事業環境の変貌とともに終身雇用制度が崩れてきており、企業と個人の関わり方が変化してきている。社員自らがキャリアについて見つめ直す機会が増えるなかで、自分の進むべき方向について、現場社員の悩みは多い。こうした悩みについて各企業ではどのような制度を打ち出し、人材育成、キャリア支援につなげているかを取材した。
自らの考えで
キャリアを身につける 現場の悩みを助ける支援制度 国際競争が激化するなかで、2000年ごろから企業の雇用形態に変化が生じている。その最たるものは、日本の慣習だった終身雇用制度が崩壊してきたことだ。
経済の低迷が続く状況下、新卒者の間には安定志向が高まっている。だが、終身雇用制度が崩壊し、自らキャリアを見つめ直さなければならない時代が到来しているのだ。日立製作所情報・通信システム社人事総務本部人事勤労部(人材開発グループ)の澤田登水子部長代理は、「いまの若い人たちは、自分で考え、仕事を選んできた就『職』してきた人たちが主流になっている。一方、上の世代は会社を選ぶ就『社』世代だといわれている」と指摘する。
2000年代前半、多くの企業では早期退職制度を実施した。これまで会社勤めに心血を注いできた社員が辞めざるを得なかった。これを機に、企業では個人個人の人生が幸せであり、自己実現が成し遂げられなければ企業の成果につながっていかないという考えのもと、新卒から定年にいたるまでに、自らキャリアを考え、伸ばしていく方向にシフトした。それは終身雇用を前提とせず、セカンドキャリアも含めて幅広く支援していく制度だ。このように、キャリアを自ら考えねばならない時代であるからこそ、現場の個人個人の悩みは多々あるはずだ。こうした現場の“悩み”にIT企業の各社は独自のキャリア支援施策を実施している。
ライフタイムキャリア・サポート
NEC
キャリア支援策を強化
日常的に考える場を提供
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NEC 三笠善勝氏 |
NECは2002年にキャリア施策として、「ライフタイムキャリア・サポート」を開始した。
この当時、事業環境が変化して終身雇用制度の下に培われた組織と個人の依存的な関係が崩れてきたという背景がある。企業に対する組織と個人の寄り添い方を変え、社員に生き生きと活躍してもらう場をつくるために、社員がやりたいことを自らプランニングする力をつけるための企画を策定した。これにより、モチベーションを高めようというわけだ。それだけではなく、NECの事業領域がハード主体からシステムやソフト主体に変わってきていることから、人材を適材適所にシフトしていくことも狙いとしている。
こうしたキャリアデザイン支援は、半期ごとに上長とともに、自身のスキルレビューを行い、将来の活躍の場を考える人事制度をベースとして成り立っている。
入社から定年退職まで、これまでは受身だったキャリアに対する姿勢を180度変えようとするものだ。キャリアの節目として30歳、40歳、50歳という時期に、自らキャリアデザインをについて考えるように強く推奨し、仕事、人生をプランニングさせる研修を実施している。また、これまで永年勤続表彰として有給休暇を与えていたが、その制度は廃止した。その代わりに、日ごろの忙しさにまぎれてキャリアのプランニングや自分に向き合う時間が取れないことを考慮して、節目の年に達した翌年にリフレッシュ休暇を取得できる制度を設けた。
さらに、50歳時にキャリアデザイン支援金を支給するなど、キャリアについて考える制度を打ち出している。
こうした年代別の施策のほかにも、悩んでいることや、自分のやりたいことについて相談する窓口として、社内に7人のキャリアアドバイザーが在籍している。キャリアアドバイザーは専門の教育を受けた専任の相談員で、年間600人がこの仕組みを活用しているという。「年によって異なるが、30歳前の若年層からは自分の希望の仕事についての相談が多い。40代や50代はセカンドキャリアの悩みに集中している」(人事部労政エキスパートの三笠善勝氏)という。
また、なかには、よくよく話を聞いてみると、キャリア相談では解決できない心の問題が起因していることも時折あることから、メンタルヘルスカウンセラーとも連携しながら相談にあたっている。
研修では、大勢を相手にしているので、一般的な内容の話が中心となる。個人個人の背負っているものに対応していくうえでは、キャリアアドバイザーを日常的に活用するように促している。今後は、キャリアに対する情報提供も強化していくことを視野に入れている。これまでも「キャリア小包」という制度を設けて役立つ書籍や情報を社員に提供してきた。三笠氏は、「今後は個人のキャリア啓発をより促していくために、さまざまな人の事例を紹介し、日常的に考える機会を提供できるようにしていきたい」と展望を語っている。
個人育成計画策定制度
日立製作所情報・通信システム社
MBOとITSSによるキャリア支援
ITSPを4月から展開
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日立製作所 澤田登水子氏 |
日立製作所の情報・通信システム社では、NECと同様に、入社してからすぐにキャリアに向き合っていく全社的に「キャリア開発支援制度」の仕組みを回しながら、情報・通信システム社でも独自にITSS(ITスキル標準)を活用した個人育成計画策定制度を展開している。
全社的なキャリア開発支援制度には、入社から定年に至るまで、ヒューマンスキルのトレーニングや、各役職別のプログラム、そして、第二の人生を支援するセミナーまでが含まれている。
情報・通信システム社独自の取り組みとしては、期に一度、個人や組織ごとに目標を設定し、立てた目標を達成できたかどうかを上長とともにレビューする「目標管理制度(MBO)」を実施し、組織と個人のやりたいことをすり合わせる機会をつくっている。
ITSSは経済産業省と情報処理推進機構(IPA)が策定、普及促進に力を入れるIT人材のスキルを体系化した公的なモノサシだ。情報・通信システム社のなかでは金融、産業、流通、公共など各部門ごとで必要な人材の要件が異なることから、業務に必要なスキル習得に着目した育成制度として取り入れた。各事業部ごとに定めた人材像と専門分野をシステム的に診断し、スキルを可視化する。
同社は、ITSSによるスキル診断を2008年から取り入れている。さらに、一歩踏み込んで、MBOと同期することで、自分の目標と照らし合わせながら、教育カリキュラムの受講とOJTにつなげていく。ITSSをベースとして、専門性や能力を高めながら自発的なキャリア形成を支援する取り組みとして、「IT Skill Development Plan(ITSP)を作成する施策を今年4月に開始した。
キャリアに悩んだ際には、上司や先輩に相談するという手もあるが、日立製作所は窓口としてキャリア相談室を設置しており、個別に具体的な相談をする相手として利用することができる。
人事総務本部の澤田部長代理は「若い人は就職世代であり、自らキャリアについて考える傾向がある。それを就社世代の上長が、『会社に言われたとおりにやればいい』と、むげにしないようにしなければいけない」と注文をつける。
上長のキャリアに対する考え方をフォローしていくのが、前出の全社的なキャリア支援施策のなかに設けれられている仕組みのキャリア開発ワークショップだ。キャリアの考え方を共有しながら、評価者訓練や、コミュニケーションを高める研修を役職別に実施している。
ITSPは今年4月に開始したばかりで、これから定着を図っていく段階にある。今はどのような反応が戻ってくるか、様子をみている状況とのことだ。
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