働き方改革実現会議が開催されるなど、国をあげて本格的な取り組みが始まった「働き方改革」。社員が意欲と能力を十分に発揮し、生産性の向上を図るとともに、仕事と生活の調和がとれた働き方を実現することを目標とする。長時間労働の削減や年次有給休暇の取得促進など、これまでの働き方を見直すことが必須となり、企業が改革に取り組んでいる。IT業界でも、積極的に働き方改革に取り組んでいるベンダーがいる。改革に取り組むITベンダーに、その背景や改革の特徴、現在の状況などを聞いた。(取材・文/佐相彰彦)
インフォテリア テレワークがアウトプットに効果「パラレルキャリア」の推奨も
インフォテリア
平野洋一郎
社長
積雪によって、首都圏で複数の交通網が麻痺して大混乱を招いた2016年1月18日。インフォフォテリアでは、早朝に平野洋一郎社長/CEO自らが社員に対して積極的にテレワークを選択するよう、メールを送った。この日、一部の鉄道路線ではホームに人が溢れ、多くの企業では数時間をかけて出社したという社員も少なくなかった。そんななか、インフォテリアではテレワークによって生産性を落とすことなく、社員が通常と同じように業務を遂行することができた。
その後、インフォテリアでは降雪の際や猛暑日にはテレワークを推奨するようにしたほか、「ふるさと帰省テレワーク」と称して社員が実家に帰省しながら業務を遂行できる制度も設置。今では、上長の判断で、いつでもテレワークができる環境を構築している。「勤務時間や勤務場所を特定して、業務している様子を管理すれば、いい結果が生まれるわけではない。あくまでも、アウトプットを重視しなければならない」と平野社長は話す。
インフォテリアでは設立当初から、よい製品・サービスを市場に投入するために、技術担当の社員が時間と場所を気にせずに開発に没頭できたという環境があって、全社でテレワークを実施するというのは自然な流れだったようだ。
自社で提供するモバイル向けコンテンツ管理(MCM)システム「Handbook」を搭載したタブレット端末を活用して自分がどこにいるかを同じ組織のメンバーに知らせて、「Facebookメッセンジャー」「Skype」などでコミュニケーションをとる。もちろん、フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションも行っている。「テレワークは、在宅で勤務しなければならないという対処型ではなく、成長するために必要不可欠なもの」と平野社長は断言する。
とはいえ、将来的には課題もあるようだ。「テレワークが成長につながることをさらに明確化するため、社員それぞれの能力を細かく把握したり、アウトプットと時間・場所との関係を数値化したりしなければならない。
また、一つの組織に属さない、必要に応じた組織化も必要となる」としている。社員のスキルアップにつながる一つの方法として「パラレルキャリア」と称して複業を認めている。
サイボウズ 「選択肢」が新しい創造へ優秀な人材の発掘にも
サイボウズ
中根弓佳
執行役員
2017年1月17日、複(副)業とする人材を積極的に募集する採用方法を開始した。サイボウズでは、12年に複(副)業を認めている。政府が「働き方改革」を掲げたことによって、複(副)業に対する関心がますます高まっていることに対応したかたちだ。中根弓佳・執行役員事業支援本部長は、「問い合わせは多い」と手応えを感じている。
サイボウズでは、05年に離職率が28%になったことをきっかけに、以降、最長6年の取得が可能な「育児・介護休暇制度」、9種類の働き方が選択できる「選択型人事制度」、回数や場所を制限しない「在宅勤務制度」、上司の承認も報告せず自由に行うことができる「副業許可」などを導入している。自社製品を中心に情報共有クラウドや遠隔会議などITツール、また、本社のリアルオフィス化でさらに業務をしやすくしている。「制度とツール、そして風土や文化を浸透させることで働きやすい環境づくりに取り組んでいる」と中根執行役員は説明する。風土や文化として重きをおいているのが、「多様性重視」「個性の尊重」「公明正大」「率先垂範」「議論」だ。
今では、風土や文化が浸透して多くの社員が制度やツールを有効に活用しているが、「06年に開始したことを踏まえると、現在の姿にたどり着くまでは長い道のりだった」と中根執行役員は振り返る。とくに、マネージャーなど社員を管理する側の意識改革が大きな壁だったようだ。「給料やメンバーからの評価など、社員によって仕事をするうえでの優先順位が異なる。それぞれの社員の考え方をきちんと理解して、すべての社員が満足するように、働き方を改善していかなければならない」と中根執行役員は説明する。
ソニックガーデン 業務や情報をデジタルで可視化・共有 遠隔でもチームでプロジェクトを遂行
ソニックガーデンは、約30人の社員が東京を含めて全国11地域に点在。オフィスは東京・自由が丘のみで、自社開発のデジタルオフィス「Remotty」を活用して、完全なリモートワークを実現している。
デジタルオフィス「Remotty」の画面。
Remottyは、自宅や出張先からRemottyにログインして業務が開始できるほか、チャットの呼びかけでコミュニケーションをとりながら数人でオンライン会議もできる。画面上で資料の共有が可能。社員のやりとりがデータとして残るため、コミュニケーションの可視化による情報の共有を実現する。
「設立当初、渋谷にあったオフィスに出社するというのがあたりまえだったが、『東京に行くことはできない』という兵庫県の入社希望者から連絡があったことから、リモートワークを検討し採り入れてみようということになった」と藤原士朗副社長COOは振り返る。リモートワークの開始当初は「Skype」などを使っていたが、オフィスにいる社員のほうが多く、オフィスとリモートワークの間で情報の格差が生まれることもあった。リモートワークがマイノリティになっていたため、倉貫義人社長自らがリモートワークを中心にしたこととRemottyの開発も相まって、完全リモートワークを社内で実現した。入社後すぐにリモートワークで業務ができるのかという点については、「セルフコントロールができずに自宅で仕事をし過ぎて倒れることを防ぐため、しばらくの間、新人はオフィスに出社してもらう」(藤原副社長)とのことだ。
ソニックガーデンの岩崎奈緒己経営企画室長(写真左)と藤原士朗副社長。
今回、岩崎室長はテレビ会議で取材に応じた
管理面では、「最もいい方法は管理しないこと」(藤原副社長)。すべての社員が同じ志をもつという「性善説」を重視している。しかも、「ボーナスに関しては全員均一を基本としている」という。これによって、チームワーク向上につながっている。岩崎奈緒己・経営企画室長は、「Remottyによって、誰が今、業務している(席にいる)かが把握できるため、リアルオフィスと遜色ない」とアピールする。しかも、社員の9割が結婚しているという点から、「例えば、子どもの家庭訪問があった場合、共働きならばどちらかが休みをとらなければならないが、リモートワークなら先生が訪問したときだけ離席して、その前後は仕事ができる」とメリットを訴える。
日本マイクロソフト 本社移転に伴って働き方改革5年間で生産性が26%向上
岡部一志
本部長
日本マイクロソフトは、2012年の本社移転時にテレワークを本格化した。一部の組織を除いて固定席をなくしてフリーアドレス化。在宅勤務とモバイルワークの環境を整えたほか、「テレワークの日」などを設けて地道に働き方を改善していった。
その効果があって、10年から15年で生産性が26%向上。残業時間は5%減った。このほか、旅費や交通費が20%削減、女性の離職率が40%減、紙の使用が49%減、ワークライフバランスが40%向上、働きがいが7%増という効果も出ている。厚生労働省の「平成27年度厚生労働大臣表彰」で「輝くテレワーク賞」、総務省の「平成28年度情報化促進貢献個人等表彰」で「総務大臣賞」を獲得。社内のテレワークを中心とした働き方改革のプロジェクトメンバーである岡部一志・コーポーレートコミュニケーション本部本部長は、「テレワークの効果を数値化したことで評価されたのではないか」と捉えている。
16年5月には、テレワークの利用の頻度や期間を制限しない、コアタイムなしなど、勤務制度を変更。「個人のポテンシャルを最大限に発揮できる環境をつくった」と岡部本部長は説明する。
管理面では、社員が「Office 365」でスケジュールを入力してマネージャーが把握している。他の社員も共有でき、コミュニケーションは「Skype for Business」を活用し、「情報の透明性を追求している」(岡部本部長)という。
今後は、それぞれの業務にかかる時間や頻度のグラフ化などが可能な「MyAnalytics」を活用していく。岡部本部長は、「AI活用による『気づき』で、生産性の向上とイノベーションの醸成に取り組んでいく」としている。
記者の眼
働き方改革に取り組んでいるITベンダーの多くは、社員が働きやすい環境を整備するというのが一番の目的という。そのために、自社の製品・サービス、もしくは開発中の機能を有効活用して成功に導こうとしている。自らが導入して、善しあしを判断し、製品のブラッシュアップを図る。どのITベンダーも、「働き方改革にITツールは欠かせない」と、自社の社員が実感してこそ、ユーザー企業にも提案できると認識している。
どのITベンダーも口にしていたのが「ITツールを導入すれば働き方を見直すことにつながるわけではない」ということ。社内の制度や風土・文化などを見直すことも必要という。これも、働き方改革に取り組んでいるからこそ意識できることだろう。
政府が解決策としてIT化を掲げている。ITベンダーには追い風といえる。制度や風土・文化も含めてITツールを提案できるITベンダーがビジネスを拡大できるのではないか、というのが今回の取材で感じたことだ。
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