企業や自治体が構築し、特定の地域や施設内に高速な通信環境を提供するローカル5G。通信キャリアのトラブルや混雑の影響を受けず安定した通信が可能で、セキュリティーも高いなどメリットがある一方、利用に際して個別に免許を取得する必要がある上、ネットワークの構築や運用にかかる費用が高額なこともハードルとなり、普及が妨げられてきた部分もある。ローカル5Gによって得られる価値を明確化し、導入しやすい製品によって市場を切り開く動きを紹介する。
(取材・文/堀 茜、大向琴音)
NTTコミュニケーションズ
ドコモの設備活用でコスト低減 製造工場や駅などに提案
NTTコミュニケーションズ(NTTコム)は3月25日、NTTドコモの設備を共用することで、冗長性と保守性の高いローカル5G網を低コストで確保できる「ローカル5Gサービス TypeD」の申し込み受付を開始した。ドコモの5G通信設備の一部を使用しながら、ユーザーの拠点には無線装置(RU)とアンテナのみ新規に設置する形態とし、従来のローカル5Gサービスよりも導入しやすくした。提供開始から約1カ月で、製造・物流・交通分野を中心に30件超の問い合わせが寄せられているという。
同社は、法人向けネットワークコンサルティングサービス「docomo business プライベート5G」において、企業にローカル5Gの構築を提案してきた。機器から運用までがパッケージ化された「サービスタイプ」から、柔軟にカスタマイズ可能な「オーダーメイドタイプ」まで要件に応じた複数の形態を用意しているが、実績の大多数はPoCにとどまり、商用導入に至ったのはプロジェクト全体の22%となっている。
ローカル5G市場の現状について、プラットフォームサービス本部5G&IoTサービス部5Gサービス部門の岩本健嗣・部門長は「ローカル5Gの市場全体が、当初の見立てより3、4年遅れている」と解説する。広がりに欠ける理由は「コストの面でROIが成立しにくい」(岩本部門長)点だという。同社では、機器の購入や工事費などの導入コストに加えて、保守などの運用コストがかさむ点がハードルになっていると分析。加えて、商用導入に耐えうる設備の冗長化と保守体制が求められているとした。
NTTコミュニケーションズ
岩本健嗣 部門長
こういった課題を解決するサービスとして、NTTコムのネットワークへの接続に特化したローカル5G通信を提供する、ローカル5Gサービス TypeDを開始した。通信キャリアであるドコモのキャリアネットワークに用いられる設備を共用し、NTTコムのゲートウェイを経由して顧客のデータセンターやクラウドと接続する。これにより、コストを抑えながら設備はキャリアレベルの冗長性を担保。また、全国各地のドコモの保守要員が、TypeD向けにも24時間365日体制で保守サービスを標準提供する。
顧客の施設内に交換機やデータ/無線信号の処理装置などを設置する必要がなくなり、従来の構成と比べ設置スペースを9割程度削減できるのも特長。また、ローカル5Gの構築・運用にあたっては利用事業者が免許を取得する必要があり、この点が普及の足かせになっていたが、このサービスではNTTコムが免許人となるため、ユーザーによる各種申請手続きが不要なのもメリットだ。
RUの利用代金なども含んだサブスクリプションサービスとして展開し、料金は最小構成で月額50万円から。想定する利用シーンとして、製造業の工場、大規模なターミナル駅、スポーツイベントなどを開催するスタジアムを挙げた。岩本部門長は「導入のハードルを下げることでローカル5Gの市場を広げていきたい」と展望。ローカル5G市場におけるネットワークインフラサービスのシェア30~40%にあたる、数十億円規模の売り上げを目標とするとした。
ソニーワイヤレスコミュニケーションズ
エンタメ向けにフォーカス SaaSのように導入しやすく
ソニーの100%子会社で、ローカル5Gソリューションを展開するソニーワイヤレスコミュニケーションズは、法人向けサービス「MOREVE(モアビ)」を2023年から提供している。ソニーグループが持つエンターテインメント領域での強みにテクノロジーを掛け合わせた新たな感動体験の提供を目指し、エンターテインメント向けに特化したサービスとしており、音楽やスポーツイベントなどの会場で活用が進んでいる。
モアビは、スタジアムやアリーナなどの施設管理者向けと、施設を利用するイベント主催者向けの二つのプランを展開する。施設管理者向けには、基地局の設置などローカル5G回線の通信インフラ整備サービスを提供。施設利用者向けには、基地局を設置済みの施設において、イベント開催時などにローカル5Gを活用したソリューションを提供している。
同社のサービスは、ローカル5Gによって何が実現できるかという点にフォーカスし、顧客の課題解決に役立つ要素をパッケージとして提供している。大規模イベント時には、数万人が1カ所に集まり、グッズやフードの販売が行われるが、ネットワークが不安定で店舗の決済端末が動かず、機会損失につながるというイベント主催者の悩みがあった。
そこで同社は決済端末業者と協業し、ローカル5G環境構築に加えて、決済端末のレンタルも含めてイベント主催者に提供。数万人規模のイベントでスムーズに商品の販売ができるようになったことで売り上げが最大で2割上がるなど高い効果が確認され、多くのイベントで採用されている。湾岸部などのモバイル通信が届きにくいエリアの施設では、数週間にわたるイベント用にローカル5G網を常設している事例もある。屋外で来場者向けにフリーWi-Fiスポットスペースを簡易的につくったり、リモートの映像配信に活用したりといったかたちで活用されている。
ソニーワイヤレスコミュニケーションズ
木村貴行 部長
事業部門事業開発2部の木村貴行・統括部長は「ペインのあるところに、特効薬としてサービスを提供している。ネットワークという意味ではキャリア5G、光、Wi-Fiはすべて競合だが、用途を明示することでローカル5Gという四つめの選択肢を提示している」と説明する。フルマネージドサービスで、総務省へ届け出る免許は同社が取得。「SaaSと同じように使っていただける」(木村部長)と導入しやすさをメリットとして挙げる。
提案時には、「一度使ってみてください」と試験利用を促すことで、利便性を実感し、本格利用につなげている。「サービスのメリットがコストを上回ると評価されている」と、コスト面でも多くの顧客に受け入れられているという。現状の販売は直販のみで、代理店販売も検討しているが「ソリューションありき(で提供しているサービス)で、フォーマット化するのは難しい」と分析する。グループ内のソニーマーケティング経由で案件が決まるケースも多いとする。
同社は販売の方針として、ローカル5Gに何を組み合わせて提供すれば顧客の求める利用方法を実現できるかという軸でサービスを拡大していくと説明。木村部長は「低遅延などローカル5Gの特性を生かした専用アプリケーションの開発にも取り組んでいきたい」と展望する。
双日テックイノベーション
既存のネットワークと統合しWi-Fiのように利用可能
双日テックイノベーションは、米Celona(セロナ)の販売代理店として、セロナのローカル5Gソリューションを2024年6月から国内企業向けに提供している。これまで、国内ではさまざまな企業がローカル5GのPoCを実施してきたが、双日テックイノベーションによると、ローカル5Gの本格的な導入は海外と比較して遅れている現状があるという。要因として、既存のローカル5Gはシステム構成が複雑なことが挙げられる。このためにコストが高くなってしまっているのに加え、運用の負担も大きい。PoCのフェーズでベンダー側がローカル5Gを構築し、動作することが確認できても、ユーザー企業側に運用できる人材がいないため商用導入に踏み切れないというケースもある。
同社ではこれらを解決できる点をメリットとして、セロナ製品を販売している。セロナの「Celona 5G LAN」は、ユーザー企業のIT管理者による運用を前提としており、Wi-Fiを運用したことがある担当者であれば取り扱えると説明する。これを可能にしているのが、企業が有する既存のネットワーク環境とローカル5Gを統合する機能を実装していることだ。既存の企業LANと別に、ローカル5G用の新たなネットワークを構築する必要がないため、コストも抑えることができる。セロナの特許技術である「マイクロスライシング」を搭載しているのも特長で、アプリケーションを自動で認識して帯域を割り当てることができるので、従来のように、ポート単位やSIM単位で帯域を設定する面倒な作業がなくなるという。
双日テックイノベーション
畑 和之氏
双日テックイノベーションにはセロナ専任のエンジニアが在籍しており、品質管理や保守サポートのサービスを日本語で用意している。セロナのソリューションは国際的な法令に対応しているが、無線技術の法規制は各国で異なっており、日本独自の基準も存在する。双日テックイノベーションのネットワークインテグレーション事業本部事業推進部二課の畑和之氏は、「日本の基準をクリアしなければならないとなった際は、きちんと(顧客に)説明し、対応すべきところについては当社が開発を行い担保している」と説明する。
販売ターゲットは、小売りの倉庫や製造現場などを想定しており、これらの業種に向けてソリューションを提供している他社とのパートナーシップも視野に入れる。例えば、スマート倉庫を構築しているベンダーが自社の顧客にシステムを提案する際に、ネットワーク環境としてセロナのソリューションを併せて展開するといったように、ユースケースごとにローカル5Gが必要となる場面でパートナーと一緒に売っていくことが考えられるとした。
双日テックイノベーション
門馬 崇 課長
同社は、ソリューション自体の認知度を高めるためにまずは実績をつくり、横展開を目指す。ネットワークインテグレーション事業本部事業推進部二課の門馬崇・課長は、「われわれの事業もまだ立ち上がったばかりだが、パートナーシップを組んでくれる事業者がいれば、ぜひ声を掛けてほしい」と話す。