農業は、これまでITベンダーにとっての未開拓分野であった。しかし最近は、クラウドやモバイル、センサなどの最新技術を活用して農産物の安定生産を実現するソリューションが、続々と誕生している。IT化の市場が立ち上がり始めたのだ。施設園芸や植物工場、露地栽培など、農産物の生産方式に応じたITソリューションとはどのようなものか。また、IT化を進めるうえでの課題や解決策は何かを探った。(取材・文/真鍋武)
動き出した農業IT
農業の構造変化がIT化を後押し
●ITベンダーの意欲は旺盛 これまで農業の領域は、IT化がほとんど進んでこなかった。しかし最近になって、この領域の開拓に熱心なITベンダーが増えてきた。大手ITベンダーは、ここ1~2年の間に、こぞって農業向けクラウド商材の開発・提供に力を入れ始めた。富士通は、2012年10月に食・農クラウド「Akisai」の販売を開始し、すでに有料契約数を100件近くまで伸ばしている。NECは、2012年5月に「農業ICTクラウドサービス」の提供を開始し、約300軒の農家を獲得している。日立製作所も、今春に「野菜生産支援クラウドサービス」(仮称)の提供を開始する予定だ。大手ベンダーだけではない。新潟県のウォーターセルや千葉県のイーエスケイ、四国4県のITベンダーが結成した四国IT農援隊など、農業のIT化を推進しようとする地方の中堅・中小ITベンダーも着実に増えている。三井物産子会社のアグリコンパスなど、農業IT専業ベンダーも登場している。ついに、IT化の市場が動き出したのだ。
農業IT化の市場規模もみえてきた。調査会社のシード・プランニングによると、GPSガイダンス、センサ・ネットワーク/環境制御装置、農作業ロボット、直売所POSシステム、農業クラウドサービスからなる2013年の農業IT化の市場規模は66億円(推定)で、2020年には580億~600億円までに拡大する見込みだ(図1参照)。このうち、とくに農業クラウドサービスが顕著に伸びて、2020年には2013年の約28倍となる440億円まで拡大するという。
●農業の構造は激変 ITベンダー各社が農業市場の開拓に熱心なのは、日本の農業を支えるためにIT化が避けて通れなくなっているからにほかならない。農林水産省によると、2011年の農業の国内総産出額は、8兆2463億円。1984年の11兆7171億円をピークとして、徐々に産出額を落としてきている。総農家数も2005年から2010年にかけて11.2%減少し、252万8000戸になった。さらに、農業従事者の平均年齢は2011年時点で65.9歳と高齢化が進んでいる。少人数で農業産出額を拡大するためには、生産性の向上が欠かせない。ここで、ITの出番というわけだ。
そして、農業の構造変化は、産出額や人口、平均年齢だけにとどまらない。とくに近年、顕著になっているのが、大規模な農業経営体の増加だ。2005年から2010年にかけて、30ha以上の経営耕地面積をもつ農業経営体は、142.1%も増加している(図2参照)。さらに、09年に農地法が改正され、企業が全国どこでも自由に農業に参入できるようになって以降、イオンやローソンなど、他業種から新規参入する農業法人が従前の5倍のペースで増加している。法改正からおよそ4年間で、新たに1392法人が参入した(図3参照)。
こうした大規模農家や新規参入の農家は、資金が潤沢なところが多いので、ITベンダーにとっては優良顧客になりそうだ。
●政府も農業IT化に本腰 農業のIT化を語るうえでは、政府の動きにも注目する必要がある。安倍政権は、農業を国の成長戦略に盛り込んで、農業のIT化を進めるとともに、2020年までに農産物の輸出額を現在の約2倍にあたる1兆円にまで拡大することを目指している。大規模な農業経営体の増加や、農業への新規参入を推進していく方針だ。例えば、2013年末には、分散する農地の集積・集約化を推進するための「農地中間管理機構」を各都道府県に設置するための法律案を国会で可決した。農地の集積・集約化が進んでいけば、ITベンダーにとっては、IT導入意欲の高い大規模農家が増えることになる。
また、農林水産省も農業のIT化に本腰を入れている。2013年11月には、ロボット技術やITを活用して、省力・高品質での農産物の生産を実現するための「スマート農業の実現に向けた研究会」を設置した。研究会には、研究機関や大学、農業関連企業のほか、大手ITベンダーが参加している。政府や農林水産省がIT化に強い意欲を示しているので、ITベンダーが、実証実験などで補助金を受け取りながら、商品開発に取り組むことができる機会は増えていくはずだ。
では、実際に農業IT化とは、どのようなものを指しているのか、IT化を進めるうえでの課題や解決策は何なのか。次頁以降で解説していく。
[次のページ]