ビッグデータの事業化に本腰
情報をどう活用するかは模索中
大手ITベンダーは、ビッグデータ関連の商材を集めたり、社内の横断的な専任組織を立ち上げたり、構築現場でSIパートナーと提携の話を進めたりと、ビッグデータ事業をものにしようと懸命だ。各社は、サービス型展開を柱とするビッグデータ事業を成長エンジンの一つに掲げて、ビジネスモデルのサービス化を急いでいる。ユーザー企業の投資意欲を促すために、ビッグデータ活用のメリットが明らかに理解できる事例をつくるのが成功への近道となるだろう。
オンラインストレージやアーカイブ、DWH、分析ツールなどを用意するヒューレット・パッカード(HP)は事例づくりの取り組みとして、米国本社でビッグデータの分析ソリューションを自社導入。自社内での情報活用を踏まえ、ユーザー企業に具体的な利用シーンを訴求している。
グローバルで約30万人の従業員を抱えるHPは、電話やメールによるコンタクト数が年間5000万件に上るという。これまで眠っていたこの膨大なデータを生かし、ユーザーがHPの製品についてどのように考えるのか、どのような改善を求めているのかを探る。音声など、従来型のデータベースに収納できない「非構造化データ」を解析することによって、ユーザーの本音に迫っている。
ここ数年は、CPUの高速化やネットワーク技術の進化など、有効なデータ分析に必要な技術が揃ってきて、これまで不可能だった広範囲な情報活用ができるようになっている。しかし、ユーザー企業は、メーカーが用意するあらゆるツールをどのように日々の業務で活用すれば、実際に経営の改善を図ることができるかが、なかなか理解できない。大手メーカーは、ビッグデータの活用にあたって、トレーニングプログラムの提供など、ユーザー企業支援の重要性を認識しており、エンドユーザー向けのサポートに力を注いでいる。
エコシステムづくりを重視  |
EMCジャパン 糸賀誠 マーケティング本部長 |
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日本HP 挾間崇 部長 |
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NEC 佐藤博 執行役員兼企画部長 |
スケールアウト型NAS(ネットワーク対応のストレージ)や分析エンジンを展開するEMCジャパンは、この5月、販売パートナーとユーザー企業に向けて、1週間のトレーニングコースを設けた。米国本社のデータ解析専門家が来日し、15人の参加者に、具体的なビジネスケースをもとにしたデータ解析手法をレクチャーした。EMCジャパンの糸賀誠マーケティング本部長は、「講師は、当社製品の使い方ではなく、ベンダーに依存せずに、ビジネスの現場で大量情報を分析・活用する一般的なノウハウを伝えた」と述べる。
こうした取り組みからわかるように、大手ITベンダーはビッグデータの事業化に向けて、複数のプレーヤーが共存する「エコシステム」づくりを推進している。日本HPは、Hadoopなどオープンソースのソフトウェアを同社のビッグデータソリューションに採用しており、「ビッグデータの活用が広まったときに、ベンダーロックのせいでデータ解析ソリューションの本格導入が進まないというような事態を早いうちに防ぎたい」(ストレージソリューション部の挾間崇部長)と、OSS採用の狙いを語る。 大手メーカーは、エコシステムづくりと同時に、SIerやソフトウェア開発事業者、コンサルティングファームを中心とするパートナーとの協業を推し進めているところだ。EMCジャパンは、自社にデータ解析専門家の数が少ないので、このほど、データマイニングなどアナリティクス事業を手がけるブレインパッド社と提携した。両社は、共同でデータ解析のコンサルティングサービスを提供していく。EMCジャパンの糸賀マーケティング本部長は、「自社にもどんどんエキスパートを採用するが、コンサルサービスを幅広く展開するためにはパートナーが不可欠」として、さらなる提携に注力するという。
エキスパート育成に投資 NECは、インフラやキャリア、サービスなど、各事業部から約50人の要員を集め、横断的にビッグデータの事業化に取り組んでいる。同社は「収集」と「分析」のレイヤーの製品はコモディティ化が進み、他社との差異化が図りにくいとみて、「サービスを中心とする『活用』レイヤーの商材化に積極的に取り組んでいく」(佐藤博 執行役員兼企画部長)という。「活用」レイヤーの商材は、企業ごとにカスタマイズすることが必要で、パッケージ化した展開が難しい。なおさらエキスパート人材が欠かせないわけだ。
NECは、2012年度(13年3月期)中に約100億円をクラウド事業に投資することを明らかにしており、その大半を人材育成を含めた「ビッグデータ」関連への投資に使用するという。ビッグデータの事業化の基盤づくりに注力し、その一環として、ユーザー企業にとっての付加価値を生み出すエキスパートの採用・育成に取り組む戦略だ。
大手メーカーが口を揃えて、ビッグデータ事業化の有効な手口と語るのは、いわゆる「スモールスタート」である。スモールスタートとは、例えば、スケールアウト型NASを入れて、順次、他の分析・活用ツールも導入したり、あるいは、一つの部門だけにツールを導入して、将来、全社に広げるというやり方だ。一気に多額の投資をかけずに、少しずつビッグデータの活用に近づくということだ。
EMCジャパンの糸賀マーケティング本部長は、「スモールスタートについては、このところ案件が活発に動いており、具体的なビジネス展開がすでに始まっている」という。ビッグデータ活用を部分的に実現するという提案の仕方に手応えを感じている。
一風変わったビジョンを描く富士通
「データの流通事業者になる」
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富士通 小林午郎 統括部長 |
ビッグデータの事業化を加速する大手ベンダーのなかでも、富士通の動きは特徴的だ。富士通も他のベンダーと同様、ビッグデータの各レイヤーで商材を用意し、統合的なソリューションを提案するが、それにとどまらない。同社がビッグデータの事業化をきっかけに目指しているのは、「データを扱う流通事業者になる」(コンバージェンスサービスビジネスグループ戦略企画統括部の小林午郎統括部長)というのだ。
富士通が描くビジョンはこうだ。例えば大手自動車メーカーA社のデータを収集し、富士通で分析・加工することによって、そのA社にデータの活用ソリューションを提供する(ここまでは他ベンダーと変わらない)。ポイントとなるのは、A社の許可を得たうえで、分析・加工したデータをB社やC社(自動車関連のサービス事業者や金融機関など)に販売する──要するに、富士通が仲介するかたちで、ビッグデータを数社の間に流通させるということだ。
富士通は、中期的に営業利益率を5%に引き上げることを目指しており、データの流通事業者を目指すのは、ビジネスのサービス化によって収益性の向上を図るためだ。小林統括部長は、「ビッグデータ事業はサービス型であってはじめて成り立つもの」と、脱ハード売りの重要性を強調。「今後、セキュリティの問題や法制度による縛りなど、さまざまなハードルを越えなければならないが、早期に『ビッグデータのマーケットプレイス』のような仕組みをつくりたい」と意気込みを示す。
同社は、ビッグデータ事業の展開にあたり、データ活用の基盤サービスや将来的にデータの販売を収益の柱として、アプリケーション/サービスの開発はパートナーにアウトソーシングする方針だ。先行事例として、この2月、グルメ情報サイト「ぐるなび」を運営するぐるなび社と提携。「ぐるなび」を富士通の健康増進支援サービス「からだライフ」と連携させ、新サービスの実証実験を行ってきた。富士通は「年内をめどに、あらゆる分野の事業者と連携を固め、サービスメニューを増やす」(小林統括部長)としている。
記者の眼 ビッグデータのビジネスはまだ始まったばかり。今回の取材で、データ活用を具体的にどう実現するか、構築現場の担当者はかなり苦労しているという話を聞いた。ビッグデータの事業化のカギを握るのは、間違いなくユーザー企業に密着し、彼らのニーズに精通する販社だ。販社はどう動くか。6月末には、ビッグデータ特集の「販社編」を予定している。