人材不足と高齢化がネック
自治体や医療分野での需要が期待される一方で、県内で受託ソフト開発を中心に展開するベンダーは、厳しい局面に立たされている。ソフト開発企業は、下請け構造からの脱却を目指して、自社パッケージの開発などを進めている。
●特需が落ち着き、次の局面へ
岩手情報システム
伊藤由記夫社長 岩手県盛岡市のソフト開発会社である岩手情報システムは、大震災以降の復興に向けたBCPやDRの需要が高まってきたことから、システムが故障したときのためのデータ復旧取次事業を2011年9月に開始した。伊藤由記夫社長は、「震災特需とでもいうか、BCP関連の問い合わせはそれなりにあったが、今は落ち着いてきている。総じていえば、データ復旧取次事業はあまり成果につながらなかった」と、ビジネスを支える柱には育っていないと語る。
岩手情報システムは、売り上げの約7割が受託ソフト開発で、その多くが介護・福祉システムを提供しているワイズマンや、アイシーエスなどからの委託だ。IT企業以外では、半導体などの製造業からの受託ソフト開発を手がけているが、「震災とは関係なく、景況はジリ貧」(伊藤社長)。震災によって事業が大きく傾いたわけではないが、受託ソフト開発企業が苦しい現状は、全国的にみても変わらないようだ。
伊藤社長は、「震災以降、岩手のIT企業が倒産したという話は聞いたことがないし、当社も地場でビジネスの基盤を築いているので、心配はない。ただ、受託ソフト開発が厳しい状況は変わらないので、新しいことをやらなければと考えている」という。現在、ストックビジネスとして自社でクラウドサービスを開発・提供するために情報収集を行っているところだ。
しかし、新ビジネスを展開するにあたっては、大きな課題が横たわっている。「一番の悩みは若手の人材がいないこと。ITは3K(きつい・帰れない・給料が安い)といわれるように、若者にとって魅力的ではなくなっている。岩手では、県外への人材の流出が進んでいて、ソフト開発者の高齢化が進んでいる」(伊藤社長)。その結果、新ビジネスに充当する人員が足りなくなってしまい、仮にサービスを開発しても、営業スキルがないなどの問題を抱えてしまう。この課題を解決するためには、他企業との連携や、自治体の人材育成支援などが欠かせない。こうしたこともあって、「クラウドサービスを進めたいが、慎重な姿勢を取っている」と伊藤社長は言う。
●地域の連携でニアショア開発
NCE
飯泉和之代表取締役 福島県郡山市のソフト開発会社であるNCEも、同様の悩みを抱えている。飯泉和之代表取締役は、「2012年に当社の重要な取引先である大手メーカーが福島から撤退してしまい、受託ビジネスはますます難しくなってきた。また、若い人材が育たなくて、放射線の心配もあって、人口が大幅に減っている」と実状を語る。ソフト開発だけでビジネスを継続していくのは難しいとの考えから、NCEでは、震災以降、自社パッケージの開発に取り組んでいる。デジタルサイネージソリューションや、電力監視システムを手がけてきた。デジタルサイネージは、需要が見込める葬祭場や、自治体の観光課などに売り込んでいる。
さらに、2013年中には農業向けのサービスを提供する予定だ。「福島の農業は、風評被害などの影響もあって、厳しい局面を迎えている。インターネットを活用したウェブ販売サイトを構築して、農家を支援する」(飯泉代表取締役)ことを目的としている。サービスは農家に無料で提供し、販売手数料を購入者から徴収する仕組みだ。しかし、NCEはこのサービスで大きな収益を上げられるとは考えていない。むしろ、「ITそのものにとらわれないことが重要。最終的には農業に参入するということも視野に入れている」という。NCEでは、こうした新規ビジネスで将来的には売り上げの50%を賄いたいとしている。
それでも、見通しが厳しい受託ソフト開発とは完全に縁を切るわけではない。NCEが提唱しているのは、「東北ニアショア構想」だ。ニアショア構想とは、ソフト開発の案件を、首都圏や大阪などの都市部よりもコスト安な地方のITベンダーに発注してもらい、地域を活性化することを狙うものだ。NCEは、福島県の何社かのソフト開発ベンダーを集めて、こうしたニアショア案件を一括管理し、共同でソフト開発を推進していこうとしている。飯泉代表取締役は、県からの支援を受けるためにこの構想案を12年に福島県に提出。しかし、「県からは『このような案件はたいてい失敗しているので』というあいまいな理由で、申請は受け入れられなかった」(飯泉代表取締役)そうだ。
そこで、NCEは、今年3月に東京に支店を設立し、営業拠点として直接ニアショアの案件を獲得しようとしている。並行して、「東北ニアショア構想」を、今度は東北の経済産業省などに提案し、東北のITベンダーが一丸となってニアショア案件を獲得しやすい環境を整備しようとしている。
●人材の育成が重要課題
C.S.H
薮内利明社長 これまで一貫して自社パッケージの販売にこだわってきた郡山市のコンピューターシステムハウス(C.S.H)は、震災以降も業績は好調で、2012年度の売上高は前年度比で約12%の増加となった。これまでに自社パッケージを約40種類ほど揃えており、開発にはOSS(オープンソースソフトウェア)を活用しているので、低コストで利益率も高い。2012年度には、粗利益率が約35%に達した。クラウドサービスの開発も7年ほど前に着手しており、ストックビジネスの地盤も築きつつある。顧客は首都圏と福島県で約半分ずつであり、福島に地盤を築きながら、全国にうまく横展開している。従業員は15人ほどと少ないが、そのほとんどが開発と営業を兼任している点が強みだ。
同社セールスマネージャーの工藤真司氏は、「福島県内では、建設業や葬祭場は好調で、建設業は5年先まで受注が決まっているという話も聞く。こうした企業はIT投資意欲も高い。一方、塾や私学などは厳しい。放射線を心配して、県外に出る人が増えている。製造業の工場は、震災の影響で稼働できなくなったところは廃業したりしている」と顧客の状況を分析する。薮内利明社長は、「当社が手がけているのは、自社開発の中小企業向けの基幹系システムだ。一度導入してしまえば、顧客にとって必要不可欠なものになるので、顧客との関わりが長く続く」と好調の理由を語る。
薮内社長は、「受託ソフト開発や企業派遣を中心に据えるベンダー、国や自治体からの補助金を目当てにしているベンダーは、ビジネスモデルを転換しなければならない」と断言する。一般的にこうした下請けを脱することが難しいのは、営業力や技術力がなく、開発者の高齢化が進んでいることが要因となっている。情報サービス協会などを活用して、企業間が連携して、各々の強みを共有し、弱みを補完する必要がある。薮内社長は、「当社も、自分の会社だけで残っていけるとは考えていない」という。こうした協力を実現して、地域を活性化することが生き残るための道筋と考えているのだ。
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