2019年8月23日午後、「Amazon Web Services(AWS)」東京リージョンで大規模な障害が発生した。東京リージョンの一部のアベイラビリティゾーンで「Amazon EC2」などが停止。サービス復旧までには10時間ほどかかり、その間、AWSを利用していた決済サービスやオンラインゲームなどが利用できない状況も発生した。
今回のAWSの障害を受け、クラウド利用の際のビジネスの継続性について、改めて注目が集まっている。ビジネスの継続性を高めるには、パブリッククラウドが用意している多重化や冗長化の仕組みで可用性を高める工夫がまずは必要だ。加えて、他のパブリッククラウドも活用するマルチクラウドが必要という声もある。近年、マルチクラウドはIT業界の新たなキーワードとなっている。災害対策などのためにも、マルチクラウドの利用は本格化するのだろうか。(取材・文/谷川耕一)
「マルチクラウド」方針はAWSを追いかけるクラウドベンダーから
大手クラウドベンダーのうち、グーグルやIBM、オラクルが今後のクラウド戦略として「ハイブリッドクラウド」「マルチクラウド」を掲げている。グーグルはハイブリッド/マルチクラウドのプラットフォームとなる「Anthos」を提供。KubernetesベースのAnthosを使用することで、アプリケーションを変更することなく、オンプレミスのインフラや「Google Cloud」、他社パブリッククラウドでもアプリケーションを実行できる。
IBMは、Kubernetesベースのコンテナ化アプリケーションプラットフォーム「OpenShift」を、レッドハット買収で手に入れた。IBMでは「Watson」のような独自技術、自社で扱う全てのミドルウェアをOpenShiftに最適化すると表明している。これにより、IBM Cloudはもちろんオンプレミスや他社クラウドサービスの上でも、OpenShiftベースのアプリケーションを動かせるようにする。
オラクルはマイクロソフトとの関係を強化、マルチクラウド注力へ
また、かつてはライバル関係にあったオラクルとマイクロソフトは、今年6月にクラウドビジネスで新たな協業を開始すると発表。両社のパブリッククラウド「Oracle Cloud」と「Microsoft Azure」の各データセンター間を直接接続した。この連携では、単にクラウドデータセンター間をネットワークで相互接続しただけではなく、IDの相互運用も可能にし、クラウドサービスをまたがったシングルサインオンも実現している。
マルチクラウドのパートナーとして、オラクルはなぜマイクロソフトを選んだのか。「Oracle Cloud Infrastructure」の製品担当バイスプレジデントであるヴィネイ・クマー氏は次のように語る。「マイクロソフトを選択することはシンプルな決断だった。マイクロソフトもオラクルも、20年以上にわたりエンタープライズの顧客を対象にビジネスを行っている。ほとんど全ての顧客がオラクルだけでなくマイクロソフトの製品も利用しており、顧客を中心に進めようとすれば、マイクロソフトとの協業は必然だった」
例えば「JD Edwards」などのオラクルのERPアプリケーションは、オンプレミスのWindows環境で動いているものが多い。それらをクラウド化する際に、アプリケーション部分はMicrosoft Azureで動かし、データベースはOracle Cloudで動かすような構成も今回の協業では可能となる。
双方のデータセンター間が直接接続されていることに加え、低レイテンシーでアクセスできなければ、マルチクラウドでのストレスのないアプリケーション運用はできない。そのためOracle CloudとMicrosoft Azureの相互接続を実現するには、両社の物理的なデータセンターの間の距離が短いことが必須だ。
日本オラクルのケネス・ヨハンセン執行役CEO
「データセンター間のネットワークの帯域幅が広ければ、Microsoft Azureとは相互接続できる。日本でもこの相互接続はぜひやりたいと思っている」と話すのは、日本オラクルのケネス・ヨハンセン・執行役最高経営責任者(CEO)。すでに日本でも相互接続の可能性は検討しているという。
現状は、それぞれのクラウドサービスの上で、特定のソフトウェアがサポートの問題などで十分に動かせないこともある。そういったものは適切に利用できる環境で動かし、相互接続で一つのシステムとして使えるようにするのが今回の協業だ。それに加えOracle Cloudでは、「Microsoft SQL Server」や「Windows Server」を正式にサポートすると発表した。オラクルが最も重視するデータベース領域でマイクロソフトを受け入れることに、マイクロソフトとのマルチクラウド戦略の本気度がうかがえる。「このような取り組みで、クラウド移行の際の顧客の制約条件が一つなくなるだろう。オラクルとマイクロソフトの協業については、日本市場でも大きな可能性を秘めていると思う」とヨハンセンCEOは話している。
クラウドベンダー同士の協業がカギに?
AWSが先行した初期のクラウド市場では、ユーザーの要望に合わせてどのパブリッククラウドを選ぶべきかが重要だった。それが最近では、それぞれのクラウドサービスから必要なものを適宜選択し、それらをどう組み合わせて使うべきかが重視されるようになってきている。これがまさに、マルチクラウドの活用ということになる。
確かに、コンテナや仮想化技術を利用すれば、ポータビリティーの高いアプリケーションの実行環境が実現できる。Azureで動いていたものをAWSに移したり、パブリッククラウドで動いていたものをプライベートクラウドに戻したりすることも可能だろう。しかし技術的にできることと、実際にマルチクラウドの形でリスクや課題なく運用できるかはまた別の話。特にミッションクリティカルなアプリケーションをセキュリティリスクなしに、マルチクラウド環境で高い可用性で運用するのはそう簡単ではない。
そう考えるとクラウドベンダー同士が手を結ぶオラクルとマイクロソフトのような協業がなければ、なかなか上手くいかないだろう。現時点で本番運用を見据えたマルチクラウド環境としては、そういったアプローチが現実的なのかもしれない。
[次のページ]クラウドベンダーのマルチクラウドへの取り組み