FIGURE 3 現在→5年後
懸念は国内の空洞化
残る市場は少ない 円高などの影響で、国内製造業の海外移転が進み、「空洞化」の懸念が生じてきている。それ以前から海外シフトは顕著で、そこに発生する制御系や組み込み系のソフト開発は、目に見えて減る傾向にある。しかも、下請けの受託開発案件でも、大型の金融機関向け開発が、メガバンクの統合が一巡し、さらにはクラウド利用が進む兆候がみられ、将来にわたって期待できる領域ではなくなった。残る大型案件は公共系になるが、地方自治体の財政事情悪化や先行するITベンダーの存在もあって、新規案件を獲得できる余地はない。その一方で、下流工程の開発案件は中国やインドなどオフショア開発先に向かってどんどん流れていく。
金融機関のシステム開発の実績では国内トップクラスの野村総合研究所(NRI)では、10年度(11年3月期)の中国でのオフショア開発が約120億円で、ピークだった07年度(08年3月期)比べて、40億円程度が目減りした。これはリーマン・ショック後の景気低迷で主力の証券会社向けソフト開発が減ったのが要因だ。証券会社向け基幹システムの共同利用化などの大型案件が本格的に立ち上がった同社。11年度(12年3月期)は、中国でのオフショア開発が再び140億円規模に拡大する見込みだ。
開発コストの安い海外へ受託開発案件は逃げていく──。NRIが従前のように下請け(協力会社)で国内ITベンダーと組む条件とは何なのか。関係者の言葉を解釈すれば、業種・業務に特化した専門知識・ノウハウがあり、加えて、オフショア体制を整えるなどして価格競争力のある下請け開発を担えるリソースがあることが条件になる。大手ITベンダーの下請けで、仕事が落ちてくることに甘んじていた受託ソフト開発会社は、例えば大手ITベンダーと一緒に海外に行き、独自の開発リソースを確保するなど、世界を視野に入れた展開を迫られているということだ。
国内受託ソフト開発の進展を阻む要素はほかにもある。クラウドの普及だ。富士通グループの開発子会社、富士通システムソリューションズ(Fsol)の杉本隆治社長は、「クラウド」という新潮流に神経を尖らせている経営者の一人だ。同社には導入社数8000社を超える自慢の基幹ソリューション「WebSERVE」がある。同社はこれをクラウド化する方針を掲げた。一方で、「クラウドの登場で、顧客はオンプレミス(企業内)型のシステム開発でも、短納期・低価格を求める傾向が強まった」(杉本社長)と、従来のソフト開発手法では採算が合わなくなっていると嘆く。この新潮流に対処するために、同社は今、新たな人材育成・教育プランを策定しようとしている。
JISAがまとめた「今後5~10年間の業界変化への対応」では、一例として受託開発型の案件は、システム投資のROI(費用対効果)の観点や開発リソース確保の制限から「システムを『作る』から『使う』へ、パラダイムシフトする」ことを提言している。2年前のことだ。これが発奮材料になったかは定かでないが、JISA「地域ビジネス部会」の調査(回答・943社)では、下請けを主体にビジネスを展開する地域ITベンダーの66.3%は「新たなビジネスモデルとサービスの確立」を有効な手段としていた。
ただ、地域の受託ソフト開発会社は、多くが受託開発の技術ノウハウしかないケースがほとんどだ。先の調査によれば、自社が次のステージに向かうために「元請ベンダーや同業他社間のコラボレーションを創造する」ことが必要だと考える。実際、北海道では数年前、経済産業局が音頭をとって、コンサルタントや金融機関を配置し、受託ソフト開発会社とパッケージベンダーの業務提携や合併を推進した。しかし、実際に提携・合併に至った成功例は少ない。肌の違う同士が手を組むのは困難がつきまとうからだ。
クラウド直結のOSSで
開発するのも手 受託ソフト開発会社の多くの経営は、八方ふさがりの状態にある。厳然として残る下請構造。地域の中・大型案件を元請けベンダーが受け、落ちてきた小さい下請け案件しか取れない循環の悪さ。大手ITベンダーの地方参入で、ただでさえ少ない地域案件のパイを奪い合う構図と競争激化に伴って安値受注を強いられる。元請けベンダーに左右されて経営が安定しない。もう10年以上も、この悪循環を打破できていない日本のIT産業。「従来型の受託開発では、中期的な成長戦略を描くことに無理が生じている」と、大手ITベンダーのSRAの幹部は漏らす。金融・証券・製造業向けソフト開発が全売上高の55%を占め、受託ソフト開発の旨味を知る同社でさえ、受託案件で得た特化ノウハウをパッケージなどで展開することに挑戦しようとしているのだ。
しかし、受託ソフト開発案件がなくなるほどに減少するかというと、そうではない。日本の企業はとくに、競合他社と一線を画し、「競争力の源泉」向けのシステム開発をスクラッチで開発する傾向にある。OSS(オープソースソフトウェア)関連技術者を評価・認定する試験制度「LPI」を推進するLPI-Japanの成井弦・理事長は「すべてのシステムがクラウドに移行しないのも、また確かだ」と断言する。
だとすれば、少ない開発人員で開発費を抑え、短期間に開発する技術の進化が求められる。成井理事長は「OSSは、各メーカーのソフトに比べて自由度が高く、付加価値をつけやすい」と、市場の伸びが鈍化するなかで、ソフト開発の競争力を高めるために、OSSを積極的に活用するという選択肢は残されているという。
同じくOSSを指向する川崎市のマインドは、「受託ソフト開発はなくならないが、新たな開発分野や大規模システムに限られてくる」(屋代和将・営業部長)と、スマートグリッドなど、今みえている新規市場や「競争力の源泉」向け開発を頑なに指向する大企業案件にパイは限られてくると主張する。受託ソフト開発で収益を維持しながら、次のサービスを生み出すまでの間、OSSでスクラッチ開発の工程を大幅に減らし、自社の構造改革に突き進むことができる。 OSSはクラウドの構成要素の一つでもある。OSSを学びながら、クラウド・サービスの展開を練ることも可能だ。屋代部長は、国産オープンソース勤怠・人事・給与ソフト「MosP」を利用した受託ソフト開発を請け負うなかで、他のアプリと連携した基盤をオープンソースでつくり出し、同業他社とのシナジーで市場を獲得しようとしている。
ある専門家は、受託ソフト開発は「理想の事業モデル」だったという。開発人員を調達できれば、「ウォーターフォール型」の開発手法などで、人海戦術で一気に開発でき、契約形態が人月単価での積算であるため、人手さえ確保できれば、いかようにも開発費を積み上げられる。いまだにこのビジネスの旨味から抜け出せない受託ソフト会社は少なくない。しかし、「労働集約型」のモデルは5年後も生き残っているかと問われれば、否だろう。
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