統計解析ソフトウェアの老舗として、グローバルでおよそ50年の歴史を誇る米SAS Institute(サス・インスティテュート、SAS)。企業においてAIの導入が本格化し、データ活用のアプローチが多様化する中、統計分析の専門的な知見をAI時代に適応させた独自のポジションを打ち出している。米本社の役員や日本法人トップへのインタビューから、SASの現代的価値と国内での成長戦略を探った。
(取材・文/藤岡 堯)
企業の意思決定を支える
SASは創業時から長年にわたり、統計解析やBIツールのベンダーとして信頼を得てきた。現代のビジネスでは「データアナリティクス」という言葉は広く浸透しているが、SASはアナリティクス分野のリーディングカンパニーとして、時代に先駆けて企業のデータ活用を支え続けている。
一方、日本法人の手島主税社長は「アナリティクスの真の意味が伝わっていない」と語る。一般的にアナリティクスは「分析」と訳されるが、SASの定義では「人が意思決定にまでたどり着けた状態」(手島社長)であるという。
SAS日本法人
手島主税 社長
手元の辞書を引くと、分析とは“複雑な事柄を一つ一つの要素や成分に分け、その構成などを明らかにする”ことだと記されている。ただし、データの要素や性質を分類・整理する行為自体は価値を生まない。結果から人間が意味を読み取り、行動につながる意思決定に至らなければ、アナリティクスとは呼べないということだろう。
この考え方は、AI時代においても変わらない。むしろ、生成AIの登場により、その重要性は増しているはずだ。「データは価値を生み出さない。そこに意味合いを持たせることによって、ようやく意思決定のためのインテリジェンスが生まれる」(手島社長)のである。
データとAIを組み合わせたアナリティクスの支援に向けて、現在訴求に取り組んでいるのが、データ・AIプラットフォームと位置付ける「SAS Viya(ヴァイヤ)」だ。Viyaはデータのインポートや準備、統計解析処理、機械学習、AIモデルや分析用モデルの構築、これらを使った本番分析環境のデプロイメント、モデルや本番環境の運用管理・監視、さらには意思決定プロセスの自動化といった機能も備え、データアナリティクスのプロセスを単一基盤上で実行できる。接続するデータソースは多様な製品に対応しており、利用環境は大手パブリッククラウドや、SASによるフルマネージドクラウド、オンプレミスと場所を問わない。
SASが50年にわたって培ってきた知見も反映されており、分析処理のためのプロシージャー、収益管理や品質管理、金融領域の不正検知といった業務ごとに事前定義された分析モデルを活用できる。加えて、ISVをはじめとしたパートナーが構築したモデルや、外部企業が提供する多種多様なオルタナティブデータとの連携も可能だ。
基盤上で開発できる分析モデルは、顧客の課題やニーズに応じて、AIと統計を組み合わせられる。AIは大量のデータから相関関係を見出すことを得意とするが、その背後にある要因を説明することは苦手とされる。一方で統計は数式に基づき、相関関係が成り立つ要因を検証することが可能だ。双方の強みを生かし、意思決定により有用な精度を確保していると言えるだろう。
最近では多くの企業がデータレイクやデータウェアハウスを導入しているものの、集まり続ける大量のデータをうまく整理できず、有効利用ができないといった課題も聞こえてくる。SASは、ビジネスの目的から逆算してデータの整理・保存方法を設計し、最終的な分析モデル構築まで効率的に進められるパイプラインの設計支援も手掛けている。手島社長は「顧客が有するデータを、ビジネス価値を生み出すレイヤーにまで引き上げることがSASの仕事だ」と話す。
日本法人のビジネスは「過去最高の規模で伸びている」(手島社長)と好調だ。既存のSASユーザーの中では、これまで企業内の一部でしか使われていなかったデータセットをAIによって有効に利用する動きが広まっているという。他方で、新規ユーザーも着実に取り込んでいる。今後はデータ人材が不足している企業に向けて、標準化したデータカタログのようなものを、パートナーと協力して展開する考えを示す。
国内のパートナー戦略は、チャネルを整理している段階だとする。先述したISVやオルタナティブデータを扱う企業のほか、アナリティクス支援を得意とするコンサルティング会社、データレイヤーの構築やシステムの運用・保守に強みのあるSIerといった多様なパートナーが存在する中で、それぞれの得意領域や役割に応じたエコシステムを検討している。SIerに関しては、SIだけでなくコンサルティングスキルを養えるようSASとしてサポートしたいとする。手島社長は「市場に合わせたパートナー戦略を推進したい」と語る。
パートナーとの連携強化に意欲 米国本社のチャネルセールス担当VP
米国本社は日本市場やパートナーエコシステムのあり方をどのように受け止めているのだろうか。米国本社のスーザン・デュシュノー・グローバルチャネルセールス担当バイスプレジデント(VP)は週刊BCNの取材に対し「日本は極めて重要な市場であり、固有のニーズに適合した戦略が必要となる」と述べ、パートナー連携のさらなる強化に意欲を示した。
SAS米国本社
スーザン・デュシュノー VP
──SASは統計解析ソリューションの提供者から、AIとデータのより広範なプラットフォーマーへと進化しているように見える。グローバルでのAI利用拡大に伴い、SASのビジネスはどのように成長しているか。
市場におけるAIへの関心の高まりは、SASへの注目をさらに高めている。SASはビジネス上の疑問提起から、データの準備、モデル作成、実装、評価といった「アナリティクス・ライフサイクル」を実現するソリューションプロバイダーだ。
最近の調査で、ビジネスリーダーの54%が、自社のデータを見つける、分析する、解釈する能力に自信を持っていないことが明らかになった。これはビジネスの意思決定に自信が持てないことを意味する。こうした課題を背景に、SASのライフサイクルに基づく、より賢明な意思決定を支援するソリューションに興味を示す企業が増えている。特に注目すべきは、売上高5億ドル未満の比較的規模の小さな企業もSASに問い合わせていることだ。リソースや専門知識が不足している企業にとって、私たちの支援は不可欠となっている。
また、「倫理的なAI」も重要な分野だ。AIを責任ある倫理的な方法で開発・展開するため、SASのミッションには倫理的なAIの実践があり、顧客がそれを実現するための支援を提供している。
──グローバルでのパートナー支援において、重点をどこに置いているか。
パートナーは、SASにとって非常に重要だ。実際、2024年には新規ソフトウェアとホスティング収入の65%がパートナー経由によるものだ。
全員が「勝利」し、成功する
支援において特に重要なのは、パートナーが顧客を満足させることだ。当社のチャネル戦略は顧客のニーズが起点だ。ただ、ニーズは業界によって大きく異なる。例えば、ライフサイエンス業界では新薬を市場に早く投入したいというニーズがあり、金融業界では詐欺を削減したい、新規顧客を獲得したい、既存顧客のサービスを向上させたいといったニーズがある。このように各業界には解決すべき固有の課題やニーズが存在する。
私たちは50年間この分野で活動し、クライアントの具体的なニーズを深く理解している。これが私たちのチャネル戦略の核心だ。パートナーに対して顧客のニーズを教育し、そのニーズに合ったSAS製品を販売してもらい、顧客がソフトウェアを採用して価値を得られるようにする。そして、パートナーが顧客と継続的な関係を築き、この堅牢なプラットフォームを活用して、次から次へと課題を解決することで、価値を継続的に向上させることを支援する。そうすることで、顧客、パートナー、SASのすべてに価値が生まれる。つまり、全員が「勝利」し、成功する関係を築いている。
──日本市場をどのようにみているか。また、成長機会はどこにあると考えるか。
日本はSASにとって非常に重要な市場だ。日本では40年間事業を展開しており、顧客との関係、パートナーとの関係が非常に深く、この市場は当社にとって極めて重要な位置を占めている。重要なのは、グローバル戦略を日本の市場に適合させることだ。日本は独自のニーズを有しており、日本固有のニーズに適合した戦略が、画一的な包括的戦略よりもはるかに重要だ。
同時に、グローバルな視点からは、各地域でベストプラクティスを発見した場合、それらをグローバルに展開できるかどうかを常に検討している。日本で生まれた成功事例が、他の市場でも活用できる可能性がある。日本は生産性向上と意思決定のためのAI導入において勢いがあり、大きな機会だと捉えている。
共に日本市場に変化をもたらす
──日本のパートナーへのメッセージを。
私たちは日本のパートナーとの連携に非常にコミットしており、共に日本市場全体で大きな影響を与えることができると信じている。私はSASでの34年間の経験の中で、データに基づいたより良い意思決定で組織が変革する姿を数多く目にしてきた。また、データとAIの活用能力により、キャリアが新たなレベルに飛躍するケースも多く見てきた。
パートナーの皆様と共に、私たちは影響力を広げ、共に日本市場に変化をもたらすことが可能だ。50年間培ってきた経験と信頼を基盤に、日本の企業がAIとデータの力で成功を収められるよう、全力で支援したい。