13億人の巨大市場を抱える中国には、多くの日系ITベンダーが進出している。2000年代中頃から現地法人設立の動きが加速し、最近では設立10年を迎える企業も増えてきた。ただし、事業規模を大きく伸ばし、中国で強固なプレゼンスを発揮している日系ITベンダーはほとんどないのが実情だ。この市場で生き残っていくには、どんな要素が求められるのか。本特集では、識者から収集した意見をもとに、新たに進出する企業や駐在員が気をつけておくべき中国ITビジネスの心得を共有する。(取材・文/真鍋武)
1、プロジェクトは常に“動く”もの
中国のシステム導入案件は、日本と同じやり方ではうまくいかないことが多い。なぜなら、状況に応じて都度変更が加わるからだ。
日本では、プロジェクト開始時にしっかりと仕様を固めるため、後はそれに沿ったシステムを開発・構築していけばよいが、中国では、途中で仕様変更の依頼が頻繁にかかる。中堅SIer総経理のA氏は、「仕様変更の回数が多すぎて、工数が想定以上に増えてしまうので、計画が立てられない」と漏らす。これに対応するには、アジャイル的な開発体制を取り入れておくことが重要だ。
かつては、ローカル企業向けの案件でよく発生する課題だったが、最近では、ユーザーが日系企業の場合でも、仕様変更の対応に追われるケースが増えてきた。日系企業の現地化推進を受けて、IT部門を担当する中国人社員が増えているためだ。仕様変更の際は、追加工数の価格交渉がスムーズに進まない可能性があるため、プロジェクト開始前の契約時点で、仕様変更の項目を盛り込んでおいた方がよい。
また、ユーザー企業を信頼してしまって、口約束だけでプロジェクトを開始してしまうことは避けるべきだ。中堅SIer副総経理のB氏は、「ひどいケースでは、『御社に発注することは決めているが、契約はシステムがある程度できてからだ』と迫ってきて、先にシステムをつくらせるが、実際には気に入らない部分があると契約してくれないことがある」と話す。
これに加え、とくにローカル企業を相手にビジネスする際は、つねに売掛金の回収リスクが常につきまとうことを忘れてはならない。ローカル企業の経理担当者は、いかに支払いを遅らせるかが、自身の評価の一つの指標になっている。売掛金は一度には回収できず、すべてを回収するのに1年以上かかるのが一般的。納品前に大部分を支払ってもらうように契約する、支払いがなければシステムを停止できるように設定しておくなどの対策が求められる。
2、 “甘い話”には
裏がある
中国でITビジネスをしていると、ときに思いがけない案件が舞い込むことがある。例えば、取引のない日系ユーザー企業から問い合わせがあって、「これまで御社の競合にお願いしていたのだが、ベンダーの乗り換えを検討していて、御社を検討している」という案件だ。営業の手間をかけずに受注できる美味しいビジネスにも思えるが、大手SIer総経理のC氏は、過去の経験から「実際には、とても困難なプロジェクトで、スムーズに終わらないことが多い」と話す。なぜなら、もともと発注していたベンダーでは解決できなかったプロジェクトだからだ。請け負ったとしても結果的に不採算案件となる可能性があるので、慎重な判断が求められる。
ローカル企業向けの案件では、こんなケースもある。「御社の製品を試してみたい」と問い合わせがあり、トライアル版を提供したところ、しばらくたってから「本格的な導入はしない」との結論に至り、案件がクローズ。それで終わりなら問題はないのだが、実際には、最初から導入するつもりはなく、トライアル版を見本にして、自社内で同様のシステムをつくってしまう。「顧客の言いなりになってはいけない。中国では、正直者は食われる。顧客との間合いをよくみて、信頼できる相手なのかを見極める必要がある」とB氏は語る。
3 、“とりあえず”
提携に要注意
ユーザー企業だけでなく、中国では、地場のSIerやディーラーなどのパートナーとのつき合いにも注意が必要だ。ここでも想定外の出来事が起こる。
例えば、プロダクトの代理店契約。お互いがWin-Winの関係であることが大前提のはずだが、中国ではその関係性が日本と異なる場合がある。中堅SIer総経理のD氏は、「代理店の担当者が、『お前の商品を売れば、俺にどういうメリットがあるんだ』と平気で言ってくることがある。日本だと、『御社の売り上げ・利益が上がります』で解決するが、彼らの言う“メリット”は、それ以上のものを指していることが多い」と漏らす。また、日系ISV総経理のE氏は、「代理店契約は、形だけで実態が伴わないことがある。案件はもっていないのに、最初から卸値の話になって、通常のライセンス費が数十万元のところを、『数万元に値引きしてくれ』というところから始まる」と過去の体験を語る。
中国企業は、見込み案件が存在しないなど、案件がないにもかかわらず、“とりあえず提携”をする傾向がある。契約したものの、実際には、お互いに顧客を紹介してくれると思っていて、その後なんら発展がないというのはよくあるケース。手を組む前に、お互いの役割をしっかりと話し合う必要がある。
また、パートナー自体が変更することも。中国の地場企業では、実力のある特定のプレイヤー数人が、自身の人脈を活用して顧客を開拓していくことが多い。そのため、代理店契約をしても、特定の営業マンが転職した場合、製品を売ってくれなくなる。中堅SIer総経理のD氏は、「半年から1年の間に、代理店自体の組織がガラッと変わるので大変」と説明する。
一方で、特定の営業マンが転職先で再度、自社の商材を担いでくれることもある。ただし、この場合は新たに転職先と代理店契約を結ばなければならない。D氏は、「本社に報告すると、事情がわからない担当者からは、当然、『信頼のある会社なのか』という声が出てくる。この説得は大変だ。OKY(おまえが・来て・やってみろ)と思う」と吐き出した。
4、顧客紹介目的の
提携は成り立たない
中国で製品・サービスを拡販するために、パートナーを開拓する企業は多い。とくにローカルビジネスで政府や国有企業、大手金融機関などをターゲットとする場合、日系企業単体では事実上、取り引きが難しいため、地場企業との提携は重要視される。確かに、市場に精通する地場企業との提携は魅力的なのだが、こちらの都合で顧客を紹介してもらおうとしても、うまくいかないことが多い。
日系ISV総経理のF氏は、「日系ITベンダーには、手っ取り早く顧客を得るために、すでに顧客基盤のあるパートナーと手を組んでやろうとする傾向がある。しかし、自分で売り切れないものを他社に売ってくれと期待しても、実際に形にするのはすごく難しい」と話す。日本では実績が豊富な製品・サービスであっても、中国での実績がなければ、パートナーにとっても売り方がわからないし、販売できても、都度発生するトラブルには対応できない。これでは、上手くいかない。実際、ローカルビジネスでは、「現地の企業と提携していて、上手くいっている企業は思い浮かばない」との声が多い。他社の成功事例のなかに、自社の商材を売り込むようなやり方では、うまくいかないのだ。
中国は大きな市場だからといって、面的に開拓しようとするのではなく、まずは的をある程度絞って、自社で顧客を開拓し、勝ちパターンを地道につくることが重要だ。代理店にこだわる場合は、ただ顧客を紹介してもらうという態度では成り立たず、新しい地域、分野、サービスなど、これまでにないものを一緒につくり出して、お互いの強みを補完する関係になることが望ましい。
5、日本のプロダクトは
そのまま展開しない
日系ITベンダーは、日本にある既存の製品・サービスを、そのまま中国に展開することが多い。しかし、ISV総経理のG氏は、「既存の製品があるから、これを中国で横展開したらコストをかけないで市場を切り開けるというのは、甘い考えだ」と指摘する。
とくに、ローカル市場を開拓する際は、日本の製品そのままではうまくいかない。日本のITプロダクトは、中国ではブランド力も認知度もない。価格も高く、単純な価格競争に陥った場合、中国企業には勝てる見込みは非常に薄い。さらに、中国企業も力をつけてきたため、品質面でも日系製品は差異化を図りにくくなってきた。中堅SIer副総経理のB氏は、「昔とは違って、中国の企業はもはやモノには困っていない。日系ベンダーだけにしか提供できない製品・サービスはほぼない」と語る。
一方、ターゲットが日系企業の場合は、日本のブランド力や実績がある程度評価されることになる。それでも、現地化が進んでいる日系企業の場合、中国のプロダクトがコンペ相手となるケースが増えている。中国企業にはない競争力をプロダクトをいかに生み出すかがカギとなる。
6、サービスが
ローカル開拓の近道
競争力の高いプロダクトを生み出すにはどうすればよいのか。ただ単に、現地で開発すればよいというものではない。大手SIer総経理のH氏は、「いきなり製品を開発して、一気に売りだそうとしても、実際には徒労に終わることがある。なぜなら、ユーザーの声を反映できていないからだ」と過去を振り返る。
工場向けの機械販売で、ローカル企業の開拓に成功している日系製造業幹部のI氏は、「サービスの充実を図ることがカギだ」と指摘する。プロダクトの評価指標の一つに、QCDSがある。品質(Quality)、価格(Cost)、納期や入手性(Delivery)、対応やサポート(Service)の頭文字をとったものだが、日系ITベンダーの場合、品質・価格・納期では、中国ベンダーに勝つことが難しい。それならば、サービスで差異化を図るしかないというわけだ。
まずは、サービスを充実して、まずは少数の顧客と徹底的に深くつき合う。I氏は「目的はサービスで儲けることではなく、顧客のニーズをつかむことだ」と指摘。既存製品を中国向けにカスタマイズするにしても、新たに開発するにしても、自社内だけでは、それが本当にニーズにあうものなのか判断できない。ならば、生の声を吸い上げて反映していけばよいのだ。
最初につきあうべきは、成長余地の大きい分野のベンチャー企業。IT製品を導入して、経営を向上させたいというベンチャー企業と、ユーザーのニーズをつかみ、よりよいプロダクトを生み出したいというベンダーとの間でWin-Winの関係になりやすい。
中国市場で競争力をもつプロダクトは、一朝一夕ではつくれない。時間をかけて、ローカル企業を理解してこそ、初めて生み出すことができる。日系ベンダーには、そのための時間と投資を行う覚悟が求められる。
その観点に立てば、「手離れよく販売できる」代理店販売は得策とはいえない。手離れがよいということは、それだけサポートが手薄になることを意味する。つまり、重要な要素である顧客を知る機会が減ってしまうのだ。
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