第4章 5年後
コピーメーカーはITサービス拡充 矢野経済研究所の定義では、MFPとは「コピー、プリンタ、FAX、スキャナのなど複数機能を標準搭載する多機能なデジタル複写機、レーザプリンタ、レーザFAX」となる。MFPは、オフィス内で企業システムの基幹系システムの役目を果たすべく、日進月歩の技術革新を遂げている。いまや、企業内の紙ドキュメントを集約するサーバーやパソコンのような機能を果たすほどになっている。富士ゼロックスの山本社長は、今後たどるであろうMFPの進化について、興味深いコメントを残している。「電子データ化が進むなかで、スキャンやFAXの利用ウエートが高まる。新たなファンクション(機能)が求められてくる」。
企業内にあるドキュメントの電子データ化は、年々需要が高まっている。現状で紙のプリントボリュームが増加に向かう兆候はない。東日本大震災の影響で、紙ドキュメントを電子データ化して、クラウドコンピューティングのストレージ・サービスなどを利用し、社内に紙ドキュメントを置かない流れは顕著になっている。山本社長の言葉を解釈すると、将来的には、印刷機能をもたない電子データ化やドキュメント管理を主な目的とするMFPが生まれても不思議ではない。
プリンタ業界をよく知る調査会社の某アナリストは、「スキャニングをカウンターでチャージ(課金)する方法もあり得る」と、大胆な予測をする。コピーチャージは、プリントボリュームの減少が予想されるなか、この先、有力な収益源になりにくい。しかも、国内のコピー市場では、シェア下位のメーカーが上位メーカーに対抗するために、CE(カスタマエンジニア)の人員やサービス頻度の原価を削減してチャージ料金を引き下げる戦略をとっている。この影響で、上位のメーカーは、対抗するために料金引き下げに応じざるを得ない。こんな状況にあって、チャージの単価下落は止まりそうにない。
保守に伴うチャージの取り方についていえば、仮にスキャニングで課金する場合、業界横並びの導入が必要となるために時間を要するだろう。その展開を待つ前に、MFPにメーカー独自の差異化機能(ファンクション)を搭載し、電子データ化の流れに則した企業の利用価値を高めることが先決だ。富士ゼロックスでは、こうした研究開発に余念がない。すでに実用化されつつある機能に「自然言語処理」がある。この処理技術を用いれば、例えば次のような使い方ができる。アンケート用紙の自由記入欄に手書きされた意見を、コンピュータ解析と人の解釈を効率的に集約分析できる。従来は担当者が1件1件について目を通し、意見を解釈する必要があって、莫大な工数をかけなければならなかったが、この作業負荷が解消されるのだ。
富士ゼロックスの山本社長の言によれば、「企業内ドキュメントの85%は、電子データ化されていない。電子データ化することで、従来とは異なる企業内のコミュニケーション手段が生まれる」。紙ドキュメント主体のコミュニケーション手段は、電子化に伴って大きく変化すると将来の見通しを示している。同社は、こうした機器自体の機能強化と連携した付加サービスを拡充することを含め、同社が「ソリューション・サービス」と定義する機器販売以外の領域を現在の約20%から13年度(14年3月期)までに35%に引き上げ、売上高と収益の両面の底上げを狙う。
ドキュメント環境の周辺領域を中心にした「ソリューション・サービス」の強化に力を入れる富士ゼロックス。これに対し、コピーメーカー同士で国内市場で鎬を削る競合他社のリコーとキヤノンは、MPS/MDSなどコピー周りのサービスに加え、全国に配置した豊富な開発・サポート人員を活用し、システムインテグレータ(SIer)が手がけるシステム領域に事業領域を拡大している。
リコーは、同社でいう「ニュービジネス(NB)」として、新たな収益モデルを生む方向性を次のように定義している。「モノ(機器の所有)からコト(役務・仕事の中身)へ顧客の価値基準が変化する。こうした変化に応じて、ハードウェアの提供にとどまらずサービスの価値提供を拡大する」。宮本好雄・執行役員販売戦略本部兼画像マーケティング本部長にこの中身を問うと、まず、同社の得意領域について「企業のITインフラを丸抱えする」ことだとして、中堅・中小企業向けには「バリュー戦略」を拡大していくと明かしている。
同社はここ数年、ドキュメント環境はもとより、コピー・プリンタ以外のITインフラやクラウド・サービスに販売の対象を拡大してきた。例えば、11年2月には、ユニファイド・コミュニケーション(UC)事業への参入を発表。新商材として既存技術の画像関連を生かしたプロジェクターやテレビ会議システムを投入し、UC事業を15年度(16年3月期)までに世界で売上高1000億円規模にすることを宣言している。
しかし、5年ほど先を見越すと、当面の売上規模拡大の肝は、これではなかろう。「バリュー戦略」では、MFPやレーザープリンタ、ネットワーク機器、サーバー、ソフトウェア、保守サービス、そしてクラウド・サービスなどを1機能として0~9の段階に分け、1社あたりのITインフラをすべて同社が導入する「9」に向けて、全国の直系販社が動いている。宮本執行役員によると「0は未取引企業だが、現段階で最高レベルの9は10%程度。ワンストップでITインフラを提供することで、顧客離れを軽減することができ、ストック収益を得やすくなる」。この戦略を軌道に乗せることで、「新規顧客開拓の余地はまだある」(同)と、事業領域拡大に向けて着々と製品・サービスの幅を広げている。
キヤノンの販売子会社、キヤノンMJの戦略も、ITインフラの提供方法は異なるものの、本筋ではリコーと相違ない。川東課長は「(コピーベースの)MFPが基幹出力のセンターマシンであることは、今後も変わらない」と、センター集中型のドキュメント環境を整備することとITインフラの販売拡大策を強化中だ。そのうえで、家電量販店を含めた全国に散らばる「マルチチャネル」の販売網に応じたソリューション・メニューを用意し、国内の隅々まで市場を開拓することで顧客を増やし、単価下落を補う方針だ。
プリンタメーカーもサービス指向へ コピーメーカーのMFPによる「集中型」戦略に対抗するかたちで、プリンタベースの複合機・プリンタで「分散型」のドキュメント環境を提供する方向に動くのがOKIデータやNECだ。OKIデータは、世界で実績を出しているマネージド・プリント・サービス(MPS)を国内に展開する。同社で「分散型MPS」と呼ぶのがそれだ。
国内では、コピーメーカーのMFPによるセンター集中型に対抗し、プリンタベースの複合機をオフィス内に分散配置。これをアウトソーシングで請け負う。顧客は機器購入の負担が減少し、保守・メンテナンスやコスト管理の手間が減る。「分散型MPS」は、従業員500人以下の企業をターゲットとしている。
OKIデータでは、国内で「分散型MPS」の売上高が現在10億円程度になっている。これを14年度(15年3月期)までに3倍の30億円に伸ばす。しかも、「分散型MPS」を現在の販売チャネルからも提供できる体制を敷いて、パートナーのストック収益拡大にも貢献することを狙う。同社の中里執行役員は「プリンタ機器販売は、手離れはいいが、売った後の収益が得にくい。将来は、MPSをカウンターチャージ方式で導入することもあり得る」(中里執行役員)と、次なる収益のシナリオを描く。
NECは、OKIデータと同様にコピーメーカーへの対抗戦略を磨いている。先に紹介した新複合機「Multina XP2300」などを利用した「分散型」という切り口で、コピーベースのドキュメント環境に切り込む。
現在、NEC製品の統合運用管理ソフトウェア「WebSAM」にある統合印刷管理ソフト「WebSAM PrintCenter V」を複合機と同時に提供したり、プリンタ領域で導入が煩雑な認証基盤をクラウド型で容易に入れられる仕組みを提供中だ。「顧客のプリンタ周りの運用管理状況を可視化したり、利用を簡素化したりすることで、ワークスタイルの変化に応じたプリンタ環境を提供する」と岡田本部長はいう。
NECの場合、プリンタ領域だけにこだわろうとはしていない。大手ITメーカーとしての強みを生かし、現在、「クラウド・プリンティング・サービス」の構築に力を注いでいる。プリンタ関係の端末を含め、パソコンやサーバーなどITインフラの他メーカー製品のマルチベンダー・マルチデバイスをクラウドでつなぎ、「いつでも・どこでも安全に印刷できるサービス」(岡田本部長)の展開を拡充している。プリンタのIC認証からプリントやスキャナのデータ保存まで、すべてを含めたトータルな販売戦略を進めているのだ。
プリンタメーカーのなかでは、OKIデータやNECのようにサービスを拡充する方向と、エプソン販売やブラザー販売のように新規機種で新市場を開拓する方向に二分する動きがある。エプソン販売の中野取締役は、サービス化への流れにこう反論する。「当面、プリントボリュームは落ちない。業種業態に応じて少量・多品種の印刷形態は増えるし、印刷方法もパソコンからとは限らなくなる」。エプソン販売は、訪問修理でなく、引き取り修理で最短3日で修繕するサービスの拡充や1台あたり10万円以下の機種を揃えることなどで、「提案次第で台数は伸びる」と断言する。
コピー・プリンタ機器を販売する事務機ディーラーにとっては、これらメーカー各社のサービス展開をいかに自社のビジネスに投下するかの選択肢が多様になった。スマートフォンやタブレット端末のビジネス利用の拡大によって、印刷環境が変化することへの対応も必要だし、新たな需要喚起に結びつく。
それでも、「もう少し自由度がほしい」(大塚商会の石川部長)というのが本音だろう。大塚商会では、PCサーバーにMFPと連携して簡単に電子化できる「Quickスキャン」というサービスを展開中だ。
これは、販売側が手がけるソリューションの一例だが、大塚商会のように自社で開発人を抱え、自社開発で製品・サービスを提供できるMFP販売会社は少なくない。極論すれば、メーカーがコピー・プリンタのOSのソースコードを公開し、カウンターチャージの仕組みを販社に渡すことで、売り手はプリント環境の新ソリューションを自社開発で描くことができる。将来、こういう時代がきても不思議はないのだ。