モバイルを活用したシステム
農薬情報DBで使用の適正化を支援
富士通の「F&AGRIPACKシリーズ」は二つに分かれている。一つは、農業経営に関する複雑な会計処理などを支援する「F&AGRIPACK 経営管理」で、主に税理士向けに提供している。もう一つが、「F&AGRIPACK 栽培管理」で、生産履歴管理サービスとGAP運用支援サービスをJAなどに提供している。
その富士通の「F&AGRIPACK 栽培管理」にJA長野県本部を介して農薬データベースを提供しているのが、富士電機システムズだ。同社は、早くから食の安全・安心の実現を目指し、長野県のJAとともに研究開発を開始した。残留農薬などの問題が指摘されているなかで、97年、パーム社のモバイルとGISを連携したトレーサビリティシステムを構築。現在、農業向けソリューション「SmileAGRIシリーズ」で農薬に関する情報をどこからでも簡単に検索できる「モバイル営農指導支援システム」と生産者の防除関連業務を支援する「モバイル生産履歴管理システム」を提供している。
農薬取締法、食品衛生法などの規制が厳格化されているなかで、09年に発売した「モバイル営農指導支援システム V4」では、農薬DBをモバイルに搭載することで、即座に検索して農薬の不適切な使用を未然に防止する。「日本の場合、農地が狭く、周囲の農地に対する『ドリフト(農薬の飛散)』を抑える必要があったり、同じ農地に年ごとに異なる農作物を植えて、害虫に農薬の耐性がつかないようにする『ローテーション』による生産を行っている。こうした農薬の飛散やローテーションなど複雑な条件の下でも、適切な農薬データを探索することができる」(環境ソリューション本部ファシリティソリューション統括部社会・環境ソリューション技術部第一グループの長瀬一也主任)。

富士電機システムズの濱口聖児氏(右)、長瀬一也氏
これらのデータは農林水産消費安全技術センターから提供される農薬登録情報を基に、JA全農長野と富士電機システムズが共同開発した農薬データ提供サービス「三ツ山情報サービス」を通じて提供される。
JAの営農指導員が生産現場を巡回して生産者から防除相談を受けた際、すぐに適切な回答ができなかったり、適正使用基準の確認作業や記帳作業に多くの手間がかかっていた。これをモバイルですぐに適切な情報を引き出せるようにすることで、営農指導のサービスを向上することができる。
富士通は、親会社が電気機器メーカーの富士電機なので、「民間の会社が、国の取り組みにITで貢献したいというのが農業分野に取り組んだ理由の一つだ。また、未開の分野である農業分野に、情報システムを切り口として、太陽電池など自社の設備を販売するという狙いもある」(環境ソリューション本部ファシリティソリューション統括部社会・環境ソリューション技術部第一グループ兼第二グループの濱口聖児マネージャー)という。
建設業が農業を始めたり、農業者が食品加工業を始める第6次産業化も始まっていることから、今後はさらにビジネスチャンスが広がるとみている。
直営農場や契約農場がターゲット
物流の品質を向上するソリューションも
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NEC 大畑毅氏 |
NECも、流通・小売業などが直営する農場や、契約農場などをターゲットとしてソリューションの展開を図っている。
同社は、1年半ほど前にITがほとんど使われていない「フロンティア」の分野に対するIT活用を進めるという方針のもと、ビジネスの可能性を模索してきた。充電器や医療分野など、さまざまな事業が立ち上がるなかで、「『経験と勘』に支配された第1次産業をもっとIT化できるのではないかと考えた」(新事業推進本部 事業計画部の大畑毅グループマネージャー)ことが農業分野に力を入れるきっかけとなった。
個々の案件では農業向けにすでに提供しているシステムもあるが、体系立てて提供しようと考えているという。
NECの農業ICTソリューションは会計・財務関連と、リモートセンシングを活用し、農産物栽培に関する道具立てを揃える生産部分の支援である栽培管理システム、そして生産した農産物を比較的IT化が進んでいる流通につなぐための「売り」を支援する農業関連システムの大きく分けて三本立てだ。
営農支援システムでは、生産者、圃場、作物の種類別の生産計画を立案。農薬や肥料など必要な資材の計画立案、管理と、国の定める栽培基準に従って、施肥や農薬の使用回数や時期などを記録する生産履歴管理の機能を提供する。GAPにも対応している。
また、栽培システムでは施設園芸と露地園芸の2種類に分けて、センサーを活用した栽培環境の監視を行い、環境や発育状況の情報収集を行う。将来的には取得したデータを農業ナレッジデータベースとして蓄積し、農業アドバイザーによる支援を提供できるかたちにしたいと考えている。
とはいえ、いきなり農業者向けに提供してもうまくいかないので、まずはNTTドコモ、サカタのタネと組んで、コンシューマ向けにガーデニング栽培のアドバイスを提供するサービスを展開している。
流通面では、運搬の途中に農産物を傷めてしまう恐れもある。同社はセンサータグを利用して温度、湿度、衝撃、時間を計測。物流品質管理システムを農業分野にも活用することで、高度な物流管理を実現。これは、血液や精密機械など、運搬に繊細さと鮮度が求められるものに活用されている。
将来的には、同社が得意とする宇宙システムを利用して、人工衛星からのリモートセンシングを利用して、穀物類の最適な刈り取り時期や野穣の状況把握などに活用できるようにする。
農業は従事者の高齢化が進み、収入も決して高くはないので、収益を期待できるビジネスとは断言できないが、「高齢化が進んでいることによる技術伝承は何とかしなければいけない課題だ」(大畑グループマネージャー)とみている。農業ソリューションの本格展開は検討段階にあるというが、「来年度には何かしらの動きをみせたい」としている。
エピローグ
就農人口の減少や乏しい世帯あたり収入という現状から、農業をITの市場と捉えるのは厳しいように思える。しかし、この分野で培った技術やノウハウは、魚介類の養殖にも応用できるだろうし、森林の管理にも使えそうだ。そしてまた、日本を飛びだして世界を舞台にすれば、市場は無限大に広がる可能性がある。とくにアジアには農業国家が多いので、有望市場とみていいだろう。
もう一つ、忘れてはならないことがある。食料自給率の大幅な低下だ。TPPなどの外圧が加われば、国としても農産物を効率的に生産して自給率を引き上げる施策を打たざるを得ない。つまり、国策として農業にITを持ち込まなければならないという事情が控えているのだ。その時に、ITベンダーのノウハウが生きるはずである。