成長描くビジネスモデルとは
「低成長」と「高度成長」が併存する時代 有力SIerは、あの手この手で新規ビジネスの創出に努めている。なかには、次の成長に向けた足がかりを掴みつつあるベンダーも出てきた。日本が属するアジア全体でみれば、かつてない高度経済成長が続いており、ユニークなビジネスモデルの構築は、海外への進出に大いに役立つ。本稿では、主要SIerが将来に向けた成長戦略をどう描いているのか、具体例を交えながらレポートする。
クラウドや組み込み応用で躍進へ
海外ビジネスの難しさ  |
TIS 桑野徹副社長 |
情報サービスは、無形のサービス商材であるため、製品を輸出して稼ぐようにはいかない。サービス拠点を設けたり、販売や保守を担う現地のビジネスパートナーとの連携、そして何より進出先の国にはない、すぐれた“サービス”を提供できなければビジネスが成り立たない厳しさがある。高品質なデータセンター(DC)を活用したエンタープライズ向けクラウドコンピューティングやBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)、組み込みソフトなど、日本が強みとしてきた“ものづくり”と密接に関わる分野での躍進が有望視される。
DC活用型サービスで先陣を切ったのが、ITホールディングスグループのTISだ。2010年4月に全面開業した中国・天津市のDCが、わずか半年余りで200ラック相当の通期受注目標の達成にめどをつけた。TISは間髪入れずに半年前倒しで第二期工事の計画に着手。向こう5・6年で全1200ラックを埋めるビジネスプランは、幸先のいいスタートを切っている。受注好調の要因は、日本のSIerで最も早く中国に自社運営のDCをつくった点が挙げられる。外資が過半数を出資するDCは、中国ではまだ珍しく、さらにTISが国内金融業向けサービスで培った世界最高水準のセキュリティや設備レベルがユーザー企業のDC利用意欲をかき立てた。
案件内容をみると、中国地場の金融業顧客、欧州製造業、日系企業とバランスがよく、中国内外のユーザー企業から高い評価を受けていることがうかがい知れる。だが、自社運営DCの設立を決めた段階で、顧客の当てがあったわけではない。受注できるかどうかの暗中模索のなか、中国政府や地元自治体、合弁先のビジネスパートナーと粘り強く交渉した。TISとソラン、ユーフィットのITホールディングスグループ3社が2011年4月1日付けで合併して誕生する新生TIS社長に就任予定の桑野徹・現TIS副社長は、「進出先の国に深く根付き、リスクを負う姿勢がSIerに求められている」と、一筋縄ではいかない海外ビジネスの難しさを打ち明ける。
ロボット技術で大勝負  |
コア 簗田稔社長 |
海外ビジネスを優位に進めるには、進出先にはないユニークな商材と、緻密なビジネス戦略が不可欠だ。そこで脚光を浴びるのが、組み込みソフトを得意とする有力SIerの取り組みである。ロボットテクノロジー(RT)やクラウド技術などと連携させた新たなビジネスモデルの創出によって、盛り返しの機運が高まっている。経済危機以降の一連の国内製造不振で、組み込みソフト開発は大打撃を受けた。業務系システムに比べ、短期間のうちに需要が激減。強い危機を感じた有力組み込みソフトベンダーは、まるでショック療法でも受けたかのように新ビジネスへの取り組みを加速させる。
組み込みソフトを得意とするSIerで最大手の富士ソフトは、視覚や聴覚を備え、人間の表情、声、動作を認識するロボットテクノロジー(RT)を応用した組み込みソフトビジネスを強力に推進する。これまでの組み込みソフトは、携帯電話や情報家電メーカーから開発を受託したり、中核となるコンポーネント(ソフト部品群)を販売したりするビジネスが中心だった。だが、RTを応用すれば、「人と会話できる携帯電話や、人とコミュニケーションできる掃除機など、かつては存在しなかった新しいデバイスを、当社と共同開発するかたちで進められる」(富士ソフトの白石晴久社長)とみており、イニシアチブをより強く保持したビジネス展開の道が開ける。
2010年2月に数億円を投じて富士ソフト開発した人型ロボット「PALRO(パルロ)」は、RT技術を詰め込んだもので、「技術の見える化」の役割を果たす。2010年に開催された中国の上海万博にも出展した。ハードウェアは、RTの主要な開発拠点である東京・秋葉原事業所の界隈でも売っている汎用的な電子デバイスを多用したものだが、心臓部に当たる組み込みソフトは富士ソフトが中心になって開発したものだ。

RTを組み込んだ人型ロボット「PALRO(パルロ)」と並ぶ富士ソフトの白石晴久社長。有名メーカーからの引き合い好調で、終始ご機嫌な様子だ。
組み込みクラウド時代へ  |
TDCソフト 谷上俊二社長 |
RTの発表後は、世界の名だたるメーカーから問い合わせがくるようになった。ある大手メーカーに白石社長が自ら営業に出かけたときのことだ。組み込みソフトの受託開発の仕事をもらっている得意先で、いつもなら「このご時世、受託の仕事はそうそうはないよ」と、渋い表情で言われることが多かったが、この日は違った。白石社長の来訪を待ちかねた様子で、商談に入る早々に「おたくのRTを使って共同開発したい案件があるんだ」と切り出された。白石社長は、「これだ。これこそが当社の求めていた顧客の反応だ」と、強い手応えを感じている。
携帯やテレビ、洗濯機──。これまで、だんまりを決め込んできた電子機器が、人の話を聞き、自らも話し、表情豊かにコミュニケーションする。そんな夢のような話を実現するのがRTで、その中核となるのが組み込みソフトだ。新しい動作や認識パターンは、ネット上で共有され、ユーザー自身がダウンロードして拡張していく。このサービスモデルそのものを富士ソフトが支援していくことで、組み込みソフトビジネスを拡大させる。
組み込みソフト有力SIerのコアも、大胆な戦略を打ち出す。組み込みソフト技術を生かした「EWS(エンベデッド・ウェブ・サービス)」基盤を、2010年10月に開発。組み込みソフトを入れた機器と業務システムやクラウド型サービスをシームレスに連携させるものだ。コアは、ユーザー企業が保有するパソコンやネットワーク機器、サーバー・ストレージなどから情報を集め、IT資産の管理を行うための構成管理データベース(DB)を開発しており、これと組み込み機器をEWS基盤で融合させる。
モバイルもクラウド化 構成管理DBを活用したコアの資産管理ソフト「ITAM(アイタム)」は、組み込みソフトと並んで売れ筋商材であり、「当社の強みを融合させることで、新しい市場を創出する」(コアの簗田稔社長)と話す。例えば、組み込み機器の状態や使用状況をDBで分析したり、クラウドから最新の情報を組み込み機器へ配信したりする仕組みが容易に構築できる。DBの分析では機器の実際の使用状況に応じた最適化や、ソフトの配信ではユーザーが必要とするアプリや情報を、クラウドからすぐに入手できる仕組みづくりに役立てられる。同社では、こうした概念を「エンベデッド・クラウド」と呼んでいる。
組み込み以外でもユニークな動きがある。モバイル向けクラウド/SaaSビジネスを得意とするTDCソフトウェアエンジニアリングは、「モバイル・クラウド」を考案する。同社は、キャリアや機種ごとに仕様の異なる日本のガラパゴスケータイに合わせるかたちで、携帯電話アプリケーションフレームワーク「Mobile Base(モバイルベース)」を構築。複数キャリアや機種に向けて均質なアプリケーションサービスを提供してきた。ここに来て、世界標準の一つであるAndroid搭載のスマートフォンが急増していることを踏まえ、同社では2011年の早い段階で、Mobile BaseのAndroid対応に向けた準備を進める。
TDCソフトの谷上俊二社長は、「スマートフォン向けの多様なクラウド/SaaS型サービスを展開する」として、他社とはひと味違ったモバイルクラウドを展開してビジネスを伸ばす。TDCソフトは、基幹業務システムの構築経験が豊富なSIerであり、モバイルと基幹システムの連携やつなぎ込みに多くのノウハウ、知見をもつ。Androidをはじめとするスマートフォンの普及によって、幅のある多様なアプリケーションが増えることは必至で、「モバイル・クラウドと業務アプリケーションを連携させる周辺SI需要も取り込める」(同)と、意気盛んだ。
攻めの経営に転じる
成長に必要な市場は目の前に
長期的な低成長時代に突入する日本だが、近隣アジア諸国は力強い成長を続ける。本稿に登場したSIerの多くは、中国・ASEAN地区への進出を積極化させる。NTTデータやITホールディングス、NRIなどの超大手はもとより、有力な富士ソフト、コアも海外進出に余念がない。TDCソフトは2011年初めをめどに中国・天津市に初めての海外オフィスを開設する予定だ。
中国の情報サービス業は、ここ数年、年率25%前後の成長を続けており、ASEANのタイやベトナムもおよそ年率20%の勢いで伸びている。中国に至っては情報サービス業の売上高ベースで、2011年に日本を追い抜くことが確実視される。日本の情報サービス産業にとって、むしろかつてない大きなビジネスチャンスが近隣の国々で広がっているのだ。
ITHDの岡本晋社長が指摘する「先行者利益」と「残存者利益」のどちらがより大きな利益か。アジアの高度成長を目の当たりにして、多くの有力SIerが先行者利益を重視。国内ビジネスの再構築と平行して、海外の成長市場を狙った攻めの経営に転じようとしている。