受託ソフト開発や企業派遣を手がけるITベンダーが多い福島県と岩手県。東日本震災以降、データセンター(DC)の新設や自治体クラウド、自社パッケージの開発など、新たなビジネスに取り組むベンダーが増えている。特集の後編では、この二つの県にスポットをあてて、新ビジネスの進捗をレポートする。(取材・文/真鍋武)
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「東日本大震災から2年 新ITビジネスの進捗をみる(上)」から読む
公共関連ビジネスは堅調
福島・岩手では、深刻な被害を受けた沿岸部と、福島第1原子力発電所事故で立ち入り禁止の地区を除けば、ネットワークなどのIT環境は復興が進み、もとの環境に少しずつ戻ってきている。民間は業種や規模によって復興度合いにばらつきがあるが、自治体や医療関係は、大震災に備えたIT投資に意欲的だ。
●補助金を活用してDCを新設
エフコム
河内美文取締役 福島は、県内民間企業の活性化や雇用の創出に向けて、「ふくしま産業復興企業立地補助金」制度を設けている。ITに関連するところでは、コールセンターやデータセンター(DC)が補助金の対象となっており、県内ITベンダーがこの補助金を利用してDCを新設している。
県内の自治体や企業を中心にシステムインテグレーション(SI)やアウトソーシングサービスを展開する郡山市のエフコムは、2012年11月12日、福島市と立地基本協定を締結し、福島市内にDCを建設することを発表した。延床面積4000m2で、300ラックを収容できるDCだ。エフコムは、会津若松市にもDCをもっているが、「震災以降、県内企業のBCP(事業継続計画)に対する意識は高まっている」(経営企画室長の河内美文取締役)ことから、今回のDC新設を決断。新設するDCでは、とくにBCPに関心の高い福島の自治体を中心に顧客を集めることを計画している。ただ、福島のマーケットは小さいので、300ラックすべてを埋めるためには県外の企業からも受注する必要がある。「大手のDCと比べると、ファシリティの面では太刀打ちできないところがあるが、技術サポートを充実するなどして、県外のDC事業者と差異化を図る」(河内取締役)。
福島市は首都圏からのアクセスがよく、地価が安くてコストが低く抑えられる。また、首都圏の企業が、電力不足時の保険のために東京電力以外の電力会社のDCを求める動きがあるなかで、東北電力の管轄であることも有利に働いている。さらに、「福島は被災地ではあるが、地震の発生リスクは、実は現在は首都圏よりも低い。CSRの観点からも、被災地である福島のDCを活用したいという企業が出てくるはずだ。実際、顧客の反応は悪くない」(河内取締役)と期待している。新設するDCは、14年の10月に稼働する予定で、施設内にはコールセンターも設置。県内の雇用を創出する目的で、DCの新設に合わせて約80人をスタッフとして採用する。
●自治体に特化して安定した収益
FIC
植杉稔取締役副本部長 郡山市で自治体向けのシステムを手がける福島情報処理センター(FIC)も、エフコムと同様の補助金を活用して本社の隣に300ラックを収容できるDCを建設。13年3月に稼働を開始したこのDCは、自治体向けに特化して設計されている。FICの顧客は、約8割が福島県の自治体だ。5階建ての1階部分を自治体向けのアウトソーシング用の施設としていて、「以前から自治体の帳票などの管理をアウトソーシングしており、これとDCを組み合わせてシステムの移行を進めてもらう」(総務部部長の植杉稔取締役副本部長)という狙いだ。
FICでは、これから提供していく自治体向けシステムのすべてをクラウド化する予定。植杉取締役副本部長は、「県内の自治体の基幹システムは、約半数が当社のシステムを活用しているが、クラウド化への需要が高い。現在、DCは200ラックを運用できる状態にしているが、これを5年後までには埋めたい」と目標を掲げる。すでに三つの自治体では、DCを活用した自治体クラウドの利用が始まっている。
一方でFICは、県外の顧客を獲得することは難しいと考えて、DCは県内の自治体と企業だけで賄なうとしている。植杉取締役副本部長は、「既存顧客の自治体を中心にDCの利用が進めば、それなりに収益を出せる。いくらDCに最新の設備が整っていても、原発事故のあった地域のDCを活用したい企業は少ないだろう」ととらえている。
●クラウド化の前にバックアップ
アイシーエス
松尾広二取締役 岩手・盛岡市のアイシーエスも、自治体向けシステムを事業の中心に据えるITベンダーだ。岩手県内の自治体をカバーする範囲は広く、売り上げの約8割を自治体や病院など、公共関連施設が占めている。企画営業統括本部長の松尾広二取締役は、「大震災以降、多くの自治体はBCPやDR(災害復旧)に高い関心を寄せている。一方で、DCに機器を完全に預けてしまうと、いざ大震災が発生して、インターネット回線がつながらなくなったときにアクセスできなくなるのではと心配する声もある」という。
アイシーエスでは、自社内に自治体のシステムを預かるハウジングサービスを提供しており、震災後に自治体クラウドの提案を始めたが、ここ1年をみると、自治体クラウドよりもシステムの冗長化やバックアップの案件が急増しているという。4月からは四つの自治体でバックアップシステムの構築がスタートする予定だ。
また、アイシーエスでは、医療分野のシステム連携事業を開始する予定だ。松尾取締役は、「県立の中央病院や、被災地域の仮設病院、薬剤師、医者会などでシステムを連携して、効率的に患者の情報を管理したり、医療情報を共有したりしようとするニーズが増えている」という。具体的な計画はこれから策定するが、「まずは収益目当てではなく、CSRの一環としてこうしたシステム連携にも取り組んでいく」(松尾取締役)構えだ。
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