な電子カルテの普及率が依然として低いことだろう。ベッド数400床以上の大規模病院は、電子カルテとオーダリングを合わせた普及率が約7割に達するものの、200床以上400床未満だと40%弱、200床未満20床以上だと10%強まで下がる。診療所に至っては10%前後の普及率でしかない。
主に医療関係者が使う連携医療ネットワークや、患者が自らの医療・健康情報を電子的に管理・活用できる「どこでもMY病院」(電子ヘルスレコード)など、「新たな情報通信技術戦略」が掲げる構想を実現するには、オープンな医療情報ネットワークに接続可能な電子カルテをまず普及させる必要がある。ネット接続可能な業務システムが先か、業務システムの接続先であるネットが先か、まさにニワトリとタマゴの関係だ。また、オープン化や医療情報の連携ネットワークだけでは、ITベンダーの収益が限られてくるというネックがある。
この壁を乗り越えるには、「連携医療ネットワークで何ができるかを具体的に提示する必要がある」と、NECの齋藤直和・事業推進部長は指摘する。病院経営には、電子カルテや連携医療ネットワークへの接続による投資対効果をより明確にすることが求められている。ユーザーメリットと同時に、オープン化による価格やサービス競争が激化するのは必至の状勢だ。ITベンダーのビジネス面からみても、オープンなネットワーク上で、何らかのサービス型の付加価値をつけないと商売が成り立たなくなる危険性もある。
例えば、ネットワークに接続された病院の業務システムのアウトソーシングや、クラウド/SaaS型による業務システムのサービス提供、あるいは遠隔地から患者を診療できる付加サービスなどが考えられる。「医師が手元のスマートフォンやタブレットPCで、自分の患者の状態を常に診ることができる仕組みなど、アイデア次第でいろいろ考えられる」(富士通の佐藤秀暢・統括部長)と、ネットならではの新サービスを視野に入れる。NTTデータは、地域の連携医療ネットワークを全国規模で統合可能なプラットフォームを構築。医療のみならず、「健康や介護・福祉まで含めた統合クラウドサービス」(NTTデータの田中智康・戦略企画室課長)の構想を展開する。
Epilogue
切磋琢磨で良質サービス
新市場創出を目指せ
個別の業務システムから、連携医療ネットワークへとビジネスの比重が大きく変わる医療IT。これまで院内システムで圧倒的な優位性を誇ってきた富士通やNECの牙城に、NTTデータやJBCCなどSIerが、オープンをテコに挑戦する構図だ。オープン化が進み、ソフト・サービス比重が高まることによるベンダー間の競争が激化。結果的に価格やサービスが改善され、電子カルテの普及や連携医療ネットワークへの参加率が向上する。医療IT市場の拡大は、より多くのベンダーにビジネスチャンスをもたらす。切磋琢磨による良質なサービスは、国内外“70兆円新市場”創出の一翼を担うという好循環も期待できる。