「Windows」を生み出して全世界に広め、パソコンソフトの牙城を築いたマイクロソフトだが、クラウドとスマートデバイスでは出遅れた。IT業界での絶対的な地位はいまや揺らぎつつある。主役の座を維持し続けることはできるのか。No.1ベンダーが目指す姿を探る。(取材・文/木村剛士)

「WPC 2013」ではスティーブ・バルマーCEOやケビン・ターナーCOOなど、本社幹部が勢揃いした。
約1万6000人が集結したパートナーの前で、デバイス&サービスカンパニーへの転身を宣言したソフトはビジネスを下支えする黒子役
相次ぐ大型企業買収に組織再編、そしてCEOの退任発表。マイクロソフト本社は今、大きな変化を遂げようとしている。かつてに比べてライバルが増え、競合は熾烈になった。クラウドと新たなデバイスの浸透で、売り物も変化している。マイクロソフトが力を入れるのは何か。
●四つのメガトレンドに集中 「マイクロソフトはデバイスとサービスの会社になる。私たちに賭けてほしい。2013年は昨年以上に大きな変化が起きる。私たちはプレッシャーを感じている。パートナーの皆さんもそうだろう。でも、共に進み、ライバルに勝とう」。
2013年の「Worldwide Partner Conference (WPC)」で、全世界から集まった約1万6000人のパートナーに向けて、マイクロソフトの第二の重役、ケビン・ターナーCOOが額に汗をかきながら熱っぽく語りかけた言葉だ。競争力の源泉は、あくまでもソフト技術であることに変わりはないが、サービスとデバイスをメイン商品に位置づけるという宣言だ。
IT産業はハードが主役だった時代を終えて、今はソフトがビジネスの中心だ。ここ数年、じわじわと存在感を出しているクラウドを中心とするサービス。それが今後はメインになるということだ。サービスを提供するといっても、ソフトやハードの機能を提供することには変わりはない。ただ、提供方法が変わる。ソフトで稼ぎ続けたマイクロソフトにとってはビジネスモデルの大きな転換を意味し、その決断はIT産業にとって重い。
「デバイスとサービスカンパニー」へ転換するために、四つのメガトレンドとしてマイクロソフトが重要視しているのが「ソーシャル」「ビッグデータ」「クラウド」「モバイル」だ。今、マイクロソフトはこの4分野に経営資源を集中投下している。ソーシャルメディアを活用した情報発信・受信を促進し、大量に集めたデータをクラウドで処理し、モバイル端末でどこでも利用できる環境をつくる。それにかかわるハードとソフト、サービスを一気通貫で提供することをゴールに定めている。
ここ数年の企業買収をみると、それがよくわかる(図1参照)。SkypeやYammerの買収は、ソーシャルを強化しようとする現れであり、提携関係にあったNokiaの携帯電話事業部門の買収に踏み切った事実には、モバイルで反撃に出るという意思がにじみ出ている。
このほかにも、マイクロソフトが本気でデバイスとサービスにシフトしようとしている決意が現れている事象はいくつかある。特筆すべきは、自社開発のタブレット端末「Surface」の発売だ。自社製品を発売すれば、「Windows」を提供している他のPC・タブレットメーカーの反感を買い、OEMビジネスに悪影響が出る。それでもあえて打って出たのは、このままではライバルに勝てないという判断からだろう。
●CEOの退任、大幅な組織再編 マイクロソフトを取り巻くビジネス環境は1990年代、2000年代よりも厳しい。競合の状況は、以前にも増して激しくなっている。定めた四つのメガトレンドのマーケットで、マイクロソフトは必ずしもトップに立っているわけではない。クラウドのIaaS/PaaSの分野では、アマゾンの勢いがすごい。SaaSではセールスフォース・ドットコムがいる。ビッグデータでは、エンタープライズ向けシステムで戦い続けているIBMやオラクル、ソーシャルではグーグルやフェイスブック、モバイルではグーグルとアップルがいる(図2参照)。意識しなければならないライバルが増え、追われる立場よりも追う立場にいるビジネスカテゴリが増えている。
このため、マイクロソフトは企業買収を盛んに行うだけでなく、社内の組織体制も大幅に変更している。製品ごとに分かれていた組織を見直し、開発部門を「OS」「デバイス」「アプリケーション」「クラウド」の四つに分類。これらに横串しを入れるマーケティング部門と事業開発部門を新設している。独立採算制の事業部制も廃止した。「たぶんここまで大きな組織の再編は、創業以来、初めてなのではないか。危機意識を感じる」と、日本マイクロソフトの幹部は話している。
そして、スティーブ・バルマーCEOの退任宣言。社長に就任して丸15年が経った今年7月、「12か月以内の退任」を発表した。ビル・ゲイツ氏の側近がトップを離れることにもなる。過去を断ち切った新たな仕組みをつくろうとしているのだ。
日本の販売体制は不変
米国本社が大きく変化しているなかにあって、日本法人はどう変わるのか。一昨年度とその前の年度で、日本マイクロソフトは先進6か国のなかで最も優秀な実績を収めた。昨年度はそのポジションを失い、奪還に向けて樋口泰行社長の意気込みは強い。樋口体制6年目の2013年度(14年6月期)。デバイスとサービスカンパニーへの転身によって、日本での販売体制に変化は起きるのか。

一昨年度はNo.1カントリーとして日本マイクロソフトが選ばれて、樋口泰行社長は米本社幹部の表彰を受けた(写真提供:日本マイクロソフト) ●大きな組織再編はなし 日本マイクロソフトが今年度期首に手を打った新たな施策は、大きく二つある。一つは、クラウド事業を推進するための新事業部門を社長の直轄に配置したこと。各部門を横断的にみて、クラウドをどう伸ばすかを考える組織で、昨年度までエンタープライズサービス事業を統括していた山賀裕二執行役常務を、この部門の責任者にしたことに樋口社長のクラウドに賭ける思いが現れている。そして、もう一つが「Surface」の販売責任を全営業担当者に課したことだ。クラウド(サービス)とデバイス事業を伸ばそうという意思がみてとれる。
しかし、それ以外に大きな変更点は見当たらない。日本マイクロソフトは、一昨年度とその前の年度、先進6か国のなかで最も優秀な成績を収めたとして米国本社に評価された。昨年度はその地位を米国に明け渡したものの、「非常に僅差だった」(樋口社長)。具体的な数値は出していないが、日本法人の業績は樋口体制になってから増収増益を続けている。それだけに「大きく仕組みを変える必要はない」(同)という結論だ。
●チャネル支援策は継続 
高橋明宏執行役は「クラウドも既存チャネルで売る」と明言する では、サービスとデバイスに売り物が変わることで、チャネル構造に変化が現れるのか。
「クラウドで流通構造が変わる? そんなことはあり得ない」。日本マイクロソフトの中堅・中小企業(SMB)向けビジネスのトップを務める高橋明宏執行役はこう断言する。「マイクロソフトの日本法人が1986年に設立されて27年、最も大きな財産は、私たちの製品を売ってもらっているパートナーとの関係だ。マイクロソフトに勤務して約20年、そのほとんどをOEMビジネスに費やしてきて、昨年7月からさまざまなパートナーとつき合うようになり、そのことを痛感した。叱咤激励され、時にはかなり強い口調で不満をぶつけられてきた。そうやって改善を繰り返して築いたチャネル網が一番の強み。それがクラウドになったからといって、すぐに変わることはない」。
日本マイクロソフトのチャネルビジネスは、一部の大手企業やOEMパートナーを除き、高橋執行役の配下で進められている。デバイスとサービスに集中しても、ソフト流通で培った販売網を生かすという考え方だ。
そのことを表す一つの取り組みとして、日本マイクロソフトは昨年度までクラウドを販売するパートナー向け支援制度を、通常の販売支援制度とは別に運営していたが、それを見直して、通常の販売支援制度に組み込んだ。「クラウドは立ち上げ期が終わり、販売制度も成熟して通常のプログラムに適合してもいいと判断した」(高橋執行役)。マイクロソフトはデバイス&サービスカンパニーに転身しても、チャネル網を変えるつもりはない。
ハードウェアについても考え方は同じで、従来の販売網を活用する。「Surface」は6社の販売パートナーに限定して法人ルートを確保。限定した理由は、ハードビジネスに不慣れであることと、法人向け販売でこれまで多くの実績があるパートナーへの配慮だ。
販売パートナーをあまねく募って販売台数を伸ばせば、売った後のユーザーサポートで混乱を招く恐れがある。日本マイクロソフトには、合計1万6000社のパートナーがいるが、有力メーカーは数十社。その実績に敬意を払った。ハードでもソフトでもサービスでも、今のチャネルを有効活用する。
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