Special Feature
いま注目すべきエマージングテクノロジー 事業の種を探し大きな波を待て
2021/09/23 09:00
週刊BCN 2021年09月20日vol.1891掲載

ビジネスの基盤としてのITには、多くの場面で、安定的な運用が可能であることや導入効果がある程度実証されていることが求められる。その意味で、法人向けIT市場のメインストリームは“枯れた”技術に支えられている。他方、ビジネスとITの距離はどんどん近くなり、もはやテクノロジー活用の在り方がビジネスの優位性に直結するようになっている。先進技術を生かしたディスラプターが高頻度で現れ、テクノロジーの革新が市場そのものを大きく変える構図がこれまで以上にさまざまな産業分野で見られるようになるだろう。そう仮定すると、本格的な社会実装に至っていない新しい技術(エマージングテクノロジー)にも目配りしなければ、将来にわたってITベンダーが顧客に価値を提供し続けるのは難しい。注目すべきエマージングテクノロジーの現状を追った。
(取材・文/藤岡 堯)
週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。
量子力学の原理で高速計算を実現
まずは量子コンピューターの基礎をおさらいする。量子コンピューターは原子や分子などの肉眼で確認できない世界で起こる物理現象を扱う「量子力学」の原理を用いて計算を行う。具体的には、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった現象を利用するが、詳細を理解するのはなかなか難しい。まずは、量子力学的な現象を用いることで、従来のコンピューターを凌駕する高速計算が可能となることがつかめればよいだろう。量子コンピューターの計算手法には、大きく分けて「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の二つがある。量子ゲート方式は計算回路を作って問いを解く手法で、従来型のコンピューターの上位互換として汎用性が高いとされている。量子アニーリング方式は、膨大な組み合わせから最適なものを抽出する問題に特化した計算方法で、問題を「イジングモデル」と呼ばれる数式に置き換えて解く。
応用が見込まれる領域も量子ゲート方式は幅広い。ディープラーニングの高度化や金融商品のリスク評価、より広範なデータを取り込んだマーケティングなどが有望だとされる。量子アニーリング方式は前述の通り、組み合わせの最適化を専門としており、交通渋滞や混雑の解消、効率的な物流ルートの探索などでの利用が期待できる。
量子コンピューターの基本を整理したところで、次はビジネスへの実用性や将来性を考えていこう。量子コンピューターのソフトウェア開発キット(SDK)やSDKをベースとしたクラウドシステムを展開するベンチャー企業であるblueqatの湊雄一郎社長に話を聞いた。
ビジネスの実用性現時点では「ゼロ」
現時点において、量子コンピューターそのものがどれだけビジネスとしての価値を生み出せるのか。この質問に対し湊社長は「ゼロ」と断言する。つまり、今の段階では量子コンピューターはビジネス利用に耐えないということだ。湊社長によると、3~4年ほど前までは従来型のコンピューターと量子コンピューターを組み合わせて計算するハイブリッド型でビジネス展開を目指す企業が主流だった。当時は21年にも実用化できるとの見方が広がっていたが、20年ごろになって、ハイブリッド型の実用性が低いことが明らかになってきたという。各社は戦略の変更を余儀なくされ、現在は「仕切り直し」(湊社長)といった状況だ。
ただ、今年に入り、米金融大手のゴールドマンサックスが、5~10年後の量子コンピューターで利用可能になるとみられる金融計算のアルゴリズムを発表し、グーグルも29年には実用的な量子コンピューターを完成させる目標を示している。ソフトウェアビジネスにおいては、ひとまずのメルクマールを29年前後に据える企業が増えてきているようだ。
一方でハードウェア開発は投資が急拡大している。海外では数百億円規模のキャッシュを有するメガベンチャーも現れ、日進月歩の勢いで技術開発に取り組む。IBMやグーグルなどの大手も含め、どこがハードウェアの覇権を握るかは誰にも分かっていない。
湊社長によると、世界的には量子ゲート方式が主流となりつつあるが、ゲート方式を支える技術については、超伝導やイオントラップ、光量子など多様な選択肢がある。これらもどれが優れているかは今の段階では見極めが難しい。また、まずはハードウェア開発で先行しているアニーリング方式を推す声も根強く、この点も今後の展望が難しい要因となっている。
ビジネスモデルは従来と変わらず
約10年後に実用化のめどがついていたとして、量子コンピューターのソフトウェアビジネスはどう展開されていくのだろうか。結論から言えば「今とそれほど変わらない」(湊社長)。つまり、顧客に必要となる機能を備えたアプリケーションを開発し、その導入方法や使い方をコンサルティングしながら販売する。保守・メンテナンスの事業もあり得るし、アルゴリズムの開発も考えられる。ただ、ハードウェアが違うだけ、ということだ。また、ソフトウェアを開発する企業の販売パートナーとして立ち回ることも可能だ。現時点で量子コンピューターのソフトウェアを手掛けるのはベンチャーが大半を占める。一般的に、ベンチャーは営業体制も弱く、強固な販売網も有していない。ここに既存のSIerやディストリビューターが活躍できる余地がある。実際、blueqatでも販売代理店として取引したいとの相談が増えているという。
短期で一喜一憂せず冷静な視点を
では、来る実用化時代に向けて、SIerやディストリビューターはどう準備すべきか。「勉強して、どこに事業の種があるか検討する」ことが重要だと湊社長は強調する。大手のクラウドサービスでは、すでに量子コンピューターを利用できるようになっている。まずは触れてみて、どのようなものかを把握することから始めてみるといいだろう。ただ、すぐに利益が見込めない以上、長いスパンで投資を回収するという覚悟も必要だ。湊社長は「3年目ぐらいで我慢できなくなる会社が多い。盛り上がっているから(量子コンピュータービジネスへ)行こうとすると痛い目をみる」と指摘する。情報をキャッチアップし続け、大きな波が来たときに素早く乗れるようにしておくことが肝要だ。「先行逃げ切りは無理。中距離走となってきた」(湊社長)。新しい技術が登場すると、お祭りムードに乗せられて手を出し、短期間で利益につながらなければ撤退してしまうという動きも散見されるが、冷静に市場を見つめることが求められると言えよう。
大手企業が協議会設立 実装へユースケース研究
量子コンピューターを含めた量子技術の実装に向け、産業界も動きを加速している。9月1日には、東芝、日立製作所、NTT、NEC、富士通などのITベンダーと、トヨタ自動車や東京海上ホールディングス、みずほフィナンシャルグループなどユーザー企業の計24社が参画する「量子技術による新産業創出協議会」(Q-STAR:Quantum STrategic industry Alliance for Revolution)が設立された。部会を通じて、量子技術の応用可能性やユースケースなどを研究するほか、人材育成、実装に求められる制度の在り方なども検討する。運営委員長には東芝の綱川智社長CEOが就いた。
設立発起人
実用化がいまだ見通せない段階で産業界がまとまった背景には、半導体や液晶分野での苦い経験がある。いずれも技術的には日本が世界をリードしていたにもかかわらず、産業化のフェーズで他国のライバル企業との競争で水をあけられ「技術で勝って産業で負ける」ことを繰り返してきた。量子で同じ轍を踏まないためにも、早いタイミングからユーザー企業を巻き込み、世界で優位に立てるようにする狙いだ。今後は中小やベンチャーも含めて参画企業を拡大していく。
実働部隊のトップとなる実行委員長の島田太郎氏(東芝上席常務)は、同日開かれた設立記念シンポジウムで「(量子産業に関わる)さまざまな団体と一体となり、量子産業を高めていく。産業化を前に進めるための役割を果たしたい」と意気込んだ。現時点での実用性はともかく、将来を見れば、量子産業は確実に伸びる分野だとみられている。世界各国との競争に打ち勝ち、日本の産業界は実装への先鞭をつけることができるか、関係者の手腕が試される。
社会実装に向けた歩みを進めるブロックチェーン
幻滅期からの脱却はいつ?
15年頃からバズワード化し、インターネット以来の技術革新として注目を集めたブロックチェーンだが、その最たる実用例である仮想通貨も含め、メディアを賑わす機会はめっきり減った印象だ。米ガートナーは新しいテクノロジーやサービス、関連する概念などの成熟度や社会への浸透状況を「ハイプ・サイクル」として可視化しているが、日本法人のガートナージャパンが独自に発表している最新の「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル」(20年)で、ブロックチェーンは「幻滅期」に位置付けられた。幻滅期の定義は、「新たな技術が過度な期待に応えられず市場における関心が失われる時期」だ。
ただし、幻滅期を乗り越えた技術は本格的な普及期に移行する。ガートナージャパンは昨年秋の時点で、ブロックチェーンがIT市場のメインストリームで採用されるようになるまで2年~5年かかるとの見方を示していた。実際、既に活用例も徐々に出てきており、社会実装に向けた歩みは着実に進みつつある。
国もブロックチェーンの活用促進に向けて大きな関心を寄せている。デジタル庁の前身と言える内閣官房IT総合戦略室と新経済連盟が昨年9月から5回の「ブロックチェーンに関する官民推進会合」を開き、ブロックチェーンの技術開発や最新ユースケースの把握、本格的な社会実装に向けた課題の洗い出しに取り組んだ。日本ブロックチェーン協会やブロックチェーン推進協会など有力業界団体も参加している。
今年6月にはその報告書を取りまとめた。ブロックチェーン上でやり取りされたデータのトレーサビリティ機能や高い耐改ざん性、透明性を生かし、地方自治体の各種住民サービスにおける認証やサービス利用履歴の記録、農産物のトレーサビリティ、地域のヘルスケア情報の共有などに活用する例も出てきているという。また、今後の課題としては、官民を問わずブロックチェーンを活用したサービスの提供者に技術的理解やサービス/システムの設計ノウハウが不足していることを指摘。加えて、異なるブロックチェーン基盤同士の相互運用性(インターオペラビリティー)の確保やデータのオーナーシップの整理、ポータビリティの確保が必要であることなども提言している。
挙げられている課題は3~4年前とそれほど変わっていないように思えるが、幻滅期の出口は間近と見る識者も少なくない。量子コンピューターと同様に、商機をつかむには大波への備えが重要だ。

ビジネスの基盤としてのITには、多くの場面で、安定的な運用が可能であることや導入効果がある程度実証されていることが求められる。その意味で、法人向けIT市場のメインストリームは“枯れた”技術に支えられている。他方、ビジネスとITの距離はどんどん近くなり、もはやテクノロジー活用の在り方がビジネスの優位性に直結するようになっている。先進技術を生かしたディスラプターが高頻度で現れ、テクノロジーの革新が市場そのものを大きく変える構図がこれまで以上にさまざまな産業分野で見られるようになるだろう。そう仮定すると、本格的な社会実装に至っていない新しい技術(エマージングテクノロジー)にも目配りしなければ、将来にわたってITベンダーが顧客に価値を提供し続けるのは難しい。注目すべきエマージングテクノロジーの現状を追った。
(取材・文/藤岡 堯)
週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。
量子力学の原理で高速計算を実現
まずは量子コンピューターの基礎をおさらいする。量子コンピューターは原子や分子などの肉眼で確認できない世界で起こる物理現象を扱う「量子力学」の原理を用いて計算を行う。具体的には、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった現象を利用するが、詳細を理解するのはなかなか難しい。まずは、量子力学的な現象を用いることで、従来のコンピューターを凌駕する高速計算が可能となることがつかめればよいだろう。量子コンピューターの計算手法には、大きく分けて「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の二つがある。量子ゲート方式は計算回路を作って問いを解く手法で、従来型のコンピューターの上位互換として汎用性が高いとされている。量子アニーリング方式は、膨大な組み合わせから最適なものを抽出する問題に特化した計算方法で、問題を「イジングモデル」と呼ばれる数式に置き換えて解く。
応用が見込まれる領域も量子ゲート方式は幅広い。ディープラーニングの高度化や金融商品のリスク評価、より広範なデータを取り込んだマーケティングなどが有望だとされる。量子アニーリング方式は前述の通り、組み合わせの最適化を専門としており、交通渋滞や混雑の解消、効率的な物流ルートの探索などでの利用が期待できる。
量子コンピューターの基本を整理したところで、次はビジネスへの実用性や将来性を考えていこう。量子コンピューターのソフトウェア開発キット(SDK)やSDKをベースとしたクラウドシステムを展開するベンチャー企業であるblueqatの湊雄一郎社長に話を聞いた。
ビジネスの実用性現時点では「ゼロ」
現時点において、量子コンピューターそのものがどれだけビジネスとしての価値を生み出せるのか。この質問に対し湊社長は「ゼロ」と断言する。つまり、今の段階では量子コンピューターはビジネス利用に耐えないということだ。湊社長によると、3~4年ほど前までは従来型のコンピューターと量子コンピューターを組み合わせて計算するハイブリッド型でビジネス展開を目指す企業が主流だった。当時は21年にも実用化できるとの見方が広がっていたが、20年ごろになって、ハイブリッド型の実用性が低いことが明らかになってきたという。各社は戦略の変更を余儀なくされ、現在は「仕切り直し」(湊社長)といった状況だ。
ただ、今年に入り、米金融大手のゴールドマンサックスが、5~10年後の量子コンピューターで利用可能になるとみられる金融計算のアルゴリズムを発表し、グーグルも29年には実用的な量子コンピューターを完成させる目標を示している。ソフトウェアビジネスにおいては、ひとまずのメルクマールを29年前後に据える企業が増えてきているようだ。
一方でハードウェア開発は投資が急拡大している。海外では数百億円規模のキャッシュを有するメガベンチャーも現れ、日進月歩の勢いで技術開発に取り組む。IBMやグーグルなどの大手も含め、どこがハードウェアの覇権を握るかは誰にも分かっていない。
湊社長によると、世界的には量子ゲート方式が主流となりつつあるが、ゲート方式を支える技術については、超伝導やイオントラップ、光量子など多様な選択肢がある。これらもどれが優れているかは今の段階では見極めが難しい。また、まずはハードウェア開発で先行しているアニーリング方式を推す声も根強く、この点も今後の展望が難しい要因となっている。
この記事の続き >>
- 量子コンピューターのソフトウェアビジネスの展開は? 短期で一喜一憂せず冷静な視点を
- 大手企業24社が参画する「量子技術による新産業創出協議会」が設立 実装へユースケース研究
- 社会実装に向けた歩みを進めるブロックチェーン 幻滅期からの脱却はいつ?
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