FIGURE 4 5年後→未来
クラウドのニーズ
震災後はさらに向上 今年3月11日に発生した東日本大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらした。被災地の受託ソフト開発会社やシステムインテグレータ(SIer)だけでなく、全国のITベンダーが、これまでの事業形態を考える機会になった。宮城県南三陸町にある志津川病院は、4階建ての最上階まで津波が押し寄せ、入院患者ら多くの人命を奪った。と同時に、紙ドキュメントで保存していた患者のカルテが流失した。この病院に限らず、沿岸部の企業は、事業継続に必要な取引情報などを津波で失った。この状況を知った全国の企業は、新たなIT投資をして、震災や天災に耐えられるようにクラウドを利用する形のシステムに入れ替えるムードが高まっている。
宮城県のJR仙台駅から徒歩5分に本社を構えるNEC特約店のテクノ・マインド。同社は7年前、IT産業の変化を予測して、いち早くサービス事業に参入し、本社社屋に免震型のデータセンター(DC)を構築した。震災直後、東北電力からの電源供給が停止。1分後にUPS(無停電電源装置)を経由して自家発電に切り替え、燃料を供給しながらDCを動かし続けた。同社のIDC本部IDCサービス部の天野寛氏は、「震災前、燃料販売会社と優先的に燃料供給の覚え書きを交わしていた」という。実は、宮城県内のDCで自家発電用の燃料がとだえ、一時的に電力停止に陥ったケースもあった。
テクノ・マインドは、県内でデータエントリー(データ入力)の中核ベンダーで受託ソフト開発会社だった。7年前のDC設置を機に、ハウジングを中心としたビジネスを拡大させている。天野氏は「震災後の特需があるわけではない。だが、企業内のシステムを当社DCに移したいという要望は増えてきて、新規ラックの設置も進んでいる」と話す。以前から検討していたことだが、同社は今後、地域の企業や自治体向けのクラウド・サービスを、このDCを利用して拡大。早期に次のビジネスモデルをみつける決断をしており、震災後の窮状の下でも、案件を獲得できるフェーズにいる。
コンサルティング会社の船井総合研究所では、テクノ・マインドのように受託ソフト開発会社の事業モデルを転換させるためのコンサルを推進している。受託ソフト開発市場の見通しについて、斉藤芳宜・チームリーダーチーフコンサルタントは「ライフサイクルの山を越え、淘汰のフェーズに突入している」との観点で変革を促す。 前述した通り、ビジネスの旨味にとらわれている受託ソフト開発会社は、時代の変化に気づきにくい。だが、変化を察知し、救いを求めて船井総研に駆け込み、ビジネスモデルの転換に成功しつつある例は少なくない。同社は、成功への道筋として「メーカーになることと、販売力を強めること」(斉藤チーフコンサルタント)を提唱する。中期スパンで受託ソフト開発会社からの脱皮を図るため、請け負う受託開発案件は、業種・業態に特化し、得意分野を磨く。これを「戦略的な下請け」と呼ぶ。そのなかから、汎用的に販売できるパッケージ製品をつくる。受託案件が一時的に減るので、その間を埋めるため営業力を磨き、パッケージを売って当面を凌ぐ。
受託ソフト開発会社の多くは、かつては大手ITベンダー(元請)からこぼれてきた案件を受けるだけで成り立っていた。それだけに、自社製品を販売する能力をもっていない企業が多い。だからこそ、営業力を高めることを優先するのだ。メーカーに変容すると同時に、SaaSの展開を考えさせる。既存の受託開発案件を拾いながら、時代の要請に応じたサービスへの転換ができるというのが構造改革に向けたロジックだ。「コンサル開始から6か月以内に業績を上げる」(斉藤チーフコンサルタント)というのが、船井総研が掲げる成功する第一段階の到達点だが、この速度で変革をしていかなければ、IT業界の変革の速さに追いつけないので、5年後はないと覚悟しなければならない。
大手ITベンダーのNTTデータやNRIが、オフショア開発を加速していることは前にも触れた。NRIの場合、中国だけで9地域21社のローカルベンダーにオフショアを流している。NTTデータも、2012年度(13年3月期)には、オフショア比率を外注費の10%に高める計画だ。NTTデータは昨年5月、本体と九つの地域会社との関係強化を目的に、地域会社の商材を取り扱うことでグループ全体の相乗効果を狙う「リージョナルビジネス事業」を推進している。それでも、グループ内で最も規模の小さいNTTデータ四国は、本体案件を下請けする依存度が高いことから「売上げ構成の再編を推進中」(西浦正幸・取締役企画部長)だ。グループ内の同事業に乗せて、自社開発の自治体向けシステム「らく2文書主任」などの販路を広げて収益を上げつつ、下請けの依存度を引き下げるための次のビジネスを模索中だ。
FIGURE 5 展望
国内IT産業全般を見渡すと、先行き不透明感はあるものの、ネガティブな状況だけが蔓延しているわけではない。経済産業省がまとめた「IT経営力指標」を用いた企業のIT利活用調査によれば、情報システムを部門を超えて最適に活用している企業は21.6%にすぎず、労働生産性も低い。IT利活用率が高い米国では、「第3段階」と呼ぶこのレベルにある企業が44.9%に達している。つまり、ITを経営に役立てる意識が日本の企業は低く、ここを押し上げることで、IT需要が生まれる可能性がある。
ただし、IT利活用率を高める手法は受託ソフト開発ではないだろう。受託ソフト開発会社は、IT技術の進歩や顧客のニーズに目を向け、時代のトレンドに応じたビジネスモデルに転換することで、「勝ちパターン」に向かうことができる。
技術的な面で自社にノウハウが不足していれば、得意分野での案件を増やして能力を蓄えるか、同業他社と提携・合併し、人材を得る方法も模索する必要があるだろう。
JISAなどでも議論の俎上に上がっているが、国内のソフト流通の悪循環を断ち切るには、下請けのオフショア先を探すため新興国に果敢に打って出たり、自社製品で海外進出することも検討すべきだ。