ウェアラブルの登場が企業に変革を促す――5年後のワークスタイル
現在想定できる範囲で、最も影響力がありそうなウェアラブルコンピュータ。これによって、今後5年間でワークスタイルはどのように変わるだろうか。
ワークスタイルはこう変わる
●ハンズフリーで作業 スマートグラスの魅力は、何といってもハンズフリーであることだ。例えば、流通業の工場で、入出荷を管理するシーン。作業員が、ある物品をスマートグラス越しに目視すると、グラスが物品に記載されているバーコードを認識して、クラウド上にある管理情報と照合して、その物品をどこに運べばいいのかグラスの画面上に指示を出してくれる。この時、作業員はハンズフリーなので、従来のようにハンディターミナルを使ってバーコードを読み取る手間がかからない(図:ex.1)。コンビニの棚卸など、小売業でも同様の活用シーンを想定できる。
●収集したデータを活用 スマートウォッチは、体温、血圧、脈拍などの健康状態に関する情報を収集する機能が搭載されるので、医療やヘルスケアの分野での活用が期待されている。例えば、介護が必要な高齢者の腕にスマートウォッチをつけておいて、日頃の健康状態をクラウド上に保存するようにしておき、それを遠隔地から医師が管理するという使い方が考えられる(図:ex.2)。より多くの患者の健康データを保存して、ビッグデータとして分析すれば、今後の病気の予防などに役立てることができるかもしれない。
営業などのホワイトワーカーの仕事も激変する可能性がある。商談の現場やイベントの講演などで、スマートリングを活用して、ジェスチャーでプレゼンテーション資料を操作するなど、これまで以上に効果的な演出ができるようになる。
ITベンダーはこう変わる
●ソリューションを組み込む ITベンダーにとって、ウェアラブルコンピュータが普及することは、提供するソリューションのボリュームが増えることを意味する。デバイスだけでは、ユーザーの使い道は限られるからだ。先に挙げた流通業や医療の例などは、ITベンダーのインテグレーションが必要になってくる。それも、ユーザーによって利用するデバイスが異なるので、カスタマイズできる幅も広い。デバイスと各自のソリューションを組み合わせてシステムとして提供することで、ITベンダーは収益を向上できるだろう。
また、デバイスの種類が増えるということは、それだけユーザー企業の情報システム部門の管理の手間が増えるということだ。資産管理やセキュリティ対策の分野で新たなサービスが必要となってくることは想像に難くない。
●デバイス開発という選択肢 デバイスそのものを開発するという選択肢もある。実際、グーグルやアップルなどの大手IT企業だけでなく、すでに複数の日本のベンチャー企業が、独自デバイスの開発に取り組んでいる。
例えば、「セカイカメラ」で知られる頓智ドットの元CEO井口尊仁氏は、スマートグラス「Telepathy One」を発表し、米国で注目を集めている。ITベンチャーのログバーは、人差し指一本でデバイスをコントロールできるスマートリング「Ring」のコンセプトを発表し、2014年に提供を開始する予定だ。今後も、こうしたウェアラブルコンピュータを開発するITベンチャーが増えていくことが予想される。
課題も多いウェアラブルコンピュータ
●見た目の問題を解消 ウェアラブルコンピュータは、本当に法人市場に浸透するのだろうか。矢野経済研究所は、16年度のスマートグラスの世界市場規模を1000万台、スマートウォッチを1億台と予測しているものの、「このほとんどが個人向けの出荷となる」(土佐恒広主任研究員)としている。
米ガートナーリサーチ部門バイスプレジデントのケン・デュレイニー最上級アナリストは、「スマートフォンがコンシューマライゼーションの流れを受けて発展したように、ウェアラブルコンピュータも同じ普及の道をたどるだろう。しかし、現実のスマートグラスは、見た目が不自然。この問題を解消しないことには、ビジネス領域に広く普及するとは考えにくい」と指摘する。流通業などの特定用途向けに利用する分には、それなりに普及するかもしれないが、一般企業まで浸透するには、ファッション性も避けて通れない課題だ。
●ネットワークと電源の壁 ネットワークと電源の問題も見過ごすことはできない。モバイル端末が増えれば、ネットワークと電源供給の拠点の拡充も必要になる。デバイスそのもののバッテリをさらに長持ちさせることも課題だ。
情報通信総合研究所グローバル研究グループの中村邦明主任研究員は、「20年の東京五輪の開催を受けて、政府もネットワークと電源供給の拠点拡充に力を入れるはずなので、ある程度の問題は解消される」とみている。また、現在、電源の無線供給の技術も研究が進んでおり、5年後には実用化されている可能性もある。
10年先にはどうなるか――デバイスの垣根を越えた世界
ウェアラブルコンピュータは、現時点でも想像できる範囲の端末の進化だ。課題は多いが、5年後にはそれなりに普及しているだろう。では、10年後にはどんな端末が生み出され、ワークスタイルに変化をもたらすのだろうか。
端末の進化
デバイスについては、ソフトウェアのUIを決めるためのものになるとみる有識者が多い。デバイスを介して利用するソフトウェアは、ほぼすべてクラウド上で動くようになるからだ。
●デバイスの違いはUIだけ NTTレゾナントテクノロジーの久納孝治取締役は、「アプリケーションがデバイスに依存する時代は終わる。デバイスは本質ではない」と主張する。現在は、生活のなかにデバイスが分散して存在するが、将来は机や壁、窓など、あらゆるところがディスプレイとして機能するようになるというのだ。
●クラウド内に「コンシェルジュ」 
NTTレゾナントテクノロジー
久納孝治取締役 また、久納取締役は、「位置情報などをもとに、あらゆる情報やアプリケーションが自分自身の後をついてくるような環境ができれば、生活や仕事は便利で快適になる」と考えている。「自分についてくる」とはどういうことか。「クラウド上に、自分だけのためにカスタマイズされたアプリケーションのパッケージが存在し、それをどこからでも、どの端末からでも手軽に使える環境になるということだ。
例えば、あるデバイスにボタンが一つだけあって、そのボタンを押すと、携帯電話のネットワークなどを経由して、『ソフトウェアコンシェルジュ』とでもいうべき技術者につながる。ユーザーはこのコンシェルジュに、どんな機能をどんなふうに使いたいか、端的にいえば、“何をしたいのか”を口頭で伝える。そうすると、それが要件定義になって、コンシェルジュがユーザーの要望を実現するために必要なアプリケーションをインテグレーションしてパッケージにし、それをそのままクラウドで配信して、すぐに使えるようになる」(図:ex.3)。ITベンダーの役割が大きく変わってきそうだ。
ワークスタイルの変化
●雇用関係が変わる 
UIEvolution
中島聡
取締役会長 いつでもどこでも働くことができるようになれば、従業員は会社にいる必要がないことになる。主にシアトルで活動しているUIEvolutionの中島聡取締役会長は、「モバイルワークが進展していけば、雇用関係が変わる。例えば、エンジニアとITベンダーの関係だ。エンジニアは独立して、自分にとって都合のよい案件で働くようになる。すでに、アメリカではこうした動きが起こっている」と説明する。
確かに、最近では、クラウドソーシングなど、インターネット上で案件を紹介するビジネスが生まれている。これも、遠隔地会議システムなどのクラウドサービスが普及したことで、事務所にいなくても円滑にコミュニケーションをとることができるからだ。雇用関係が変わるメリットとして、ITベンダーは、自社内にエンジニアを抱えないことで固定費を削減し、エンジニアは自分が好きな時間に働くことができるということが挙げられる。
●大企業がなくなる 中島取締役会長の意見は、インフォテリアの平野洋一郎社長の考えにも通じるところがある。平野社長は、6月に開催した事業戦略説明会で、「将来的には、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークがサービスとして提供され、将来、企業の持ち物はデータだけになる。企業・組織の再定義である“トライブ化”が進み、組織は必要に応じて最適な人材だけを集めていくようになる。企業だけでなく、個人のあり方も雇用から“個要”へと変わっていく。その結果、大企業は徐々になくなっていく」と予測している。エンジニアだけでなく、プロジェクトごとに営業や企画などの人材が集まって活動するようになる時代がやってくるかもしれない(図:ex.4)。