地場向けで競争力をどう生かすか
日系SIerは、中国での日系ユーザーや欧米外資ユーザーからの受注が堅調に推移する反面、中国地場ユーザー向けのビジネスは全般的に苦戦気味だ。尖閣諸島を巡る政治摩擦の影響を思い浮かべてしまうが、実際、中国で取材をしてみると、そうではない一面がみえてくる。一つには日系SIerが中国ユーザー企業向けのビジネスに不慣れなこと。二つ目に日系SIerの中国における競争力が総じて弱いことである。
NTTデータが欧州系自動車メーカーの中国でのIT投資を狙えるのも、NTTデータ欧州法人の1社が、このメーカーの元情報システム子会社であったことが大きい。顧客を熟知していればいるほどSI案件の受注確度は高まる。日系ユーザー企業のIT投資を日系SIerが受注しやすいのも、顧客の業務を熟知しているからにほかならない。
二つ目の競争力については、中国の地場SIerは当然ながら地場ユーザー企業の動向に明るく、価格面で日系SIerよりも有利にビジネスを進めることができる。汎用的なSIに関しては、地場SIerに対抗していくのは難しい局面が増えることが予想されるものの、日系SIerの強みを生かせる分野も少なからず存在する。TISは2010年に中国・天津にラック換算で1200ラック相当の大型データセンター(DC)を開設しているが、日系や欧米外資ユーザーだけでなく、「中国地場ユーザーからも多くの受注をいただいている」(宮下首席代表)事例がある。
TISが天津で運用するDCは、ティア3以上の高規格DCであり、中国地場ユーザーの求める情報システム品質の高まりによって、「中国では高規格DCの奪い合い」(京セラコミュニケーションシステム上海法人の中井一夫総経理)が続いている。TISの高規格DCへの引き合いも多く、「当初の計画通りに、2015年まではユーザーのサーバーを収容し続けられるようにしたい」(宮下首席代表)と、大型案件の受注次第では計画より前倒しで満杯になることを心配するほどのうれしい状況にある。
ASEANへの投資が急加速

日立サンウェイ
齋藤眞人
会長 日系SIerのグローバルビジネスの動きを俯瞰すると、ここ半年、ASEANへの投資が加速している。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は今年2月、米大手SIer「CSC」のシンガポールとマレーシアの法人をCTCグループへ迎え入れたと発表。今年4月には、日立システムズがマレーシアの有力SIerサンウェイテクノロジーと合弁で日立サンウェイインフォメーションシステムズを立ち上げている。この合弁事業によって日立システムズはマレーシア、シンガポール、タイ、フィリピン、インドネシアの5拠点に加え、年内をめどにベトナムにも拠点を設ける予定だ。日立サンウェイの齋藤眞人会長は「向こう2年で売り上げを直近の3倍に伸ばす」と意気込んでいる。
ASEANへの投資が相次ぐ背景には、日系SIerの最大顧客セグメントである日系ユーザー企業のASEANへの投資が急増していることがある。日系大手SIerの幹部の一人は、「ASEANへの投資が増えているのに、そこに店を出さない理由はない」と言い切る。

CTC
菊地 哲
社長 CTCの菊地哲社長は、グローバル進出の方向性について「当面はASEANでいきたい」と、アジア成長市場とされる中国、ASEAN、南アジアの三つのエリアのなかで、ASEANへの進出を優先する考えを示す。同社は早い段階で海外売上高400億円規模をイメージしており、今回グループに迎え入れたシンガポールとマレーシアの2社の売り上げは、直近の170億円から自律的な成長ベースで200億円はいけるとみている。菊地社長の方針から推測すると、不足分の200億円は新規のM&A(企業の合併と買収)を視野に入れている可能性が高い。
ASEANでのビジネスモデルは、欧米のすぐれたIT商材をアジアにいち早くもってきて、CTCが強みとする基盤系のシステムへ展開することだ。これはかつて同社がサンのUNIXサーバーやシスコの通信機器を業界に先駆けて日本に持ち込み、最新の機器を駆使した基盤系システムのSIで業績を伸ばしてきた手法と通じる。シンガポールとマレーシアの新しいグループ会社もこうした最新ハードウェアをベースとしたSIを得意としており、「CTCの強みを生かした展開」(菊地社長)を念頭に置いて、ASEANビジネスを拡大していく方針だ。
中国での成長は「据え置き」
日立システムズや日立ソリューションズなど有力SIerを傘下に抱える日立製作所の情報・通信システム社は、社内カンパニーとしての2016年3月期の連結売上高の目標を2兆1000億円に定めている。昨年度(13年3月期)は連結売上高1兆7865億円だったものを3000億円ほど上積みする考えだ。海外売上高比率は13年3月期の26%から16年3月期に35%までに高める。内訳は北米、欧州、アジアをそれぞれ3%ずつ伸ばすもので、日本国内の相対的な構成比は下がることになる。日立製作所執行役専務の齊藤裕・情報・通信システム社社長は「国内情報サービス市場はほぼ1%程度の成長」の見通しを示す。
アジアの内訳をみると、中国は売上高構成比5%を据え置き、ASEANその他を8%へと伸ばす目標だ。年率20%を上回る勢いで成長している中国の情報サービス市場の伸びを考えると、日立の中国での売り上げ構成比を据え置く見通しは、それだけ中国でのビジネスを厳しくみていることになる。日立グループはITの分野で他社よりもむしろ積極的に中国ビジネスに取り組んできたことを考慮すれば、状況は楽観視できないことになる。
グローバルビジネスは相手の国の事情も大きく影響されるものであり、リスクも高い。「民間企業ではどうしようもない大きな力」(NTTデータの岩本敏男社長)が働くこともある。しかし、国内の市場が成熟し、ユーザー企業が果敢に海外へ活路を見出そうとしているなかで、SIerだけ国内にとどまることはもはや不可能に近い。中国ビジネスにしても「アジア最大の市場であることに変わりなく、避けては通れない」(TIS北京代表処の宮下首席代表)。リスクを背負いながらも変化への迅速な適応によってビジネスを伸ばしていくことが求められている。
やっと出てきた国のIT施策
「日本再興戦略」を最大限に活用せよ
国内主要SIer50社の2013年3月期の業績はおおむね好調に推移している。リーマン・ショックから3年余りで、国内情報サービス業の売り上げはおよそ1兆円失われたといわれているが、2012年度は反転して回復に向かった。安倍政権が打ち出した「日本再興戦略─JAPAN is BACK─」では、「世界最高水準のIT社会の実現」や、ITと深い関連がある「医療関連産業の活性化」の文字が躍り、情報サービス業の国内ビジネスの今後の見通しにも明るさが増す。情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長は「情報サービス業界としても国の成長戦略に全力で取り組む」と表明した。
とりわけ、「社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)」は、公共分野に強いコンピュータメーカー系や大手SIerにとっては最重要課題といっても過言ではない。注目が集まるマイナンバーの民間利用については、法律施行後3年をめどに検討される予定だ。民間利用の道が開かれたならば、かつての「住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)」とは比べものにならないほどビジネスのすそ野が広がる。JISA浜口会長は、「もし、住基ネットの失敗を繰り返すようなら、(ショックのあまり)しばらく立ち直れない」と心情を吐露しながらも、期待感の高まりをあらわにする。
中国/ASEANを中心に海外ビジネスを伸ばすといえども、国内の売り上げは依然として重要な部分を占める。将来的に海外売り上げ比率が高まったとしても、国内情報サービス業の91万人規模の雇用を維持するには、やはり国内ビジネスが欠かせない。ようやく出てきた国の「日本再興戦略」を最大限に活用することで国内情報サービス業の振興につなげる必要がある。