大手通信キャリア3社は主力の通信事業に加えて、新たな成長領域として法人向けのDX支援事業に注力している。通信インフラと豊富な顧客接点を生かし、企業の課題解決につなげる方向性は共通だが、“共創”の場をつくり新しいビジネスを生み出したり、業界特有の共通課題を解決するプラットフォームを立ち上げたりと、取り組みにはそれぞれ特色がある。NTTコミュニケーションズ(NTTコム)、KDDI、ソフトバンクに、DX支援事業の戦略を聞いた。
(取材・文/堀 茜)
NTTコミュニケーションズ
「OPEN HUB」から生まれる新規事業 顧客企業のビジネスの先まで伴走
2022年にNTTドコモ傘下となり、グループの法人向け事業を担当するNTTコムは、「ドコモビジネス」のブランドで事業を展開している。23年度の法人事業収益は1兆8000億円で、25年度には2兆円の達成を目指している。その成長をけん引するのが、顧客企業のDX支援事業だ。
NTTコムはDXを推進することで社会課題を解決し、これにより実現する持続可能な社会を「Smart World」と位置付け、生成AI、GX(グリーントランスフォーメーション)、IoTといった領域でパートナー企業などと共創を進める場として「OPEN HUB for Smart World」を21年に開設した。NTTコムの営業部隊やエンジニアら900人が所属。東京・大手町のオフィスにワークプレイスを設け、事業コンセプト考案のためのプログラムを提供したり、オウンドメディアで情報発信したりと多彩な活動を行っている。
NTTコミュニケーションズ 戸松正剛 部門長
代表を務める、ビジネスソリューション本部事業推進部の戸松正剛・マーケティング部門部門長は「ソリューションを生み出し、実装し、マネタイズしていくために、マーケティングのプログラムとしてOPEN HUBに注力している」と説明する。大企業を中心に多くの企業がパートナーとして参画し、協業による新規ビジネスが生まれている。NTTコムが目指す方向性は、「当社とパートナーのビジネス成功にとどまらず、その先のソリューションの利用者までDXの効果を波及させ、いい循環を生み出すこと」(戸松部門長)だ。
事例の一つに、農機具メーカーのヤンマーのグループ会社で食品事業を行うヤンマーマルシェとの協業がある。温室効果ガスの一つで、二酸化炭素以上に気候変動に与える影響が大きいとされるメタンガスは、国内の排出量の45%が水田から排出されているという。水田から水を抜くタイミングを調整することで排出量を抑制できるが、水田にIoT機器を設置し排出量を抑えるといった対策の提案だけでは、そのシステムを利用する農家に費用負担がかかり、広がりに欠けることが課題だった。
そこで、農家の水田に設置したIoTセンサーから取得する水位や気温などのデータを、NTTコムが提供するアプリケーションへ自動的に連携し、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が認証する制度「J-クレジット」に申請できる、一気通貫のシステムを構築した。農家はクレジット販売で収益を得られるメリットがある。さらに、収穫した米を、メタンガス排出を抑え環境に配慮したブランド米として付加価値を付けて販売。弁当として販売する業者を紹介するなど、ビジネスの広がりまで支援している。
戸松部門長は「社会課題解決は、1社で解決できるほど簡単なことではない」と指摘し、「新規事業の創出では、三つどもえで誰もが良くなるやり方を目指している。こういった事例を積み上げていくことで、中長期的に持続可能な社会を実現したい」とする。特定の業界に突出した知見を持った企業はDXの共創パートナーになり得るといい、そこにNTTコムの技術を掛け合わせることで、スマートシティーの共通基盤や建設機械の自動運転といった新たなソリューションも生まれている。
通信事業者としてDX支援に取り組む意義として、戸松部門長は「インフラ事業者だからこそ、大きな社会課題解決のために全体をマネジメントしていく役割を果たせる」と強調。パートナーとの協業拡大を図り、今後も業界特化型のソリューション開発に注力していく。
KDDI
DX支援の新ブランド「WAKONX」六つの領域で共通課題を解決へ
KDDIは24年5月、日本のデジタル化を加速させるための法人向けビジネスブランド「WAKONX(ワコンクロス)」を発表した。▽通信事業者として提供するネットワーク▽顧客基盤を背景とした豊富なデータ▽業界ごとのソリューション―の三つのレイヤーでサービスを提供し、全てにAIの実装を推進する。業界共通の課題解決にはWAKONXのアセットを活用してコストを抑え、より投資が必要な分野に注力することで、顧客企業のDXの加速を支援するというコンセプトだ。
新ブランド立ち上げの背景について、WAKONXの推進を担当するビジネス事業本部プロダクト本部の野口一宙・副本部長は、自動車メーカーと共同で取り組んだコネクテッドカーのプロジェクトで開発したグローバル通信プラットフォームの例を挙げる。これまで個別に顧客企業各社のDXを支援してきたが、そこで開発した通信プラットフォームを、1社だけが使うのではなく同業他社にも使ってもらうという事例があったことがきっかけだと説明。「共通資産として展開したほうが、業界にとって価値が上がるという判断が、ほかの業界でも増えてきた」という。新しい技術革新としてAIが登場したことも重なり、DXのスピード感を高める狙いもあってブランド化に至った。
WAKONXでは、モビリティー、リテール、物流、放送、スマートシティー、BPOの六つの領域でサービスを提供。KDDIがこれまでDX支援に取り組み積み上げてきた経験や知見が生かせる分野で展開していく。すでにソリューションの提供が始まっている領域の一つが、物流だ。労働人口減少や残業時間の上限設定などによるドライバー不足といった「2024年問題」に直面する物流業界は「まさに協調領域で、個別企業では解決できない問題を抱えている」(野口副本部長)。搬送システムを手掛ける椿本チエインとKDDIの合弁会社であるNexa Wareが8月、物流倉庫向けデータ分析サービスの提供を開始した。
またBPOでは、KDDIと三井物産が共同出資しコンタクトセンター事業を行うアルティウスリンク、大規模言語モデル(LLM)開発のELYZAと共同で、コンタクトセンター業務特化型LLMアプリケーションを開発。9月3日からアルティウスリンク提供のコンタクトセンター向けサービスの標準機能として提供している。
KDDI 野口一宙 副本部長
二つのソリューションに共通するのが、実際の現場で試し、生産性向上などの実証を行った上でサービスを開始している点だ。物流倉庫向けデータ分析サービスは、スマートフォンなどの製品を店舗や個人に発送するKDDIの物流センターで試験導入し、データ可視化により、出荷に至るまでのプロセスの進捗を把握できるようになったことで、1.4倍の作業効率化を実現。コンタクトセンター向けLLMも、一般提供を前に、現場のやり方にあった試行をアルティウスリンクで実施した。野口副本部長は「グループ内で現場を持っており、実際に運用するためのチューニングができる点は、お客様に安心して導入いただける強みの一つだ」とアピールする。
ソリューションの販売に関して、野口副本部長は業界ごとの商流や特徴があるとして「パートナー経由も含めさまざまな販路を柔軟に考えている」という。導入事例を増やし、生産性向上など効果が出る企業が増えていくことで、WAKONXの価値も上がっていくとして、「業界共通の課題を解決し、個別企業の成長を支援するDXのプラットフォームとしてWAKONXを成長させていきたい」と展望する。
ソフトバンク
個社の課題解決にフォーカス 最適提案のための調査手法を“型化”
ソフトバンクでは、法人事業においてDXを2軸で展開している。DX本部が社会課題の解決といった大きなテーマからアプローチして新規ビジネスの創出を担当。一方で、企業に深く入り込み、個別のDX支援にフォーカスしているのが、デジタルエンジニアリング本部だ。個別のDX支援は、売上高1000億円以上の企業がメインターゲットで、年間600~700社に対応。毎年10%以上の伸びが続いている成長領域だ。同本部の中里一臣・本部長は「通信事業者として、デバイスまですぐに提供できる点が、お客様の課題解決に大いに役立っている」と説明する。
ソフトバンク 中里一臣 本部長
幅広い業種の企業からDXの相談が寄せられる中で、特に成果が出ている業界が、小売り、製造、建設。共通しているのは、紙ベースで仕事を行っている現場が多く残り、スマートフォンなどを使ったデジタル化が効率化のベースになっている点だ。
小売りでは、店舗業務をいかに最適化するかが求められる。共通の悩みは、人手不足や作業の属人化だ。この解決のため、気象や人流データから来店客数を予測する同社のAI需要予測サービス「サキミル」を活用し、従業員の勤務シフトを最適化するといった方策が一案になるが、前提として、個別の企業の理解が欠かせない。ドラッグストアで導入した事例では、同社の営業担当者が現場に通い、店舗視察チェックシートや業務アセスメントシートなど、顧客理解のために“型化”した調査手法で顧客の課題を把握。投資対効果を算出し、施策の有効性を数字で示すことで、最も効果が高い業務の改善のために最適な専用端末やスマホの導入を提案した。ソリューションによる効率化の効果を定性評価していることも評価されて好評だという。
製造業の事例では、自動車製造の現場にまずスマホを導入し、紙の帳票をデジタル化。完成した製品の物流オペレーションでは、工場の出荷時から販売店までの配送状況を可視化するため、製品にRFIDタグを付与し、物流統合基盤で位置情報などを把握できるようにした。システムを使う社員がプライベートでも使い慣れたスマホをUIとすることで、取り入れるハードルを低くし、業務のスムーズなデジタル化につなげている。
また、建設現場では、高層ビルの建築時に、10階以上の高さだとスマホの電波が届かず、通信が利用できないため、現場の情報連携に紙が使われているのが課題だった。工事現場にLAN環境や衛星ブロードバンドサービス「Starlink」を活用したネットワークを構築し、オンラインでスムーズなコミュニケーションが図れるよう提案。ショベルカーなどの建設機械に、高精度測位サービス「ichimill(イチミル)」を組み合わせることで、遠隔操作できるようにする取り組みも進めているという。
中里本部長は「当社の営業は、こんな課題を何とかしたいというお客様の声に絶対にノーと言わない。現場を把握した上で最適なDXの方法を提案している」と顧客ごとに寄り添った対応が強みの一つとする。課題解決に必要なソリューションは自社が持つものだけでなく、幅広いITベンダーが提供するソリューションも取り入れて提案している。「ソフトバンクに相談すれば、何か解決策を持ってきてくれる」(中里本部長)という対応を目指し、取り扱うソリューションは日に日に増えているという。個別の支援の先に、業界ごとに、バリューチェーン全体のデジタル化も目指しており、「目の前の課題を解決しながら業界全体の課題解決までつなげる役割を果たしたい」と前を見据える。