ICTベンダーの取り組み
事業化のモデル、模索中
プレーヤーの相互連携が必須  |
NEC 正力裕子 部長 |
スマートシティ関連のICT市場が拡大するなか、ベンダーは組織を整え、商材を集めている。スマートシティ向けソリューションの本格展開に備えている真っ最中だ。市場のポテンシャルが大きいので、競争はいま、激しくなりつつある。主力プレーヤーはどんな戦略を採って、スマートシティの普及を促すのか。各社の取り組みを俯瞰する。
スマートシティの普及がIT/ICT市場に与えるインパクトは極めて大きい。調査会社IDC Japanは、国内スマートシティ関連のIT市場(ハードウェア、ソフトウェア、ITサービス)が、2010年の約2460億円から2015年までにおよそ6000億円に及ぶと見込んでいる。市場が、今から4年先には、2010年の3倍に近い規模に拡大するわけだ。なかでも、スマートシティに欠かせないM2Mネットワーク構築や関連サービスが可能性の大きな商材となるだろう。
さらに、グローバルで2015年以降のスマートシティ関連市場をみれば、こちらも著しい成長が見込まれている。NECスマートシティ事業推進部の正力部長は、「2020年までに、道路や建物の建設などを含めたスマートシティ市場は全世界で700兆円に拡大する。そのなかで、およそ10%、70兆円をICTソリューションが占める」と予測している(図3を参照)。ICTベンダーが市場の可能性に大きな期待を寄せて、スマートシティをいち早く事業化することに強い意欲を示すのは当然である。
提案活動を加速 ICTベンダーは1年ほど前から、スマートシティ事業の体系化や商材集めに取り組んでいる。現在、スマートシティ事業に本腰を入れて推進しているのは、日本IBMをはじめとして、通信に強い大手システムインテグレータ(SIer)のNTTデータや、富士通、NEC、日立製作所などの大手総合ITベンダーだ。各社は、スマートシティ事業の推進室や推進部を立ち上げるなど、組織面においても市場開拓に対する本気度を露わにしている。
富士通は社長直轄で、およそ30人を配置した「スマートシティプロジェクト推進室」を新設。コンサルティングに携わっている社員300人以上を動員して、各都市の事情を分析しながら、ソリューションの提案を進めている。およそ20人体制の「スマートシティ事業推進部」を発足したNECは、M2Mのソリューション開発を手がけるネットワークサービスシステム事業部と連動して、商材づくりや自治体などに向けた提案活動を加速しているところだ。
富士通やNECなど、大手総合ITベンダーがスマートシティに注力する理由として、次のことが考えられる。大手ITベンダーは、センサなどハードウェアをもっており、さらに通信の分野も強みとしているので、スマートシティ向けソリューションをワンストップで提供することができる。さらには、従来型のシステム構築や、個人・法人向けハードウェアの製造・販売など、これまでビジネスの大きな柱としてきた事業の市場が縮小し始めており、今後の成長を目指すにあたって、新規事業を開拓することが必要不可欠となっている。そんな状況にあって、有望株となりそうなスマートシティに着眼して、急ピッチでビジネス化のモデルを模索しているわけだ。
省庁の縦割りが障壁に  |
日本IBM 岩野和生 執行役員 |
ICTベンダー各社は、このところスマートシティを切り口とした具体的な商材を揃えつつある。エネルギー管理システムなど既存製品をスマートシティ向けソリューションとして組み立てたり、M2Mのプラットフォームやサービスといった新規商材を開発・発売している。例えば富士通は、大量データを分析・活用するためのクラウド基盤「SPATIOWL(スぺーシオウル)」を、NECは、M2Mサービスを提供するための基盤「CONNEXIVE(コネクシブ)」などを投入した。今後も、サービスメニューを拡充する構えだ。
これらスマートシティ向け商材の提案先となるのは、M2Mサービスを提供する通信事業者であったり、ゼネコンや都市開発会社、住宅メーカーなどスマートシティ化に携わっている企業、あるいは政府や自治体といったパブリックセクターだ。スマートシティの事業活動が始まったばかりの現段階では、ベンダーはさまざまな壁にぶつかっている。ベンダー各社が、事業拡大の妨げになると口を揃えるのは、「スマートシティの重要なターゲットとなる省庁における縦割りの構造」だ。
省庁や自治体に向けたスマートシティの啓発・提案活動で全国を巡回している日本IBM執行役員の岩野和生スマーター・シティー技術戦略担当は、「省庁や自治体では、震災と原発事故をきっかけに、スマートシティについての意識が高まってはいる。しかし、スマートITによってどれほど社会コストの削減ができるかということが下から上に伝わらず、案件がなかなか進まない」と制度面での課題を語る。とはいえ、岩野氏は、物理インフラの老朽化によって都市建造物の一部の建て直しが必要で、今後は公共案件も獲得しやすくなるとみて、引き続き省庁・自治体向けの提案活動に注力する。
競争か、それとも連携か  |
NEC 泉尚教 シニアマネージャー |
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NTTデータ 吉岡功二 室長 |
日本のスマートシティ市場は、これからの大きな伸びが見込まれているものの、絶対数としては中国やインドなどと比べて規模が限られている。そのため、早くもベンダー間の競争が激しくなりつつある。日本IBMと同じく、ここ数か月の間にパブリック向けの営業を強化しているNECスマートシティ事業推進部の正力部長は、「提案先では、『先日、IBMが来て、すでにスマートシティについて説明を受けている』といわれることが多い」と苦笑する。
スマートシティを広い範囲で実現するためには、競争しながらも、主力プレーヤーが相互アライアンスを組むことが事業モデルの一つになると考えられる。しかし、現時点では、“ライバル”との連携を前向きに検討している企業はまだ少ない。「CONNEXIV」の事業を担当するNECネットワークサービスシステム事業部の泉尚教シニアマネージャーは、「海外では他社と仲よくして、スマートシティプロジェクトで業務提携も行っているのだが、国内では連携がなかなか難しい」として、自社単独でスマートシティ向けのM2Mソリューションを提供する戦略をとる。一方、M2Mプラットフォームを展開するNTTデータは、「他ベンダーのアプリケーションを利用することが可能」(スマートビジネス推進室の吉岡功二室長)と訴えて、こちらは、スマートシティのエコシステムづくりに取り組んでいく考えだ。
電力の見える化へ 日本でのスマートシティ実現に向け、どういう順序で進めるかが今の課題になる。まず、M2Mネットワークの導入によって、エネルギーを“見える化”することが、一つの切り口となりそうだ(図4参照)。
特集の後半では、スマートシティの5年先の様子を予測しながら、スマートシティの本格普及によってICTの商流がどう変わっていくかを展望する。
「スマーター・シティー・カンファレンス」を世界で開催 米IBMは、数年前から政治家や研究者、市民などを招く「スマーター・シティー・カンファレンス」を世界各国で開催している。スマートシティをPRする活動の一環だ。これまで、ベルリンやニューヨーク、上海などで開き、関係者がスマートシティについて議論ができる場を提供してきた。 日本でもカンファレンスの小型版を実施。去年は札幌で、今年2月は京都で開催し、現地企業や市町村の関係者、大学教授などが参加したという。日本IBMは、スマートITの活用による社会コスト削減の可能性を前面に押し出し、スマートシティの啓発活動を強めていく。 |
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