3カ月以上にわたり、メモリー価格の値上がりが続いている。生成AI需要の急増によるデータセンター(DC)向けの製品供給が優先されていることに加え、それを見越した投機的な動きもあると見られ、価格の正常化がいつになるのかは見通せない。異常とも言える部材価格急騰に、PCメーカー各社や販売店はどのように対応していくのか。最近の状況をまとめた。
(取材・文/日高 彰、堀 茜)
生成AI用の「HBM」が引き金に
「DDR5-5600 16GB(8GB×2)39,800円」 2026年1月末、東京・秋葉原のPCパーツ店を訪れると、メモリー売り場にはこのような値札が並んでいた。16GBは現在のPCで一般的なメモリー容量だが、PC1台を組み立てるのにメモリー代だけで約4万円を要する計算になる。25年10月上旬までは、同じメモリーは1万円以下で手に入れることができたという。製品にもよるが、店頭のメモリー価格はわずか3カ月あまりで4~5倍に跳ね上がったかたちだ。
DDR5メモリーの価格は10月末から約3カ月で4~5倍に
大量のメモリーを調達するPCメーカーは、メモリーメーカーとの間で数カ月単位の納入契約を結んでいるため、業者間で随時取引されるメモリーチップの「スポット価格」の急騰が、そのまま製造原価に反映されるわけではない。しかし、メモリー価格の市場調査を行う台湾の調査会社Trendforce(トレンドフォース)は2月2日、26年第1四半期の契約価格は前四半期から90~95%上昇するとの予測を発表。PC向けメモリーに限れば、同105~110%とさらに高い値動きが予想されている。
メインメモリーに用いられるDRAMチップだけでなく、ストレージ用のNANDフラッシュメモリーにも価格高騰の波は押し寄せており、トレンドフォースのレポートでは26年第1四半期に前四半期比55~60%の値上がりが予想されている。PCやサーバーの価格への影響は避けられない見通しだ。
なぜ、メモリーが値上がりしているのか。背景にあるのは、急増する生成AI需要に対応するため、また、生成AI市場で覇権を握るため、世界の生成AIサービス企業やクラウド事業者が、DCの拡充に向け巨額の投資を行っていることだ。AIワークロードの処理で主役となるのはGPUだが、高価なGPUの性能を最大限引き出し、休むことなく効率的に稼働させるためには、GPUが高速かつ大容量のメモリーにアクセスできることが必要だ。
このために用いられるのがHBM(High Bandwidth Memory)と呼ばれる広帯域メモリーだが、複数のメモリーチップを垂直に積層してつくるHBMもまた高価なデバイスであり、メモリーメーカーにとっては収益性の高い製品だ。このため、メーカーが自社の生産能力をHBM向けに優先的に割り当てていることから、PCや一般的なサーバーに用いられる従来型のDRAMは需要に対して潤沢な供給ができなくなっているという格好だ。
25年12月には、米メモリー大手のMicron Technology(マイクロン・テクノロジー)が、コンシューマー向け製品ブランド「Crucial(クルーシャル)」の事業から撤退することを発表。需要と価格の変動が大きいコンシューマー向け製品よりも、安定して高い収益が期待できるDC向けのエンタープライズ製品に集中することで、経営効率を高めることが目的とみられる。Crucialは1996年から長年にわたり展開してきた定評のあるブランドだったが、生成AI市場の過熱はその歴史に終止符を打った。
ただし、一口に「生成AIによるDC需要」といっても、今回のメモリー価格高騰が“実需”にけん引されているものかどうかは慎重に見る必要がある。HBMと直接的に生産ラインを取り合う関係にないフラッシュメモリーがここまで急激に値上がりしたのは、生成AI需要だけでは説明がつかない部分がある。また、生成AI向けサーバーにもCPUは当然搭載されているが、CPU価格にメモリーのような目立った動きはなく、全ての部材がDC需要に連動しているわけではない。
このことから、メモリー価格の異常な変動は、生成AIの実需に加えて、今後のさらなる価格高騰を見越した在庫の積み増しや、投機的な取引も含んだ複雑な市場の動きによって発生したものだと考えられる。
価格設定に悩むPCメーカー
1月、PCメーカー各社は相次いで新製品を投入した。Dynabookは1月22日、米Intel(インテル)の最新CPUを搭載した2機種のAI PCについて説明会を行った。同日から受注を開始したものの、価格については後日発表するとした。同社によると、新製品発表時に価格を公表する場合もあるが、今回については出荷が少し先となる見込みで、PC向けの部材の価格高騰も踏まえて、社内で製品価格を検討中であるとした。
商品統括部の須田淳一郎・統括部長は、価格高騰に伴う出荷台数への影響について「業界的に、メモリーやSSDが高騰し確保が大変厳しいということは報道されている。当社としてはお客様が必要とする分量は何とか確保したい」と話した。
メーカー各社が注力しているAI PCは、通常のPCより高い価格帯になっているが、普及への影響はあるのか問われると、須田部長は「メモリーの搭載量を大きく確保しているので(部材高騰の)影響を受けやすい」との認識を示しつつ「一方で、価格以上にどうしてもAI機能が必要だというお客様がいらっしゃる。スペックを含め選んでいただきたい」と述べた。
同日、日本HPも事業戦略説明会を開催し、新製品を発表した。発表した新製品の価格に部材高騰が反映されているかは回答できないとしつつ、「部材を仕入れて組み立てて販売するので、SSDやメモリーの高騰の影響は受ける」(松浦徹・執行役員パーソナルシステムズ事業本部事業本部長)と現状を説明。企業努力でコストパフォーマンスの良い製品を提供できるようにするとした。
日本HP
岡戸伸樹 社長
PC向け部材が高騰していることに関して、岡戸伸樹社長は、部材数などが窮迫している状況であるとしつつ「当社がコントロールできるものではなく、自社でコントロールできることに注力していきたい」とコメント。「当社は強靱なサプライチェーンを持っており、できる限り部材を調達し日本のお客様のニーズに応えていくことに全力を傾ける」と述べた。
実際に製品を値上げする動きも出てきている。米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)日本法人は、製品を販売するサイトで一部製品について当初2月3日からの値上げを告知していたが、前倒して1月20日に価格改定を実施した。価格改定の背景や実施を前倒しした理由について問い合わせたところ、同社広報は「価格改定については複数のお問い合わせをいただいているが、弊社ポリシーにより個別の質問に対する具体的な回答は差し控えている」とした。
前述の通り、大手PCメーカーが調達するメモリーの契約価格はさらなる上昇が予想されており、PC製品の価格はこれから目に見えるかたちで上がる可能性がある。一部メーカーでは、販売店に提示する見積もりの有効期限を2週間といった短期に設定するなど、価格変動リスク回避の動きも見られるという。
残るリプレース需要への影響も
Windows 10のサポートは25年10月に終了したが、米Microsoft(マイクロソフト)は一部のPCに対して拡張セキュリティ更新プログラム(ESU)を1年間無償で提供していることから、小規模事業者などではWindows 11搭載PCへの移行が済んでいないケースも少なくない。
大塚商会
大塚裕司 社長
25年に236万台のクライアント端末を販売した大塚商会の大塚裕司社長は、26年のPC市場について「(Windows 7のサポート終了時は、終了とともに)バサッとPCの注文が止まる感覚だったが、今回の需要の落ち方はマイルド。中小のお客様の入れ替え需要はまだまだ残っている」「Windows 11の初期に導入されたPCはリプレースタイミングに入るし、AI PCなど価格が上がっても買われるものは買われるだろう」と述べた。PC市場では一般に、OSサポート終了に伴う特需の翌年は深い谷の年となるが、企業のPC需要そのものは底堅いとの見方だ。
ただし、メモリー価格の混乱によってPC製品が顕著な値上がりを示した場合、25年時点では想定できなかった落ち込みが発生する可能性もある。価格によって企業の投資マインドが削がれるだけでなく、メモリー不足によって生産に影響が出る事態になると、20~21年に発生した半導体不足の問題を再現するように、企業からの注文に対してタイムリーな納入が行えなくなる恐れもある。大塚社長は「ハードウェア販売ビジネスは物不足や納期に影響を受けやすい。セキュリティーやクラウドサービスをアドオンしていく(ことで特需の反動減をカバーする)」と話し、メモリー価格に影響を受けにくい事業構造の構築をさらに加速する考えを示した。
1月後半以降、メモリー価格高騰の勢いにはやや落ち着きが見られるものの、今回の混乱は「パニック買い」が招いたという側面もあるため、価格が元の水準にいつ戻るのかは誰にも見通すことができない状況だ。また、より大容量のメモリーやSSDを搭載するサーバーは部材価格の影響をさらに受けやすいが、Windows Server 2016のサポート終了が27年1月12日に迫っており、26年はサーバーにも需要が集中する年だ。サーバーのリプレースはPCに比べて時間を要するため、着手が遅れるとそれだけ価格変動のリスクは大きくなる。
いたずらに値上がりのリスクをあおるような売り方は好ましくないが、顧客が必要とする時にPCやサーバーを導入できない事態が発生することのないよう、販売店は市場の状況を注視して顧客への情報提供を行うとともに、リプレースの必要がある製品については普段より早めの移行を提案するのが望ましいだろう。