「障害者自立支援法」が改正され、今年4月、「障害者総合支援法」が施行された。障がい者の自立した生活や就労を実現するための支援体制が強化され、福祉サービスのあり方も変わろうとしている。この分野でITが果たすべき役割は何か。そして、ベンダーや販社の思惑は──。(取材・文/本多和幸)
<障がい者福祉におけるIT投資の現状>
「紙」が情報共有のベース
IT投資の伸びしろは大きい
まずは、障がい者福祉サービスの分野におけるIT導入の現状をみよう。決してIT導入が進んでいるとはいえない分野で、事業者の基幹系業務におけるIT導入はそれなりに進んでいるものの、現場業務では「紙」が情報共有のベースとなっている。
●福祉・介護のIT投資規模は400億円 IT専門調査会社のIDC Japanは、医療、福祉・介護、医薬品、ライフサイエンスなどを含む国内ヘルスケア関連全体のIT支出について、2012年の推定値を9973億円、2017年まで平均成長率1.8%の割合で増加し、2017年には1兆913億円に達すると予測している。このうち福祉・介護はどの程度の割合を占めるのか。

IDC Japan
笹原英司 氏 IDC Japanでヘルスケア関連の市場調査を担当する笹原英司氏(リサーチマネージャー/医薬学博士)は、「健康増進、福祉・介護を合わせて、現状は550億~600億円」と見積もる。全体の5%強といったところだ。「健康増進」とは、生活習慣病などの予防施策。とくに後天的な障がいについては、糖尿病や脳卒中などがきっかけで発生するケースが増えており、高齢化社会の進行や生活習慣病の増加と密接に関係しているため、関連分野として扱っているという。笹原氏は「IT投資の規模は、健康増進と福祉・介護で1対2くらいの割合」と話す。実質的に、福祉・介護サービスの年間IT投資規模は、400億円弱ということになる。
では、福祉・介護サービス分野における今後のIT投資の伸びについてはどうだろうか。「細かい数字は現在試算中だが、ヘルスケア関連全体のIT支出の伸びに比べて高い伸び率になるのは間違いない」と笹原氏は見通しを説明する。
例えば、ヘルスケア関連の代表的な分野である医療と福祉・介護サービスを比べると、医療のほうがIT導入が進んでいるのは間違いない。ただし、財務会計や保険請求などの基幹系システムはどちらもそれなりに普及しており、最も大きな違いは、現場業務へのITの普及度合いだ。笹原氏は、「福祉・介護の現場では、いまだに紙で情報を共有しているケースが圧倒的に多い。一方で、福祉・介護サービスの利用者側には、タブレットやスマートフォンなどスマートデバイスが普及し、もっとITを有効に活用したサービス展開を求める声も大きくなっている。業務の現場へのIT投資は今後急速に進む可能性もある」と予測する。
●「相談窓口の強化」がIT投資の呼び水 福祉・介護サービスには、大きく分けて高齢者と障がい者の二つの分野がある。障がい者福祉・介護サービス事業者は、小規模なNPO法人なども合わせて全国に1万事業所ほどあるともいわれるが、活動実態のない事業者などもあり、厚生労働省の統計では、2011年10月現在で7000施設強。これがITベンダーにとってはユーザー数ベースのマーケット規模だ。
障がい者福祉サービスにおいては、今年、そうした現場での情報共有にITを導入する気運を高めるトリガーになりそうな法改正があった。それが、今年4月1日に施行された「障害者総合支援法」だ。従来の「障害者自立支援法」を改正したもので、障がい者としての支援対象が難病患者などまで拡大するなど、障がい者の日常生活や社会生活の支援をより幅広く、計画的に行うことを基本理念としている。
障害者総合支援法の施行に伴い、障がい者福祉・介護サービス事業に大きな影響を与えるポイントとして浮上しているのが、「相談窓口の強化」だ。障がい者が地域住民として自立的な生活を送ることができるようにすることを「地域移行」というが、そのために必要なプロセスを明確化した。
具体的には、障がい者一人ひとりに対して、相談支援事業者が就労支援や必要な訓練の計画などのマスタープランをまずは作成し、これをもとに就労支援事業者や居宅介護事業者、施設入所事業者などが専門的な見地から個別の支援計画を策定・実行する。
これらはすべて、定期的なアセスメントの下、PDCAサイクルで回していくというプロセスが基本になる。つまり、障がい者の地域移行における最初の支援窓口が相談支援事業者に限定されることになり、障がい者福祉・介護サービス事業者にとっては、相談支援事業者としての機能をもっているか否かが、顧客接点力を大きく左右するということだ。
そして、この相談支援事業者を司令塔とした、包括的な障がい者の地域移行支援をスムーズに進めるには、ITによる事業者間、職種間の連携や情報共有が大いに役立つといえそうだ。
笹原氏は、障がい者福祉・介護サービスの事業者間だけでなく、「医療や高齢者福祉・介護、健康増進など、健康にかかわるすべてのデータは、個人をベースに横串を差して連携していたほうがいいに決まっているが、行政も細分化されて縦割り構造になっており、実際にそういった動きはほとんど進んでいない。地域連携を実現するためには、技術力をベースにITベンダーが社会構造の転換を主導する必要がある。成功させるのは難しいが、大きなビジネスチャンスを秘めているのも確か」と指摘している。
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