【米ラスベガス発】米Oracle(オラクル)は米国時間の10月6~9日、米ラスベガスでクラウドERP「NetSuite」の年次イベント「SuiteWorld 2025」を開き、大幅アップデートとなる「NetSuite Next」を発表した。対話型AIとエージェント型ワークフローをスイート全体に組み込む。今回のアップデートはNetSuite史上、「最大の発表」というのが関係者の共通認識で、200万人以上とするアクティブユーザーへのインパクトは大きい。次世代ERPとして打ち出し、AIによるビジネス変革を訴求する考えだ。
(取材・文/春菜孝明)
意思決定をAIドリブンに
基調講演で創業者のエバン・ゴールドバーグ・Oracle NetSuiteエグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)は「AIによって強化されたNetSuiteを唯一の信頼できる情報源とすることで、達成できることに限界はない」と自信を示した。
エバン・ゴールドバーグ EVP
NetSuiteは三つの柱でアップデートされてきた。一つはビジネス全体を網羅する統合性、二つめは業界特化、三つめはさまざまなビジネスに対応し、成長に合わせて変化する拡張性だ。これらの設計がAIの能力を引き出すという。とりわけ、会計仕訳にとどまらずにトランザクション(取引)そのものを捕捉する情報の粒度の細かさや、データを単一プラットフォーム上で統合していることによって、AIが推測ではなく情報源から分析することが可能だと強調する。
NetSuite Nextは、NetSuiteが長年掲げてきたトランザクション中心の統合設計を、AIによってさらに深化させるコンセプトだと言える。ゴールドバーグEVPが「直感や推測から、AI駆動の洞察へと移行し、確信を持って行動できるようになる」と解説するように、ビジネス上の意思決定についてAIドリブンで行うことが標準になるという方向性を示している。
NetSuite Nextはまず北米で1年以内に提供される。他地域へのローカライズについて講演後の会見で問われたゴールドバーグEVPは、早期のテストを明言した。
ゴールドバーグEVPは日本メディアの取材に、新機能のエージェント作成機能を引き合いに、AI活用の可能性を広げるのはユーザー側にあるとの見方を示した。ユーザーの創造力でつくり出された多様なユースケースが、NetSuiteのさらなるバージョンアップにもつながっていく。
自然言語のやり取りでデータ横断
今回のイベントのテーマである「No Limits(限界はない)」の言葉通り、イベントではAIによってNetsuiteを拡張する機能が多数発表された。その一つがNetSuite Nextの中核機能となる会話型アシスタントの「Ask Oracle」だ。ユーザーが「未処理の発注書の概要を教えて」「利益率を押し上げている要因は」などと質問すると、NetSuite全体にアクセスし、ダッシュボードやレポートを自動生成して実用的なインサイトを提供する。回答の信頼性を担保するため、ユーザーは参照されたデータを確認できる。
同じ質問をしてもユーザーの役職が違えば、異なる回答を返すという。企業幹部と現場担当者では求めている情報が違うからだ。こうした質問の文脈を認識する能力を備えている点も強調された。
AIエージェントを含むワークフローも実行できる。デモンストレーションでは、商品の返品急増を担当者に通知し、理由の報告や推奨アクションの提示が行われた。さらにワークスペースの「AI Canvas」でシナリオの構築などを通じて深い分析への発展も可能だ。支払提案やベンダー選定、照合、サプライチェーン運用など、複雑なタスクもAI主導で自動化する。
非構造化データの統合もAIによって高度化する。さまざまなドキュメントの画像をアップロードすることで、読み取りや解釈、適切なワークフローの起動まで行う。
同社が実施した顧客調査では、AIの業務使用頻度について75%の回答者が「週1回以上」、56%が「毎日」と回答。自動化できる可能性がある業務については照合作業やレポート作成、支払い処理、仕訳入力、請求書発行が挙がった。これらは繰り返しの作業で時間がかかるもので、新機能により自動化に向けてアプローチする。
調査では、AIを仕事でどう活用すれば良いか分からないという声や、AIの正確性に対する信頼が持てないという懸念、既存のシステムに統合してAIを使いたいといった要望も寄せられたという。
ギャリー・ウィシンガー SVP
Nextへの移行は、プラットフォーム上で「ボタン一つ」で切り替えられるという。アプリケーション開発担当のギャリー・ウィシンガー・シニア・バイスプレジデント(SVP)は、NetSuiteに搭載されるAIはビジネスで最重要な要素(生産性、洞察力、制御、俊敏性、コラボレーション)を提供するために設計され、「テクノロジーではなくお客様に焦点を当てたAIを構築している」と語った。
外部LLMからNetSuiteへアクセス可能
開発や拡張基盤の「SuiteCloud Platform」の次世代版も発表した。各社のビジネスに合わせてAIを柔軟に設計・活用できる「コンポーザブル(組み合わせ可能)」なプラットフォームへの進化を打ち出した。
外部のLLM(大規模言語モデル)とNetSuiteを接続する「AI Connector Service」を提供する。接続されたLLM上で、質問や指示を入力すると、NetSuiteの関連データに直接アクセスし、請求書の照会や受注書の作成などをNetSuite上と変わらずに実行できる。オープンプロトコルのMCP(Model Context Protocol)を介して連携する。
「SuiteAgentフレームワーク」では、ツール群の「AI Toolkits」などを活用し、独自のAIエージェントを構築できる。コーディングやワークフロー設計を支援する「AI Assistants」、AIのふるまいを調整する「AI Studios」など、幅広い機能も用意した。
ブライアン・チェス SVP
テクノロジー&AI担当のブライアン・チェス・SVPは「NetSuiteの拡張は、もはやレコードやロジックだけに限られるものではない。皆さんが構築する全てにインテリジェンスを組み込むことができる」とアピールした。
SaaSなどのサブスクリプション型サービスを展開する企業に対しては「Subscription Metrics」を発表した。顧客やサブスクリプション、収益の履歴と予測を集約。CFO(最高財務責任者)やCRO(最高収益責任者)向けに、成長率などの主要指標を表示する。
2日間にわたる基調講演にはユーザー企業が多数登壇し、導入事例が紹介された。俳優のトム・ホランド氏が立ち上げたノンアルコールビールブランドの米BERO Brewing(ビーローブリューイング)は2024年の設立当初からNetSuiteで会計処理を効率化。共同創業者のジョン・ハーマンCEOが、NetSuiteを中心に据えたデータ統合とAI活用の効果を語った。
米BERO Brewingのジョン・ハーマンCEO(左)とNetSuiteのエバン・ゴールドバーグEVP
SuiteCloud Platformの事例では、教育や環境関連の米非営利団体が、寄付品の識別に外部AIを活用し、NetSuiteと接続することで自動的に在庫登録するプロセスを構築していると紹介された。
国内は「fit to standard」促進
日本市場での展開について、日本オラクル執行役員の渋谷由貴・NetSuite事業統括日本代表カントリーマネージャーは「2025年の崖」を迎えた今般、オンプレミスや自社開発の基幹業務システムからリプレースする需要があると分析。コスト削減や人材不足などを理由にクラウドERPへの移行が加速していると説明する。アジア市場では、海外進出や新規上場する企業にとっては国際基準に準拠したシステムとして、唯一の選択肢になっているという。また、AIへの継続的な投資や、「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」上での稼働が他社との差別化要素になっているとする。
渋谷由貴 執行役員
重点施策には「fit to standard」を挙げた。独自のプロセスでは業務の属人化や複雑化を招きかねないため、対話を通じてNetSuiteの標準プロセスへの対応を促している。パートナーエコシステムの強化方針も示し、「まだまだやれることがたくさんあると思っている。もっとバージョンアップしていく」と意欲を示した。現在は業務標準化を支援するパートナーとの関係を強めているほか、協会・団体との協業、会計士や税理士らと連携するリファラルプログラムを展開している。
国内市場への参入は05年で、今年で20周年を迎えた。23年に現職に就いた渋谷執行役員は、24年に開設したユーザーコミュニティーサイトなど、「希薄だったお客様同士の接点づくりに取り組めた」と話す。今後について「お客様やパートナーとの協業を通じて日本の中堅・中小企業のDXを加速させる役割を果たす」と意気込んだ。