国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
高木聡一郎・研究部長に聞く
「評価軸ver1.0」のポイントと策定の意義 ブロックチェーンの行く末
「ブロックチェーン技術を活用したシステムの評価軸ver1.0」の策定にあたって中心的な役割を果たした有識者検討委員会。委員長を務めた国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の高木聡一郎・研究部長に、評価軸ver1.0策定の意義や背景、内容のポイント、さらにはブロックチェーン技術の展望を解説してもらった。
●SIerや情シスがブロックチェーンを考える基準に
──まずは、評価軸ver1.0策定の背景を教えてほしい。
高木 ブロックチェーンを取り巻く環境としては、一般のユーザー企業の経営者や情報システム部門の間でも、もしかしたら自社の情報システムにも影響があるかもしれないという気運が高まってきた。SIerに対して、そうした企業から、自社でブロックチェーンを使えないかという相談がどんどん寄せられるようになってきている。しかし、SIerにもユーザー企業にも、ブロックチェーンに対していろいろな過剰な期待や誤解がある。例えば、ブロックチェーンを使うといまの自社のシステムが10分の1のコストでできるんじゃないかとか、自社のシステムはもう要らなくなるんじゃないかというようなものだ。具体的に、ブロックチェーンを使って情報システムを組むと、従来のシステムに対して何が違っていて、何に気をつけなくてはいけないのか、よくわからないというのが課題としてはあったと思う。そのへんをしっかりと網羅的に検討できるような枠組みをつくろうというのが今回の試みだ。
──すると、評価軸ver1.0は、既存のエンタープライズITの範疇でのブロックチェーン活用に対象範囲を限定したものと考えていいのか。
高木 そう理解してもらっていい。より狭いスコープで、いわゆる企業、組織の情報システムにブロックチェーンを使うことを想定している。
実はここはかなり議論になったところで、ブロックチェーンを研究している人であれば、そのポテンシャルが企業システム内にとどまらず、経済システムなどの変革までつながる可能性があるというのは共通認識といえる。企業向けの情報システムに使うにしても、業務やステークホルダーの関係性も変えながら導入しないとブロックチェーンの意味がないという議論もあった。しかし、いきなりそこを議論し出すと、論点がどんどん拡散していってまとまらなくなってしまう。まずは段階を追って検討しようという話になり、第一歩として、業務をほとんど変えないかたちで、既存の情報システムに適用する場合の評価軸を大きく決めるということになった。
●国内有識者の最新知見を詰め込んだ自信作
──評価軸ver1.0の内容について。ずばり、ポイントは何か。
高木 まず、ブロックチェーンを活用しようとした時に、何に気をつけないといけないのかということを、網羅的に示したことだ。これを一通り検討していけば、ブロックチェーンはこういう特性があって、既存のデータベースとはこういうところが違うんだなというのが理解できる。
また、一つひとつの評価項目(全32項目、図参照)の留意事項について、いま日本で大いに活躍されている有識者の方々の意見をできるだけたくさん注ぎ込むようにした。ブロックチェーンは新しい技術であり、いまの時点で明確な答えを出せないことも多い。だが、最新の洞察が盛り込まれているこの部分はぜひ読んでほしい。直接の回答を与えるものではないが、それぞれのベンダーや企業がブロックチェーンを導入すべきかどうかを検討するうえで、非常に貴重な情報になるはずだ。
──端的にいうと、ISOやIPAの評価指標などに照らしてブロックチェーンを評価できるようになったということか。
高木 そうだ。一般的な情報システムの評価とも整合が取れるかたちになっているのは重要なことだと思っている。SIerや一般のユーザー企業にとっては、ブロックチェーンのしくみなどは理解できたとしても、「これってシステムとして使えるの」となったときに具体的なアクションにつながりづらいところが、これまではあったと思う。評価軸ver1.0は、既存の情報システムの評価の枠組みのなかでブロックチェーンのことを理解できるようにすることが大きな狙いだった。
──ブロックチェーン技術もいろいろ出てきている。評価軸ver1.0では、パブリック・ブロックチェーンのビットコインやイーサリアム、IBMなどが開発するパーミッションド指向のハイパーレジャー・ファブリックを現時点での主要プラットフォームとして念頭に置いているとのことだったが、これらに共通の評価軸を適用できるものか。
高木 評価軸ver1.0ではまさにそれを実現した。おっしゃるように、ビットコインのような完全にオープンなブロックチェーンがある一方で、パーミッションドといわれるクローズドなブロックチェーンもある。また、プラットフォームの違いだけでなく、ブロックチェーンをクラウド上で動かすのか、地理的にどの程度分散するのか、どれくらいのノード数に分散するのか、それも日本のなかだけで分散させるのか、あるいは世界中に分散させるのか、それによってもパフォーマンスは全然違う。いろいろな実装のかたちが出てきているわけだが、これらを一通り念頭に置きながら、さまざまなトレードオフがあることを網羅してまとめることができたとは思っている。
●プラットフォーム同士ではなく、システム全体を比較
──B2B領域では、パブリックではなくパーミッションドが本命という声もあるが……。
高木 データ更新の確定、つまり「ファイナリティ」をどう担保するかがブロックチェーンでは大きな問題になる。パーミッションド・ブロックチェーンは、台帳の合意に関わっているノードがすべて“パーミッションド”(許可されたもの)で信頼でき、不正を働こうとしていないという前提に立っていて、そういうシステム構成を取ればファイナリティを早められるということ。
ただ、それにもいろいろなトレードオフがやはりあって、ノードそのものを守ったり、分散配置するための投資も必要。オープン型のブロックチェーンの場合は自社でその機能をもつ必要がないのでコスト構造も全然違ってくる。やはり、用途によって最適なプラットフォームや実装方法は異なるということになるだろう。
──とはいえ、企業の情報システムでパブリックチェーンを使うというのは少しイメージしづらい。
高木 米ナスダックが未公開株式市場向けインフラに採用したのは、パブリックのブロックチェーンだ。また、パーミッションドにしても、ブロックを生成する作業は限られたノードでやることになるが、ブロックチェーンの状態に関しては誰でもみられるという半分パブリックのようなかたちがあってもいいと思う。私の個人的な意見だが、ブロックチェーンを使う一番のメリットは、情報の信頼性がアルゴリズムにのって証明されていて、組織がその信頼を担保しなくていいということだと考えている。その時に、信頼してもらいたい相手方がブロックチェーンをみられるようになっていないと、これは組織が中央管理的なシステムで信頼を担保しているのとあまり変わらないことになる。この透明性に関する議論も、ブロックチェーンを使ったシステムの設計にあたっては重要な論点だ。
──評価軸ver1.0では、既存DBとブロックチェーン・プラットフォーム、もしくはブロックチェーン・プラットフォーム同士の比較は対象外で、周辺サブシステムを含めたシステム全体を評価対象としている。これはなぜか。
高木 ブロックチェーンのプラットフォームによって、それぞれカバーする機能の範囲が違うからだ。ビットコインが網羅している機能とイーサリアムが網羅している機能は違うし、ハイパーレジャーはそもそも前提が違って、パーミッションドをかなり意識した構成になっている。そうなると、プラットフォームだけを直接比較するよりも、ブロックチェーンを使ったシステム全体を想定して比較したほうがわかりやすい。
ここも議論としては苦労したところだが、プラットフォーム自体の評価というのも、やったほうがいいとは思っている。ただ、それでも実際の評価というのは実装の仕方次第というところがある。例えばビットコインのブロックチェーンやイーサリアムのブロックチェーンは基本的にオープンソースなので、さまざまな実装の仕方があり得る。スピードを出すような実装の仕方もあれば、分散性を強調したような実装の仕方も可能だ。
●評価軸ver1.0はブロックチェーンの世界のほんの入り口
──評価軸では、ブロックチェーンをそもそも何だと位置づけているのか。定義は固まっていないと認識しているが、既存のDBとの比較という話もあった。DBに類するものとして扱っているのか。
高木 今回に関しては、ブロックチェーンを「広義のDBとして使った場合」という、エンタープライズITの文脈で考えたといい切れる。ただし、プラットフォームによってはミドルウェアのような機能があったり、DBの範疇にとどまらない可能性があることは忘れてはいけない。評価軸ver1.0は、ブロックチェーンがもっている特性のほんの一部にフォーカスしたものだということは理解したうえで読んでほしい。
──最初の一歩に過ぎないと。
高木 そのとおり。これまでの実証実験、例えば日本取引所(JPX)グループによる証券取引への適用事例では、担当者を検討委員会に招聘して話を聞いたが、実証実験を進めるにつれて、業務そのものに手を入れたり、ステークホルダー間の関係のようなものも変えていき、ビジネスを進化させられるんじゃないかと考え始めておられるようだった。
──結局、ブロックチェーンの真価というのは何だと考えるか。
高木 中央管理者がいなくても、分散されたインフラのレベルでインターネット上の価値交換が確実にできることだと思う。経済的、社会的にものすごいインパクトがある。
──するとやはり、ブロックチェーンの真価が発揮されるのはパブリックチェーンということか。
高木 そう思う。ただ、「ブロックチェーンのすごい特性」の構成要素の一部を取り出すと、既存の情報システムでも、改ざん困難でゼロダウンタイムのシステムを安くつくれるかもしれないということでもあって、評価軸ver1.0はその入り口に導いてくれるものだと考えている。
記者の眼
ブロックチェーンが提示する社会の変革に向けた可能性を語る人は多いが、エンタープライズIT市場のプレイヤーにとっては、なかなかつかみどころがない話題であることも確かだ。しかし、「ブロックチェーン技術を活用したシステムの評価軸ver1.0」は、雲の上にいたブロックチェーンを、エンタープライズIT市場に下ろしてくれた感がある。ようやく多くのベンダーに、ブロックチェーンに直接触れる機会を開いたというべきか。将来的にブロックチェーンが何をどう変えることになるのかはまだわからないが、評価軸ver1.0が、大きなイノベーションの礎となることを期待したい。