さまざまな業界で叫ばれる東京一極集中の問題は、IT業界でも同様だ。しかし、地方でも特色のある取り組みが生まれていることを忘れてはいけない。新潟県では、酒造りや積雪の観測、ものづくりにITを活用し、地域の特性を生かして新たな商機を狙う動きが生まれている。現場の最前線から、新潟の最新IT事情を紹介する。(取材・文/廣瀬秀平)
国内有数の酒どころで
芽吹く新たな動き
新潟県の玄関口・JR新潟駅の駅ビルに、一風変わった施設がある。施設の名称は「ぽんしゅ館新潟駅店」。500円で新潟県内の清酒5種類が飲み比べられるため、日中から観光客の人気を集めている。
新潟県は、国内有数の酒どころとして知られている。国税庁がまとめた2015年版の統計年表によると、清酒の製造免許場は97で、全国で最も多い。
ぽんしゅ館には現在、県内93の酒蔵が造った清酒が並んでいる。そのなかで、酒造りにITを利用し始めた酒蔵がある。佐渡島の「尾畑酒造」(新潟県佐渡市)だ。
佐渡島は、新潟市から超高速船のジェットフォイルで約1時間の位置にある。かつては世界最大の産出量を誇っていたとみられる金山や、特別天然記念物のトキが有名で、伝統文化と豊かな自然を大きな魅力とする。
尾畑酒造は、1892年に創業した。以来、酒造りに欠かせない米や水、人に佐渡の風土を加え、四つの宝の和をもって醸す「四宝和醸」をモットーにしている。
同社のIT導入は、市内の廃校を利用して14年にスタートさせた「学校蔵プロジェクト」の一環だ。
同プロジェクトは、「酒造り」を中心に、「学び」「交流」「環境」の四つを柱に設定。特別授業や仕込み体験、自然エネルギーの活用といったユニークな取り組みを展開し、全国から多くの人を集めている。
尾畑酒造
平島 健
社長
同社の平島健社長は、「酒造りのような伝統産業は、どうしても『手づくり』や『変わらないつくり方』がいいといわれることが多い。しかし、ITを使うことで、今までよりもすぐれたものが生まれる可能性がある。何もせずに否定するべきではない」と導入を決めた理由を説明する。
酒造りセンシングに
かわいいロボットも
同社は17年7月から、NTT東日本の農業用センサを改良したセンサを学校蔵に取り入れた。酒の出来栄えを左右する「麹」や「もろみ」の温度などを15分おきに24時間毎日測定し、クラウドに蓄積する仕組みだ。
尾畑酒造が導入したセンサ(同社提供)
同社によると、酒造りでは「一、麹。二、もと。三、造り(もろみ)」という言葉がある。麹やもろみをつくる作業は、最終的な品質に関わる重要な工程となる。
そのため、平島社長は、「常日頃から、あたりまえのように温度などは計ってきたが、より詳細にデータを取っていくことで、今までわからなかったことに気づくかもしれない」と期待する。
センサ設備のほかに、同社が導入したのが「モロミ君」と名づけたロボットだ。身長28cmの大きさで、学校蔵の1年生という設定。従業員らに対して「僕の名前はモロミ。特技はもろみや麹室の温度を伝えること」などと可愛らしい声で語りかけてくれる。
尾畑酒造の学校蔵に入学したロボット「モロミ君」(同社提供)
「ITというと、なんとなく固いイメージがある。温かみをもたせるためのコミュニケーションツールとして、学校蔵に入学してもらった」と平島社長。モロミ君には現在、センサで収集したデータを読み上げたり、設定温度を超えた場合の警告を伝えたりする役割を担ってもらっているが、「将来的には、もっといろいろな機能を追加してほしい」と、さらなる“成長”を願っている。
新たな歴史を
積み上げるために
尾畑酒造が先進的な取り組みを進めるのは、「まったく同じことを続けるのではなく、もともとあったものを、さらに発展させていくのが伝統」(平島社長)との考えがあるからだ。
センサ設備やモロミ君の導入後、初めての酒造りでは、自宅などの離れた場所からデータの確認ができることをメリットとして確認した。さらに、次の酒造りでは、二酸化炭素センサを新たに追加し、もろみタンクの発酵状況に関するデータ収集を始める。
平島社長は、「昔は杜氏の勘に頼っていた温度管理が、温度計によってデータとして蓄積できるようになった。より精度を上げて、さらに今まで計っていなかった二酸化炭素も計測し、出来上がったお酒を評価することで、われわれの取り組みに意味があったかがわかる」と説明する。
そのうえで、「時間はかかるが、データの蓄積方法や分析などの細かい使い方については今後、しっかり検証し、酒造りにセンシング技術が生かせるかを検討していきたい」と話す。先人から受け継いだ伝統を大切にしながら、新たな歴史を積み上げるために、今後も挑戦を続けるつもりだ。
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