企業横断のデータ共有・システム連携を通じて脱炭素や循環経済の実現に役立てる日本版データスペース「ウラノス・エコシステム」に、SIerやソフトウェア開発会社、通信キャリアが積極的に関わってビジネスを伸ばそうとしている。ウラノスは経済産業省が推進し、欧州のデータスペースとの相互接続を念頭において設計。実用化の面では、欧州の規制に対応した自動車の蓄電池のトレーサビリティーの分野が先行しており、今後は社会インフラ管理など複数の企業が絡む領域や、化学や電気・電子といった業界ごとの規制対応などの用途で普及が期待されている。
(取材・文/安藤章司)
データスペースは「連邦型」
データスペースとは、特定の基盤にデータを集約・管理するのではなく、複数の組織がそれぞれで利用しているシステムをつなぎ、データを共有する仕組みである。ウラノス・エコシステムは、サプライチェーン全体での二酸化炭素の排出履歴を共有するといった欧州のデータ共有のあり方を参考に、日本でも同様のデータスペースを構築する取り組みとなる。
脱炭素を例に挙げると、企業単体で排出する二酸化炭素の量だけでなく、世界の自動車業界全体の排出量を取りまとめる際に、データスペースは各国のデータを共有する場としての役割を担う。
経済産業省
緒方 淳 室長
どこから資材を調達してどこへ販売したかなど個別企業のデータは各企業で保持しつつ、データスペースで開示する範囲を各企業の判断で決め、双方合意した相手とだけデータを共有できるのが最大の特徴だ。経済産業省の緒方淳・商務情報政策局情報経済課アーキテクチャ戦略企画室長は「“データ主権”を保ちながらデータを流通できる」と表現する。
特定の基盤上にデータを集約する「中央集権型」の共有の仕組みでは、一度出したデータは企業の手から離れてどこまでも共有されてしまう恐れがある。データスペースは「連邦型」で、各社がデータの管理権限を保持したままデータ交換が可能になる。従来のEDI(電子データ交換)などの仕組みにありがちだった特定の企業にデータが集まり、一度出したデータが際限なく共有されてしまう懸念を払拭する(図参照)。
ウラノスでの運用事例においては、自社から見てサプライチェーンの直前、直後に当たる、直接取引する関係の相手にのみ「双方合意の上で開示し、それ以外の会社からはデータの中身が見えないように」(津田通隆・情報経済課アーキテクチャ戦略企画室室長補佐)した上でデータを共有することが多いという。もちろん、これだけではデータの全体像は見えないものの、この前後のつながりをより広げていくことで、大規模なデータエコシステムが完成するわけだ。
経済産業省
津田通隆 室長補佐
NTTデータ
自動車の蓄電池 トレサビを運用
NTTデータは、自動車の蓄電池トレーサビリティーの用途でウラノス準拠のデータスペースを構築している。欧州の規制対応へのニーズから2024年5月にスタート。関連団体でつくる自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センターなどと協力して運営している。ほかにも「ドローンの運航予約、社会インフラ管理、自動運転支援などにウラノス活用が進んでおり、NTTデータも関わっている」(武田敦・第一公共事業本部パブリックサービスデザイン事業部部長)という。
NTTデータ
武田 敦 部長
欧州では自動車業界のデータスペース「Catena-X」(カテナエックス)をはじめ、航空機、化学、電気・電子などさまざまな業界でデータスペースの構築が盛んで、トレーサビリティーを通じて脱炭素や循環経済の実現に活用している。国内ではそうした仕組みが普及しておらず、欧州の規制に対応するかたちで、まずは「ウラノスを基に蓄電池トレーサビリティーが先行して立ち上がった」(松枝進介・第一インダストリ統括事業本部自動車事業部部長)経緯がある。Catena-Xとの相互接続実証も3月までに行っている。
NTTデータ
松枝進介 部長
NTTデータでは社会課題の解決に役立つ“デジタル公共財”の領域への進出を重視しており、ウラノスをデジタル公共財と捉えて積極的に参画。持ち株会社のNTTデータグループでは、3月にデータスペースの発展と社会実装の推進を目的とした国際的な専任組織を立ち上げている。26年までにデータスペースの専門家をおよそ200人体制に拡充し、データスペースのノウハウや相互運用性に関する知見を生かして、さまざまな企業や業界とともにビジネスを創出。「30年までに500億円規模の売り上げを目指す」(NTTデータグループの金子崇之・技術革新統括本部Innovation技術部部長)構えだ。
NTTデータグループ
金子崇之 部長
dotD
個別アプリ開発にチャンスあり
新規事業の創出を支援しているdotDは、ウラノス準拠の蓄電池トレーサビリティー構築プロジェクトに初期から参加している。欧州の規制対応に迫られる中、自動車業界が個別で対応していては重複投資が避けられず、日本の自動車業界の国際競争力を弱らせることにつながりかねない。こうした懸念を背景に「ウラノスは業界全体に影響が及ぶ公益性が高いプロジェクト」(小野田久視CEO)と位置づけ、dotDの人的リソースの3割近くを投じてプロジェクトを推進している。
dotD
小野田久視 CEO
ウラノス自体は公開されているオープンなアーキテクチャーであり、ユーザー認証やデータ主権といった基盤部分はどのベンダーでも構築することが可能であるが、その上で動くアプリケーションや業種ユーザー向けのITソリューションはITベンダー間の競争領域と位置づけられている。
dotDではウラノスと連動して動くアプリや接続ツールの開発、既存システムとのつなぎ込みなどを大きなビジネスチャンスと見ており、「ウラノスを利用する自動車会社向けのアプリ開発やSIは当社の自社事業として伸ばしている」(田中敦斎執行役員VP・オブ・エンジニアリング)という。
dotD
田中敦斎 執行役員
トレーサビリティーを巡る過去を振り返ると、取引情報が暴露されてしまう懸念から普及しづらい傾向が見られたが、“共有しても、中身は見せない”構造を持つデータスペースのウラノスであれば、「さまざまな業界で採用が進む」(小野田CEO)と期待を寄せる。脱炭素や循環経済に責任を持つことは、中長期的に企業価値を高めていく上で欠かせない要素になるのは間違いない」(同)とし、それを担保するのにウラノスは非常に有用だと説く。
NTTコミュニケーションズ
海外との相互接続の需要をつかむ
NTTコミュニケーションズはCatena-Xをはじめとした海外データスペースとの相互接続ビジネスを手がけている。相互接続に当たってはデータを共有する相手が本物かどうかを確かめるデジタル証明や、ユーザー認証の基盤を整備し、海外との安全な接続を可能にする必要がある。「どの国・地域のデータスペースとも接続できるようサービス開発に努めている」(境野哲・スマートインダストリー推進室/スマートシティ推進室兼務担当部長・エバンジェリスト)と、通信キャリアとしての強みを生かしたビジネスを展開している。
(左から)NTTコミュニケーションズの平野敏行主査、
境野哲エバンジェリスト、加藤晃久主査
データスペースを巡っては、まずドイツをはじめとする欧州で構築が始まり、蓄電池トレーサビリティーの規制対応で日本や米国、中国の自動車業界の会社が欧州のデータスペースに参加したり、相互接続したりする流れがある。日本では欧州のデータスペースとの相互接続が可能なウラノスが立ち上がっており、今後は日欧のさまざまな業界で構築されたデータスペース同士の相互接続の需要が本格化する見込みだ。米国は国が主導するデータスペースはなく、民間に委ねられているという。
通信キャリア視点で見ると、「今はインターネット普及の前夜に似ている」(平野敏行・スマートワールドビジネス部スマートインダストリー推進室主査)といい、通信規格が各国ごとに違う段階だと指摘。ほぼ全ての通信がインターネット・プロトコル(IP)に集約されたように、データスペースの規格もいずれ集約され、運用については「各国・地域、業界ごとにルールが整備されていくだろう」(同)と話す。
持続可能な発展を続けるには、脱炭素や特定有害物質の排除、農産物の産地証明など国や地域をまたいで追跡が可能なトレーサビリティーの整備が不可欠であり、「データ主権を確保したデータスペースによる相互接続の需要は増える」(加藤晃久・スマートワールドビジネス部スマートインダストリー推進室主査)とビジネスチャンスを見出している。