世界情勢の不透明感が増している。国や地域の対立によりもたらされる地政学リスクは、サプライチェーン構造に依存する企業活動に影響を及ぼす。こうした不確実な外部要因に的確に対処するには、リアルタイムで状況を可視化し、迅速な意思決定を支えるITツールの活用が不可欠だ。AIの登場で有事のシミュレーションなどが素早く的確になっている。地政学リスクによる企業への影響と、平時からリスク対策ができるソリューションやサービスを取材した。
(取材・文/南雲亮平、春菜孝明)
PwC Japan
政治・外交が最大の懸念に脅威を機会に変える判断を
PwC Japanは2026年の地政学リスク展望を公表している。地政学アドバイザリーチームの南大祐・シニアマネージャーは、「個々のリスクを捉える前に、まず時代の流れを把握することでリスクの相関関係が見えてくる」と語り、三つの大きなトレンドを挙げた。
第一は米国による平和(パクス・アメリカーナ)の限界だ。他国の台頭による米国の相対的な国力低下に伴い、国際通商が弱まっている。第二は、重要物資の供給を一部に依存するなど、国際情勢の変化に左右されやすい状況を改善するため、安全保障の観点からサプライチェーンなど経済の見直しが進んでいること。第三は、AIや半導体などの重要技術が安全保障に与える影響を踏まえて、デジタル覇権競争が激化していることだ。
具体的なリスクとしては、トランプ政権による関税外交や防衛費増額の要求、グローバルサウスの米国離れ、圧力が高まる中台関係などが挙げられる。IT分野では、AIインフラやエコシステムをパッケージで輸出する「テックスタック」をめぐる米中間の争いや、国家主導によるサイバー脅威がビジネス環境に大きな影響を及ぼしている。
同社の調査によると、国内企業の経営層が懸念する地政学リスクのトップ3は「保護主義的政策」「米中対立」「トランプ政権の運営」と、米国関連が中心となっている。かつて首位だった「サイバーアタック・サイバーテロ」を抑え、政治・外交リスクが最大の懸念事項となった。
リスクへの対応は進んでおり、対策を取っていない企業の比率は過去3年間で10ポイント減少し、25年は3割以下まで減少した。対応の実効を妨げる最大の障壁として挙がったのは「専門スキルを持つ人材の不足」だ。約4割の企業がこれを課題としており、既存の法務や経営管理が兼務で対応しているのが実状だ。また、部門間の縦割りにより情報連携や施策実行の力が不足するケースも多い。
PwC Japan
南 大祐 シニアマネージャー
こうした状況を受け、南シニアマネージャーは「リスクを単なる脅威ではなく、機会に変える戦略的判断が求められる」と指摘する。その実現に向けて、経営層直下で事業部を横断する専属チームの配置を提案する。
PwC Japanが提供する「リスク・インテリジェンス・ハブ」は、同社の専門チームが外部情報と内部情報を統合し、事業に影響を与える重要な変化をクライアント環境のリスクマネジメント管理基盤にアラートとして発信することで、地政学リスク対策を支援する。ローコード・ノーコードの業務プラットフォームでの構築を推奨しており、ガバナンス・リスク管理・コンプライアンス(GRC)ツールなど他のプラットフォームへの導入も可能。クライアント環境に実装すれば、ほかのオフィスアプリケーションとの連携も容易となる。
アドバイザリー契約による支援を主軸とし、導入時にはPwC Japan側と顧客企業で協議しながら想定される脅威シナリオを作成した上で、重要な外部要因を特定する。外部環境レポートやリスクアラートの配信、対応策の検討・策定などはサブスクリプション契約で継続的に提供する。ニーズに応じて、具体的なリスク対応策の計画から実行まで一貫した支援も可能だ。
キナクシス・ジャパン
「数秒」で予測、代替案を生成 関税や半導体不足に対応
カナダKinaxis(キナクシス)が展開するサプライチェーン管理(SCM)ソリューション「Maestro」には、外部情報を活用した予測機能がある。グローバルでは日用品メーカーの米Procter&Gamble(プロクター・アンド・ギャンブル、P&G)の事例が有名だ。ハリケーンが米国に接近した際、「What-ifシミュレーション」やサプライチェーン可視化ツールを使い、影響を受ける工場や在庫の状況などを把握。ハリケーンの複数の進路もシミュレーションし、在庫を移動するなどの対応を進めた。
キナクシス・ジャパン
杉山 勲 シニアディレクター
近年の「トランプ関税」においても、国内の卸業者が製品上で税率や供給源とする国について複数検討した。半導体不足に対してはリードタイムも踏まえた発注管理や代替を想定した早期手配を手掛けた。こうしたシミュレーションは「他のツールでは数十分かかるものを、数秒で返答する」(キナクシス・ジャパンの杉山勲・ビジネスコンサルティング・APAC・シニアディレクター)という。
キナクシス・ジャパン
小暮正樹 社長
同社の製品は「RapidResponse」から24年にリブランドされた。その意図について、小暮正樹・日本法人代表兼社長は、ソリューションを経営判断のツールに高度化したことを挙げる。これまでのデータを統合、可視化してサプライチェーン部門や生産部門で活用されるフェーズから「需要供給、生産、調達のサプライチェーン全体をカバーできるソリューションにレベルを上げた」と強調する。
約50社の国内ユーザーは半導体や自動車などに関連する大手サプライヤーが多い。関係企業が複数の階層にわたり、業界的にも部材の調達、供給について情勢の変化の影響を受けやすい。
シミュレーションはAIによって精度やスピードを上げており、意思決定後の実務を任せることも可能になっている。2月にはノーコードでAIエージェントを作成できる「Maestro Agent Studio」を発表した。
今後はあらゆる情報を取り込むデータファブリックを実装する。ERPやCRMといった業務システムとの連携は現在もできるが、非構造化データや経済指標、小売業であれば口コミ情報なども加える想定だ。レイヤーとして設けることでデータ活用を高度化する。
SCMの市場認知度について小暮社長は、ERPに対して副次的な位置付けになりやすいと指摘し、AI機能を訴求して存在感を高める方向性を示す。パートナー戦略ではグローバルSIerやコンサルティングファームと協調する。導入の際にはERPや製品ライフサイクル管理(PLM)、製造実行(MES)、CRMといった外部システムとの連携が必須で、そうした提案につながるパートナーエコシステムも強化する方針だ。
Resilire
多重構造の取引を可視化 平時からリスク把握
18年創業のResilireはサプライチェーンリスク管理(SCRM)クラウドを提供する。SCMとの違いについて、津田裕大・CEOは「自社内にとどまっている管理について、サプライチェーン全体に広げ、構造を可視化するものだ」と説明する。具体的には発注先がどの会社から部材を調達しているかなどをフロー図で明示。直接の取引先だけでなく、2次以降の取引情報も取得する。IDを付与することでリアルタイムで反映する仕組みになっている。取引先企業もリスクのモニタリングなどが可能で、情報更新のメリットを享受できる。
Resilire
津田裕大 CEO
リスクアセスメントの機能は差別化の要因になっているという。自然災害やサイバー攻撃、財務リスクなどから取引先の総合的な状況を把握できる。取引先に回答してもらうセルフアセスメント機能も備える。
取引先のサプライチェーンがより広範に把握できれば、外部のインテリジェンス情報に対して、さらに俊敏に反応できる。同社のソリューションでは、世界中のニュース記事やSNSを分析し、自然災害や事件事故、ライフライン、サイバー攻撃など、サプライチェーンを寸断する可能性がある情報をマッピングする。網羅する情報の深さや広さが評価され、他社製品から乗り換えた事例もあるという。
AIによって影響度を判定したり、拠点がある地域で発生していればユーザーに通知したりもする。生成AIとの対話によって、関税の発動や輸出規制、軍事衝突などのシチュエーションでのビジネスインパクトも想定できる。
調達の代替などの対処が必要な場合、取引先への依存度を踏まえて対処すべき優先順位を算出する。さらに年内にも新機能として、AIエージェントによるシナリオ予測シミュレーションを実装。具体的な対応策の提案が人手によるコンサルティングを介さずに可能になる。津田CEOは「AIドリブンにサプライチェーンを変革する」と意気込む。
サプライチェーンへの意識の変容から導入の相談が増えているという。具体的には供給停止を防ぐ体制づくりだ。有事に備えて普段からデータ管理や、リスクをレポートできる状態を万全にしたいとのニーズがある。
ユーザー層は大手製造業の購買部門で、既存のSCMに対して追加する事例も多い。同業種で活用が広がるとデータが共有しやすいというメリットがある。製品の導入は直販と間接販売で手掛ける。コンサルティング会社とSIer、BPO会社がパートナーになっており、「アライアンスを広げていきたい」と述べた。